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すべて丸く収まる最高(?)の方法

 晃弘の到着を待つ龍宮城の応接間は、地獄すら生温く感じるほど冷え切っていた。


「久しぶりね乙姫」


「こうして顔を合わせるのは五〇〇〇年ぶりかのぅ」


 ローテーブルを挟み喪服の女主人と向かい合う十二単の美女。

 清水を思わせる澄んだ青色の髪が特徴的なこの妖艶な女こそ、龍姫の母であり現代における龍族最強の女、龍宮乙姫その人である。


「とっくにくたばったと思っていたけど、気のせいだったかしら」


「ほほほ、何の因果かこうしてまだ生きておるよ。お主こそ少し老けたのではないかえ?」


「そっちこそ。化粧が厚すぎて粉吹いてるわよ」


 にこやかな表情とは裏腹に両者の発する殺気がにわかに高まり、その場に同席していた龍王の胃がキリキリと悲鳴を上げる。

 龍宮へ婿入りしてきた龍王は妻の乙姫に頭が上がらず、臥龍院に対しても過去に交わした契約があるため頭が上がらない。


 今回の魔龍帝復活は予期せぬ事態であったとはいえ、元を正せば龍王の判断で晃弘を龍の回廊に放り込んだのが原因と言えなくもない。

 そこを突かれては立場上何も言えなくなってしまうため、どんな理不尽な賠償を求められるかと内心気が気でなかった。


「ところで、妾の可愛い娘にお主のメイドが刃を向けたと聞いたが」


 乙姫の視線が喪服の女主人の隣に座っていた麗羅に向けられる。

 主人に匹敵するほどの実力者に睨まれては如何に気の強い麗羅と言えど小動物のように震えあがるしかない。


「それを言うならあなたの娘こそウチの従業員を不当に連れ去ったと聞いたけど? それに本人の意思を無視して無理やり結婚させようとするなんて、これは立派な犯罪よね」


 お返しとばかり喪服の女主人が乙姫の隣に座る龍姫に笑顔を向ければ、龍姫は気まずそうに顔を逸らした。


 宇宙法第六七条八項、未開惑星の住人の権利及びその扱いについて。

 霊性に優れた種族は、霊的に未熟な惑星の住人の権利を不当に扱ってはならない。


 地球は宇宙法に照らし合わせれば霊的発展途上惑星となっているため、いくら晃弘本人が強かろうとこのルールが適応される。


「あえて地球人の霊的進化を歪めた張本人が弱者の権利を振りかざすか」


「なんのことかしら。論点を逸らさないで頂戴」


「ハッ、白々しい。それに不当な連れ去りと言ったが、これを見ても同じことが言えるかのぅ」


 乙姫がテーブルの上に一枚の紙を叩きつける。

 それは犬飼家の長男と龍姫の婚約について書かれた地獄の契約書だった。

 契約主は晃弘の父、犬飼いぬかい大輝だいきと乙姫となっており、立会人として先代の閻魔大王の署名と押印もある。


「元々は犬飼宗助が対象であったが、転生して犬飼家の人間ではなくなってしまったからな。こういう場合くり下がって次男坊が婚約者になるのが習わしであろう。多少の行き違いこそあったようじゃが、正当性はこちらにある」


「いつの間にそんな契約を……」


 晃弘の父大輝は息子が一八歳になったらこのことを伝えようと思っていたが、宗助は一八歳の誕生日を迎える前に家族の前から姿を消してしまったためそのまま有耶無耶になっていた。


 契約は龍姫が一六歳の誕生日を迎えたら履行されることになっており、契約の履行日は奇しくも龍姫が家出した当日。

 大輝は宗助が死んだ時点で契約は無効になったと思っていたため、このことは晃弘には伝えておらず、晃弘が知らなかったのも当然だった。


「でも契約書に長男が死亡した場合についての明記は無いわ」


「不測の事態が起きた場合も甲は乙に対して契約を履行する責任を持つと書かれておろう。つまり犬飼大輝は妾に対して契約を履行する義務がある。この場合、順当に考えて次男の晃弘を代理の婚約者に立てるのが筋ではないのかえ?」


