第一の塔(裏) ねこですよろしくおねがいします
扉の城の会議室で俺は臥龍院さんたちから意見を貰いつつ、塔の一般公開へ向けたアイデアを練り上げた。
一度纏まった案はその案を採用したらどうなるかを未来視で視て、大きなトラブルや破滅の予兆に繋がる部分があれば都度修正し、ようやく案が確定ころには日本では日付が変わっていた。
外と時間の流れ方が違う会議室でなければ何か月もかかっていただろうが、おかげでこれ以上ない案になったと思う。
それでも問題はいずれ必ず起きるだろうが、そのときは俺が管理者として仕事すればいいだけだ。
一仕事終えた疲れを大浴場で洗い流し、扉の城の客室でぐっすり眠った俺は鍵を使って自分の家へと戻った。
「おはよう晃弘。今日も早起きね」
「おはよう母ちゃん」
自分の部屋から出るとちょうど起きてきた母ちゃんと廊下で鉢合わせた。
「……アンタまたちょっと大きくなった?」
「そうか?」
「うん。なんか顔つきとか雰囲気かな? ちょっと大人っぽくなった」
「へへっ、ま、成長期だからな」
「そっか。頑張れよ男の子!」
母ちゃんからバシッと一発背中に喝を貰い、俺はふと大事なことを思い出した。
そうだよな。俺ってば神とか管理者である以前にまだ十五歳で、この人の息子でもあるんだ。
忘れかけていた事実を思い出して、俺は心が軽くなっていることに気づいた。
いつでも母ちゃんに胸を張って打ち明けられるくらい「いい神様」であろう。
一階へ降りるとベランダに見覚えのある白猫が一匹ちょこんと座ってこちらを見上げていた。
「お、早速来たな」
アイツに名前をつけてやればすべての塔の魔獣へ名付けたことになり、俺の神化はまた一つ進むだろう。
はてさて次はどうなることやら。
『祖神様! おはようございますにゃ! 遊びに来ましたにゃ!』
「おーよしよし。ほれ、猫缶食うか?」
『食べるにゃ!』
俺が用意しておいた猫缶を美味そうに食べる白猫をぼんやり眺め、猫の名前を思案する。
今まで感覚で名付けてきたがこの子はどうしようか。
「うにゅ……。お兄ちゃんおはよ~」
「あ、ねこー!」
「かわいい~!」
「おはよう優芽、芽衣」
二人仲良く起きてきた優芽と芽衣が白猫を見つけキャッキャと駆け寄ってくる。
女の子二人にちやほやされて猫もまんざらでもなさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。ああ、平和だ。
白くてふわふわ。うーむ、なんとなくおろし納豆が食いたくなってきたな。
「よし決めた。お前の名前は『おろし』だ」
『うにゃ!』
【称号『地獄猫の飼い主』獲得】
【レベルが 一〇 あがった】
【七つの称号が統合され、新たに称号『七魔獣の主』を獲得】
【レベル∞に到達】
【第六神化開始】
────ザザッ────
不明なアクセスを確認。
────ザザッ────
称号『神仙』により個体名犬飼晃弘への■n■/y■@からのアクセスを遮断。
────ザザッ────
再度アクセスを確認。『七魔獣の主』の権限を■n■/y■@に上書き。
称号『七魔獣の主』がアンロックされます。神化が中断されました。
突如、全身を汚泥まみれの触手が這いまわるような生理的不快感が襲う。
何者かが俺の神化に介入しようとして失敗し、その視線が七つの塔へと向けられる。
ここではないどこかから向けられた邪悪な意思をハッキリと感じ取った────直後。
「っ!」
俺が隔離空間を展開したのと、地上を魔獣たちの霊力が焼き尽くしたのはほぼ同時だった。
一瞬にして地上は灰燼と化し、地中に埋まっていた七つの塔が禍々しく変容しながら大気圏を突き抜けどこまでも伸びあがっていく。
なんとなくいつかこうなるんじゃないかという予感はあった。
■n■/y■@が何かを仕掛けてくるなら最もこちらの隙ができる神化のタイミングだろうと。
事前に身構えていなければ、今の一手で危うく人類が絶滅するところだった。
「誰だか知らねぇがナメたマネしやがって……ッ!」
無数の触手が絡み合った不気味な塔を睨み上げると塔が先端から解けて、毛のない人間みたいな目を持つ化け猫へ変化していく。
ねこです。ねこはそこにいました。
すると天を貫くほどのねこが胸いっぱいに大気を吸い込み、
『ねこですよろしくおねがいしま────すッ!!!!』
八熱地獄の最下層すら凍りつく極寒が全球を真っ白に染め上げた。
さっきから念話を送っているのにまるで返事が無い。どうやら意識まで何者かに乗っ取られたらしい。ねこですよろしくおねがいします。
「いくぞ影友さん! ねこですよろしくおねがいします!」
こちらも巨大化して魔獣たちを喰らって俺の一部にしてしまえば■n■/y■@からの干渉も無効化できるはずだ。ねこですよろしくおねがいします。
って、さっきからなんか変だぞ!?
