変わりゆく世界
世界を巡る塔の攻略もいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
第七の塔が出現したのはアメリカ合衆国ニューヨーク市。
突如出現した巨塔は直上にあった自由の女神像と観光客六七名を遥か上空へと連れ去った。
出現から二日後には軍による救助作戦が実行され、垂直離着陸機をロケットで上空一五〇〇〇メートルまで運び自由の女神と共に連れ去られた人々は全員無事に救助されたものの、アメリカの象徴たる女神像は依然として遥か上空に置き去りにされたままである。
五月の頭に起きた人類の霊的進化の影響で暴動は今のところ世界のどの地域でも起きる気配すらない。
人を傷つけるような行為や言動はそのまま自分の身体へ痛みとして返ってくるため、不特定多数の人に不安や恐怖を抱かせる行為を行えば激痛で動くことも儘ならなくなってしまうからだ。
なので暴動や人々の不安を煽る終末論などは拡大のしようがないし、メディア各社は薬にも毒にもならない平和なニュースしか垂れ流さなくなった。
そんなメディアの衰退とは逆に、人々は不安や苦しみからの救済を宗教に求めるようになった。
人類全体の霊性を引き上げたことで神や悪魔などの霊的上位存在をうっすら認識できる人が増えたため妥当な流れと言える。
この動きはアメリカに限らず世界的にそうで、十字教や仏教などの歴史ある大宗教勢力は七つの塔出現による社会不安の増大で今まで以上にその存在感を大きくし、さらには怪しげな新興宗教までもを台頭させつつあった。
「ま、ヤバい勢力は見つけ次第ちょいちょい潰しとるし、無害な連中は教典書き換えさせて信者の信仰がアキヒロクンに向くように仕向けとる真っ最中やけどな」
「いや何やってんすか」
ニューヨークにある超高級レストランでロブスター料理を食べながら、俺は九十九さんから裏世界の動きを聞いていた。
「それと、魔術師協会の方もかなり大きく動いたみたいやで」
「というと?」
「魔術師協会は御三家っちゅう古い魔術の名門が取り仕切っとるんやけどな。中でも二階堂家はここ一〇〇年の間に急激に力つけて、今では協会の実質的なトップの座におったんや」
「おった、ってことはそのパワーバランスに変化があったと?」
「涼葉チャンと孝麿クン以外の二階堂家の人間、全員クラゲになってもうたんやと」
「なんじゃそりゃ」
人を動物に変える呪いや魔術の類は洋の東西問わず各地にあるが、よりにもよってなんでクラゲなんだ。
「遅れてすみません~」
「おっ、来よったな」
ウェイターに案内されてやってきたドレス姿の涼葉がにこやかに会釈して席に着いた。
「なんか昨日からすごく調子がいいんですけど~、もしかしなくても私に加護を授けてくれたのって晃弘くんですよね~?」
「それがタッツンの願いだったからな。なんか前に実家潰すみたいなことボソッと言ってたの聞いちゃったんだけど……」
「あらら、聞かれちゃってましたか~。前々から色々と準備はしてたんですけど~、いい機会だから思い切ってやっちゃいました~」
いやそんなほんわかした顔で言われても!?
「……なんでクラゲ?」
「ある種のクラゲって~、捕食されない限り永遠に生き続けるってご存じですか? 水槽の中でぷかぷか浮かびながら、今までやってきたことを永遠に思い返してず~~~~~~~っと反省し続けてほしいな~って思いまして~」
「あ、そう……」
どれだけのことをやれば娘からこんなに恨まれるんだよ。
どれ、ちょっと見てみようか。根源へアクセス。過去の記録から二階堂家について検索検索ゥ!
…………ああ、なるほどね。こりゃダメだわ。見なきゃよかった。
いくらなんでも倫理と道徳心は捨てちゃダメでしょうよ。食欲失せたわチクショウ。
二階堂家を含む御三家は、遥か太古の時代に臥龍院さんが選んだ霊性に優れた人々の末裔だ。
彼らには人類守護のため新たな魔術の開発と研鑽という使命が与えられ、魔術師たちは何世代にもわたって研究を重ねてきた。
魔術師協会も元々は各家ごとの研究成果を共有し、魔術師の素養を持つ人々にその叡智を授け育てるために設立されている。
が、人間とはやっぱり愚かな生き物で、時代が進むごとに協会も腐敗し、今となっては御三家は協会を三分する派閥の旗頭となり協会内での立場を上げるべく互いの足を引っ張り合う始末。
涼葉も長らく二階堂家の操り人形として扱われ、副会長の座に着いてからも他家派閥との板挟みで随分と苦労していたようだ。
「苦労したんだな……」
「お心遣い痛み入ります~。でもでも~、一番の害悪はな~んにもできないクラゲになっちゃいましたから~、これで随分と協会内の風通しも良くなると思いますよ~」
ニッコニコの笑顔でそう言われ、俺はただ頷くしかできなかった。
ともあれ目の上のたんこぶが消えて色々とやりやすくなっただろうし、魔術師協会についてはこれからも涼葉に任せておけば大丈夫だろう。
つーか俺に腹芸なんてできないしな!
「ワイにできることがあればなんでも言ってや。宗教勢力がらみのあれこれはワイに任せとき」
「ありがとうございます~」
この上なく悪い顔で笑う九十九さんに涼葉がにこやかに返す。
実際、彼が裏で色々と動いてくれているおかげで俺の生活圏が変な輩に荒らされずに済んでいるのも確かだ。
実力は確かなんだよなこの人。存在自体が胡散臭いけど。
「じゃあ裏側のことは九十九さんと涼葉に任せるとして、俺にできることってなんかあります?」
「ほんならこの指輪に込めれるだけ神力込めてくれへん? 黄門様の紋所が欲しいねん」
「いいですよ」
スッと差し出された金の指輪にギチギチに神力を込めていく。ついでに色々加護も付与しておこう。
物理無効、魔術無効、呪術反射、治癒再生、霊力増大、言霊増幅、健康増進腰痛改善疲労回復安眠保証カリスマアップ美容効果etc…
む、ちょっと色々くっつけ過ぎて指輪が崩壊しそうだ。ええい構成物質の組成も変えちゃえ。
「ちょ、やりすぎやりすぎ。なんやこれアホちゃうか」
「裏方やってもらうんですからこれくらい当然っすよ」
「こんな神力と加護てんこ盛りのやつバチカンの宝物庫にだってあらへんで」
「こんだけやればもうナメられることはないでしょ。俺の生活圏荒らすバカは徹底的にやっちまってください」
聞けば十字教勢力の一部過激派が俺の生活圏にちょっかいかけようとしてたみたいだしな。
今後もそういうバカは定期的に湧くだろうし、俺の代行者として九十九さんには頑張ってもらおう。
「おーこわこわ。了解や。鼻くそほじる気力も起こらんくらいシメといたるわ」
「じゃ、俺はそろそろ行くんで。ごちそうさまでした」
「ほななー」
二人と別れ店を出た俺は最後の塔がそびえるリバティーアイランドへ向け飛び立った。シュワワッチ!