第二の塔 輿馬風馳(よばふうち)
輿馬風馳 非常に速いことの例え
怒りに任せてなりふり構わず殴りかかってくるシャオロン。
しかしその拳は見えない壁に阻まれて俺の鼻先数センチの位置でピタリと止まった。
『ヒヒン、この場は私の領域内。ここに足を踏み入れた以上は私のルールで戦ってもらうぞ!』
馬がどこか得意げに鼻を鳴らし蹄をかき鳴らすと地面が真横にスライドして草原の下からアスファルトで舗装されたサーキットが出現する。
すると馬が姿形を変えてみるみる縮んでゆき、顔だけ馬のままアイドルドレス姿の女の子になった。
『さあ挑戦者よ、私とレースで勝負だ! 私に勝てば祖神様がどんな願いでも一つだけ叶えてくださるぞ』
「ああそうかいなんだっていいさ! よくも僕の家をメチャクチャにしてくれたなボコボコにしてやる!」
馬改め馬っ娘がシャオロンを『ビシッ!』と指差し宣戦布告すると、シャオロンがキレ気味にそれに応じた。
どうやら第一の塔のにゃんこが先んじて他の塔の魔獣たちに周知しておいてくれたらしい。話が早くて助かるね。
などと観戦モードに入って油断していたまさにその時。
うぃ~~~ん
と、突然俺のズボンのチャックが開いて股間から「GOAL」と書かれたスイッチがせり出てきた。なにごと!?
『あれがゴールだ! 先にスイッチを押したほうの勝ち! シンプルだろう?』
「なるほどね。分かりやすくていいルールだ」
シャオロンが拳をポキポキ鳴らしていい笑顔でクラウチングスタートの姿勢に入る。
や、やめようよ二人とも。こんなの絶対おかしいよ……!
『あ、ちなみにスイッチが押されると祖神様の身に何かが起きるのでお気をつけて!』
「何かってなんだよ!? そこボカされるとメチャクチャ怖いんだけど!?」
『だってこうでもしなきゃ祖神様本気で追いかけっこしてくれなさそうだったんだもん。先に一周できたら祖神様の勝ちです。じゃあ行きますよー! 位置に着いて、よーいドン☆』
「いーや────────ッッ!?」
何が起きるか分からない(俺だけ)命がけのデスレースが始まった。
ひどいや俺が何をしたっていうんだ! こんなところにいられるか俺は帰らせてもらうぞ!
と、走りながら転移魔法で宇宙の果てまで飛ぼうとしたら魔法が発動しなかった。
そればかりか足が鉛のように重くなり、走る速度がガクッと落ちる。
『転移はダメです。次魔法使ったらもっと重くなりますからね!』
「そういうことは先に言えっ!」
仕方ない。こうなりゃうまぴょい(物理)されないように本気で逃げるだけだ!
重い足を必死に回して俺はえっちらおっちら走り出す。
「くそっ、ペナルティ受けたのにまだあんなに走れるのか! いい加減非を認めて殴られてください!」
「やだよ!?」
『ヒヒン! 負けないもん!』
馬っ娘とシャオロンが競い合い加速して俺に迫る。
は、疾いッ!? ええいこうなりゃ奥の手だ!