『…………』
「おーい? 影友さーん?」
『ふんだ! どうせおれは黒くてキモイウネウネですよーだ。なんだよなんだよ。ぽっと出のモフモフばっか構っちゃってねこですよろしくおねがいします』
「なに拗ねてんだよ! お前はねこじゃないだろ!」
『おれがねこじゃないならなんだっていうんだ! ねこですよろしくおねがいします』
「なんなんださっきから! これじゃ会話が成立しねこですよろしくおねがいします!」
どうにも思考にねこがまぎれこんでくるねこですよろしくおねがいします。
これじゃ魔法や混沌の権能を使おうにもねこのことしかイメージできなくて結果が全部ねこになってしまう。ねこはそこにいます。
思考がねこで埋め尽くされる前に決着をつけないと!
「ええい! 後で好きなもんたらふく食わせてやるから機嫌直せよ!」
『でーっかい卵焼きが食べたい! 甘いやつね!』
「お安い御用だ。いくぞ!」
「『龍神モード!』」
影友さんが俺を丸呑みにすると、俺と影友さんの意識が混ざり合い龍力が全身に満ち満ちていく。
「ねこですよろs「『うるせー腹ン中で大人しくしてろ!』」
巨大な龍になった俺たちは口を大きく開けねこを丸呑みにした。
しばらく腹の中でにゃんごろりんと暴れていたねこだったが、次第に力が弱まってゆきやがてすっかり沈黙した。
【個体名『おろし』の吸収開始────完了】
【称号『神仙』の効果により■n■/y■@との接続が遮断されます】
【残留因子解析開始】
【解析率一〇% 解析データを元にスキル『ミーム汚染』を構築】
刹那、俺の脳裏を過ぎったビジョンに吐き気がこみ上げてきて、あまりの悍ましさに精神の均衡を乱され弾かれるように龍神化が解けてしまった。
万華鏡のような景色の中に浮かぶ巨大な脳。
脳は微睡みと微覚醒を繰り返しながら長い夢を見ていた。
それは夢というにはあまりにも鮮明かつ詳細で、分子の動きの一つに至るまでが俺が現実と認識している宇宙のそれと一致している。
巨大なスーパーコンピュータによるシュミレーションといったほうが近いかもしれない。
断片的ながらも鮮明なビジョン。
まるでこの世界が得体の知れない巨大脳が見ている夢であるかのような────。
「……っ、思った以上にヤバイのが出てきたな」
『しっかりしろブラザー! 次が来るぞ!』
ふと見上げればいつの間にか凍てつく大地は緑萌ゆる草原へと変わっていた。
見上げた先、こちらを遠巻きに見つめる『何か』と目が合う。
柔らかな風を浴びて長い銀の鬣を靡かせるそれは、美しい馬のようにも、あるいは姿形の判然としない不定形の怪物にも見えた。
────と、そのよくわからない怪物に気を取られた一瞬の内に、
「『……あれ?』」
俺たちは二頭の馬になっていた。
認識したらアウトな馬(UMA)