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兄として

 攻略された第三の塔は例のごとく地中に埋められ、全人類が同時に眠りこけていた事実はエカテリーナの手により記憶から抹消されて『なかったこと』にされた。まったく人騒がせなやつだ。


 一時中断していた香港観光もしれっと再開して九龍の名所をあちこち見て回り存分に楽しみ、現在地はヴィクトリアピーク山頂。


「ホラ見てごらん。残業戦士たちの命の灯火だヨ☆」


「アンタってどうしてそうなのよ……」


 世界屈指の夜景を前に俺が茶化して言うとレイラが手すりに寄りかかり呆れ混じりのため息を落とす。

 こうでもしねぇと場違い感に殺されそうなんだよ。


 レイラは美人だし洒落っ気もあるからどんな場所でも映えるけど、俺なんてどこからどう見ても高校生のガキだぞ。

 シャオロンの野郎こんな場所連れてきやがって嫌味か!


「あっちは初々しくていいわね」


 レイラが横目で見やった先には手すりに寄りかかり夜風を浴びて黄昏れるシャオロンと、少し離れた場所から奴の背中に熱っぽい視線を送る小春の姿があった。


 今日一日小春の様子を見ていてわかったことは、小春がシャオロンに向ける感情はどうやら恋心というよりは憧れに近いらしいということだ。

 学校のカッコイイ先輩やアイドルに憧れる女の子、というのが例えとして一番しっくりくる。

 

 今まで接点らしい接点はなかっただろうし、恐らく地獄の武闘会で奴の見目麗しさに心奪われてしまい不意の再会に舞い上がっているとかそんなところだろう。

 なまじ魔法が使えるせいで会おうと思えば距離に関係なくいつでも会いに来れてしまうのもタチが悪い。

 これでは諦めるように説得するのも難しい。どうすればいいんだ。


「小春さんもこっちに来て一緒に見ましょうよ。とっても綺麗ですよ」


 と、シャオロンが振り返り小春に声をかける。

 ぼんやり景色を眺めているようでいて周りもちゃんと見えていたらしい。ああいうところがモテる秘訣なんだろうな。知らんけど。


「へあっ!? べ、べべべ別に私ここでも……きゃっ!?」


「おっと。大丈夫ですか?」


「は、はひ……」


 突然声をかけられテンパった小春が足をもつれさせて転びそうになり、シャオロンが慌てて駆け寄り小春の身体を抱きとめる。

 至近距離で二人の視線が交わりなんだかいい感じのムードなのが実に胸糞悪い。んぎごごがぎぎがご!


「っ!?」


 不意に。

 レイラが背後から抱きついてきた。


「もっと私のことも見てよ」


 耳元で囁かれて思わず背筋がぞくっとした。


「な、ななななんだよ急に!?」


 返事代わりにレイラは俺の背中に顔を埋めた。

 いつになく甘えてくるレイラに胸の高鳴りが治まらない。

 最近は以前よりもだいぶ素直になってきたとはいえここまでされるとこちらもまだ耐性がないというかたまらなく愛しくなってしまうというかああもうなんだこれ可愛いかよ!


「あの、レイラさん?」


「うっさいシスコンバカ。……ごめん、もう少しこのままでいさせて」


「お、おう……」


 これはあれだ。さっきヒミコさんにもう少し俺に甘えろなんて言われていざ実行したら恥ずかしくなっちゃったんだろう。

 まったくこういうところが可愛いんだよな。ああ抱きしめたいもどかしい!


 などと悶々としている間にも小春はシャオロンが聞き上手なのもあってか多少は緊張もほぐれたようで、夜景を前にお互いの日常生活の話題で盛り上がっているようだった。

 その小春の生き生きとした表情かおに、俺は兄としてあの子にしてやれることがもう殆ど無いのだと悟らされた。


 兄として、今までずっと自分の後ろをついてきた妹が離れていくのはやっぱり寂しい。

 けど、いつまでも過保護なまま守り続けていたらあの子の未来の可能性を奪ってしまう。それは絶対に正しくない。

 人は成長する。幼い妹の前を歩き護ってやる時期はもうとっくに終わっていたのだ。


 悔しいが、本当に悔しいが、シャオロンなら小春を守る役目を譲るに相応しい実力があることは俺も認めざるを得ない。

 小春泣かせたらミミズに変えて畑に埋めてやっから覚悟しとけよクソイケメン野郎!


「なに泣いてんのよ」


「……っ。泣いてないやい」


「私が最後まで一緒にいてあげるんだから寂しくないでしょ」


「え、それってプロポ―……」


「っ!? わ、忘れなさい今すぐに!」


「グエッ!? 首絞めんなバカ! ギブギブギブ!」


 結局最後はいつも通りかよ! あ、だめ落ち────────。



 ◇



 翌日、扉の城の一室で目を覚ました俺はクラシックメイドスタイルのレイラが運んできた朝食をいただいていた。

 結局あのまま締め落とされてここまで運び込まれたらしい。


「ったく、照れ隠しで締め落とす奴があるかよ」


「だからごめんってば」


「ま、別に怒っちゃいねーけどな。にしてもうめーなこのオムレツ」


「自信作よ」


 バターの香りが食欲をそそるふわとろオムレツを堪能しつつ、俺は千里眼を使ってパリの街並みを上空から見下ろす。

 第四の塔の所在地はフランスの首都パリ。

 世界中に塔が現れてから一夜が明け、世界各国の混乱も沈静化しつつある。

 第一から第三までの塔が特に大きな被害も出さず初日の内に地面の下へ消えてしまったことがあり、残る塔も近々消えてしまうのではないかとの楽観的な予測が広まったのが大きかった。


「ごちそうさん。美味かったぜ。そんじゃ俺はそろそろパリに行くから、今日も塔の攻略頑張ってくれ」


「待ってなさいよ。今日こそ絶対攻略してやるんだから」


 気合十分といった様子のレイラに食べ終わった食器を預け俺はパリへ転移した。



口ン中甘ったるいわ!

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ、僕はカレーを食べてたはずなのに いつのまにきな粉になったんだ?
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