「魂 魄 開 放!」
光輪背負う六腕の神の姿へ変身した俺は、掌からひねり出した混沌の種をシャオロンたち目掛けて投げつける。
軽快なステップで玉虫色に輝く光の玉を避ける馬っ娘とシャオロン。
彼らが避けた混沌の種は地面に落ちて、俺ですら予測不可能な現象となって発芽した。
「ちょわわわわわっ!?」
突然道がツルツルになり派手にすっ転んだシャオロンが空中で一回転。
勢いそのまま着地してスピードスケートのように滑りだしたシャオロンの前にそり立つ壁が現れ彼の姿を覆い隠した。
『ヒヒ―ン、障害物競争ですか! 負けませんよ!』
自分の数十倍はある壁を当然のように飛び越えて俺を追う馬っ娘がごきげんに嘶くと、壁を殴り壊して突破したシャオロンがさらに加速して迫ってくる。
二人が避けた混沌の種がまた発芽してコース横に触手の森が生え、触手の隙間から皇帝ペンギンたちがぞろぞろとコースに乱入してきた。
襲い掛かってきた触手を馬っ娘が口から火を吐いて消し炭に変え、四方八方から弾丸のように突っ込んでくる皇帝ペンギンたちをシャオロンが功夫の妙技で受け流していく。
「撥ッ!」
コーナーを曲がり次の直線へ差し掛かったところでシャオロンが急加速し勝負を仕掛けてきた。
俺も負けじと混沌の種を次々と足元にばら撒いて妨害に徹する。
アスファルトを突き破って大根が生えてきたり、生まれたての小鹿が現れたりとハズレばかりが続く中、突然路面が底なし沼へ変わり足を取られて全員が顔面から派手にすっ転んだ。ぶべちっ!?
「逃がすかぁぁぁぁぁ!」
「ひぃっ!?」
怒りに燃えるシャオロンが泥沼をバタフライでびったんびったんかき分け猛烈な追い上げを見せる。
俺は尻から霊力波をブッ放しその反動で泥沼から脱出し、勢いそのまま地面すれすれを低空飛行してシャオロンを置き去りにする。
俺が巻き上げた飛沫に飲まれたシャオロンは沼の底へと沈んだ。
『ブルルッ! この程度のダートなんてことないです!』
足が沈む前に足を踏み出して底なし沼の上を飛ぶように駆ける馬っ娘が俺の真横に並んだ。
鼻の穴から炎を吐き出し、長い舌をずるりと垂らしてゴールのスイッチを狙う姿には地獄めいたものを感じずにはいられない。
『もらった!』
「そうはイカのキ〇タマ!」
カメレオンのように舌を伸ばしてスイッチを狙ってきた馬っ娘の一撃をひらりと躱し混沌の種を投げつける。
すると種が直撃した馬っ娘の頭が『スポンッ!』と脱げて、栗毛のポニーテールがよく似合う美少女の素顔が顕わになり……あ、こけた。
身体能力まで普通の人間になってしまった馬っ娘が沼に足を取られてすっ転びずぶずぶと沈んでいく。よし一人脱落!
なんて喜んでいられたのも束の間、沼の底から這い上がったシャオロンが沼の上を飛ぶように駆けて猛烈に追い上げてくる。
「待ちやがれこのーっ!」
仙術の応用か、シャオロンが踏み込んだ瞬間泥沼が間欠泉のように噴き上がり俺の股間のスイッチを狙う。
空中で前転して泥の間欠泉を紙一重躱すと俺の横にピタリとついたシャオロンが走りながら打撃を叩き込んでくる。
時折フェイントを混ぜながら執拗に股間のゴールスイッチを狙ってくるシャオロンの攻撃をいなしつつ最終コーナーを曲がってとうとう最後の直線へ。
『逃がしませんっ!』
と、ここで後方から沼底に沈んだはずの馬っ娘が半人半馬のケンタウロスへと姿を変えて猛烈に追い上げてきた。
凍てつく冷気を纏った馬脚は泥沼を凍らせ道を整え、燃え盛る尾が更なる推進力を彼女に与える。
『いっけぇぇぇぇぇっ!!!!』
「ちょ、おま!? ほぎゃぁぁぁっ!?」
驚異的な末脚を見せた馬っ娘に撥ね飛ばされ、シャオロンと一緒にもみくちゃになりながらゴールラインに転がり込む。
け、結果は!?
ゴール横の地面から大モニターがせり出てきて判定結果が表示される。
『あー、祖神様が一周する直前にスイッチ押されてますねぇ。悔しいけど挑戦者の勝ちです』
「んなっ!?」
と、次の瞬間、
「あっ、あああ……! ん゛あ゛ぁ゛────ッ!?」
俺の身体が突然ぎゅーんと空高く浮き上がり大爆発!
シャオロンの頭上を飾る大輪の花火となりましたとさ。めでたしめでたし……って、なんでやねん!
うー、うまぴょい☆(物理)