第三の塔 もこもこ雪原
塔の鉄扉をくぐり抜けたエカテリーナを待ち受けていたのは月明りに照らされた一面の雪原。
目印になるようなものは何もなく、ただ茫漠たる銀世界がしんと広がっていた。
「いくらモスクワにあるからってちょっと安直すぎよね」
思い出すのは五〇〇年前のこと。
数日降り続いた大雪に町も野も埋もれた雪明りの夜。
流行り病で家族を失い、戦火から逃れるようにあてもなく一人さまよい最後に辿り着いたのは朽ち果てた修道院。
神に見放されたその地で、彼女は『親』と出会い吸血鬼になった。
「あら、随分とかわいいお出迎えね」
「めぇ~」
夜の闇を遠ざける一面の白銀に浮かび上がる四つ足の影たち。
たっぷりと毛を蓄えた白羊たちが次々と雪をかきわけ起き上がり、とことこエカテリーナへ近づいてくる。
「めぇ~」
「あら、あらあらあら」
「めぇ~」
敵意なく近づいてきたもこもこたちに戦意を削がれ、どうしたものかと手をこまねいている内にエカテリーナは羊たちに囲まれてしまった。
彼らが魔力で形作られた疑似生命だということは気配ですぐに分かったが、こうも人懐っこくすり寄ってくる愛らしいもこもこたちを倒してしまうのはどうにも気が咎める。
「あらららら!? ちょっとどこいくのよぉ」
「めぇ~」
そのまま羊たちの大移動に巻き込まれエカテリーナはどこかへと連れ去られてしまうのだった。めぇ~。
☆
シャオロンに案内されて俺たちは黄大仙廟へやってきた。
風水に基づいて建てられた寺院は赤や黄色でカラフルに飾られていて目にも楽しい。
地脈の上に建てられているおかげか、敷地内は霊的な力で満ちていて居心地も悪くなかった。
「黄大仙は道教、仏教、儒教の三つの宗教の寺院です。願い事が必ず叶うと言われていて、地元でもパワースポットとして有名ですね。特に縁結びの占いは当たると評判なんですよ」
「「「「へぇー」」」」
小春以外は全員ペアだが、縁結び以外でも占ってくれるらしいので冷やかしがてらちょっとやってみることにした。
まず入り口で線香を買って本殿に参拝。
本殿の前には柵で仕切られたスペースがあって、クッションがいくつも置いてあった。
柵の中へ入るときに竹の棒が入った筒を借り、クッションに膝立ちになってお祈りしながら筒を振る。そうして出てきた一本に書いてある数字を覚えて占い師の下へ行き占ってもらうらしい。
本殿向かって左にある階段を下りると占い師が一人ずつ店を構えるエリアがあった。
どことなく高架下の居酒屋通りみたいな雰囲気のある狭い通路を進み、一番霊力の高い占い師の店へ入って占ってもらうことにした。
「いらっしゃい。……って、あら? あなた前に会ったことあるわよね?」
「ん……? あーっ!? おっぱい占い師のヒミコさん!」
「比嘉美巳子よ! 誰がおっぱい占い師だ」
髪の毛オバケ倒したときに協力してくれた巨乳占い師のヒミコさんじゃないか。
「なんでこんなところにいるんすか!?」
「あのときはたまたま日本にいて声かけられただけで、普段はここで働いてるの。それで、臥龍院のメイドもいるみたいだけどなんの用?」
「いや普通に観光に来たんで冷やかしがてら占ってもらおうかと」
「やめてよねそういうの。アタシがわざわざ占ってやらなくても今のアンタなら自分の未来くらいいくらでも分かるし変えられるでしょう?」
「まあそうおっしゃらずに」
「はいはい、今の彼女を大切になさい。それでアンタの未来はハッピー確定よ。どーぞお幸せに」
すっげー投げやりに占われて追い出されてしまった。そんな中指まで立てなくてもいいのに……。
その後、マサとタッツンも「筋肉鍛えてりゃ安泰」だの「趣味に生きろ」だのと適当に占われて店から追い出された。
二人ともなんだかなぁという顔をしているが、それはさておき。
「あら……? アンタ、ちょっと気を付けたほうがいいわ」
それまでやる気のなかったヒミコさんの表情が引き締まったのは涼葉と対面した直後のことだった。
「気を付けるって、何をですか~?」
「家難の相が出てる。このままだと身内から足を引っ張られて何もかも台無しになるわ」
「ご心配なく~。……近々潰すので」
最後に小さくボソッと呟かれた言葉を俺の耳は聞き逃さなかった。
え、なに怖っ。おいタッツンてめぇの彼女だろ暢気に鼻毛抜いてねぇでなんとかしろ!
「……そう。なら早めに行動するのをオススメするわ。アンタの家族相当ヤバイわよ」
「言われずともです~」
入ったときより若干圧の強まった笑顔で店を出た涼葉に俺は少し気圧されてしまった。ふえぇ、怖いよぅ。
「では次は私を占ってもらおうk「筋肉を鍛えなさい。それで万事解決するわ。はい次!」
ベルダさんが言い終える前に食い気味に結果を言い渡し終了。五秒もかかってないぞ。詐欺だ。
「お久しぶりです。その節はどうも」
「ようやく素直になれたのね。アンタはもうちょい彼氏に甘えなさい。そしたらもっと幸せになれるから。以上!」
レイラの占いもズバッと終わり、続いて小春へ。
「……あのっ!」
「みなまで言うな。全部分かってるから。根気よくアタックし続けなさい。あとはアンタの兄貴を納得させること。それで全部うまくいくわ」
「っ! 頑張ってみます!」
頑張るって何をさ。
お兄ちゃん許しませんからね。お兄ちゃんゆるしませんからねッッ!(大事なことなので二回以下略)
「さて、じゃあ最後は僕を占ってもらいましょうか」
最後にシャオロンが不敵に笑いヒミコさんの対面に座った。
「アンタは師匠とそこから連なる縁を大事にしなさい。これから先も苦労は絶えないでしょうけど結果的に一番幸せになれるわ」
「苦労するのは確定なんですね」
「そういう星の下に生まれたんだから仕方ないわよ。大丈夫、アンタならそこの神様の理不尽だって打ち破れるわ」
おいコラ、指差すな!
俺だって別に迷惑かけたくてかけてるわけじゃないんだぞ。
「わかりました。今後も何かあったら彼をぶん殴ればいいんですね」
「だいたいそれでOKよ。もっと功夫を練りなさい。さすれば道は開けるでしょう」
「おい待てコラ聞き捨てならねぇぞ!?」
「はいはい、こんなとこで喧嘩しないの。はた迷惑な神様はさっさと退場しましょうねー」
「痛ててて!? 耳引っ張るなって!」
レイラに引っ張られ俺は渋々占いの店を後にしたのだった。
ちっくしょー覚えてろよ!
めぇ~