「だったら契約者本人をこの場に呼んでその意思を確認するのが先ではなくて?」


 と、ここで応接間の扉がノックされ、一人の男が部屋に通される。

 年齢は四〇代半ばといったところか。

 オレンジ色の消防服がよく似合う、筋骨隆々の美丈夫だ。


「いやぁ、お待たせして申し訳ない」


 へにゃりと温和な笑みを浮かべ後ろ頭を掻くこの男こそ、晃弘の父、犬飼大輝その人である。


「丁度いいタイミングで来たのう」


 乙姫が視線で大輝に座るよう促し、大輝が一礼して喪服の女主人の隣に腰かける。

 突然出てきた彼氏の父親に驚きを隠せない麗羅に、大輝が「詳しいことはまた後で」と困ったような笑顔で謝り話は再び本題へ戻る。


「詳しい事情はすでに聞いたと思うが、お主の答えを聞かせてもらおうか。大輝よ」


「まさかこんなことになるなんてなぁ。まあ、こうなっちまった以上は俺にも契約を履行する義務があるし……」


「そ、そんな!」


 血の気の引いた顔で麗羅が声を上げる。

 わがままな姫様の横恋慕かと思えば、実は生まれる前から定められた許嫁だったなどと言われては無理もなかった。


 と、ここで再び扉がノックされ、応接間に晃弘が入ってきた。



 ★



 竜宮城の兵士に案内され応接間に通された俺に、その場に集まっていた全員の視線が突き刺さる。

 おーおー、全員目ん玉丸くしてらぁ。……って、父ちゃん!? なんでここに!?


「あ、あああ晃弘おま、おまえ!」


「「なんで父ちゃんがここにいるんだよ!?」」


 説明してほしいのは俺のほうなのに、誰もが俺たちを交互に見て驚くばかりで何も説明してくれない。

 しまった、時間差で入ってくるべきだったか。


「……一応聞くが、どっちが本物だ?」


 父ちゃんが訝しげな顔で俺たちの顔を見比べて聞いてきた。

 ま、普通はそう思うだろうな。


「「どっちも本物だよ」」


 考えてみれば答えは簡単だったのだ。

 一人の俺を巡って喧嘩が起きるなら、俺自身を増やせばいい。


「「あれからしっかり考えてみたんだ。もし俺たちが出会う順番が逆だったら、どうなってたか」」


 俺はレイラのことが好きだ。

 記憶を消されてもこの想いは消えなかったから、この気持ちは間違いなく本物だと言い切れる。


 けど、もし本当に俺が龍姫と先に出会っていたらどうだっただろう。

 俺の中にレイラへの想いが無いまっさらな状態で龍姫と出会っていたら。

 ……きっと。いや、間違いなく俺はあの子に惚れてた。


 彼女が創った世界で、俺は何度も姫の想いに触れてきた。

 あの世界で体験したことはすべて本当に起きた出来事で、あったかもしれない可能性なのだ。


 けど俺の中にはすでにレイラへの絶対的な想いがあって、彼女の気持ちに真っすぐ向き合うことができなかった。


「「きっと、レイラとおんなじくらい好きになってたと思う。……いや、違うな。好きになっちまったんだ」」


 だからこそ辛かった。姫の想いに応えてやれないことが。

 どちらかを選ぶということは、選ばれなかった相手を傷つけてしまうことになる。


「「でさ、俺閃いたんだ。龍姫が好きな俺を分離して独立させちゃえば全部解決じゃねって」」


「「え」」


 俺が一人のまま両方選べば間違いなく角が立つ。

 けど俺が二人いれば二人とも平等に愛せる。誰も傷つかない。みんな幸せオールハッピー!


 と、そんな考えの下行われた試みは見事成功し、俺は二人になった。

 

 ベースになったのは忍術スキルの影分身だが、ギルが協力してくれたおかげで力も記憶も肉体も魂もまったく同じである。

 だけどそれぞれ別の思考を持っている個人で、それぞれ違う女の子が好き。


「そういうわけでレイラが好きな俺は今まで通り地球で暮らして」


「コイツから分離した龍姫が好きな俺は姫と結婚する」


「「それが俺たちが出した結論だ」」


 俺たちが堂々と言い放つと、臥龍院さんは「ぶふっ!」と噴き出し、それ以外の全員は唖然としたまま固まってしまった。


「いつまでもお邪魔しちゃ悪いし俺たちそろそろ帰ります。お邪魔しましたー」


「は? え? 何、どういうこと? えっ!?」


 未だに事態を飲み込めていないレイラと固まったままの父ちゃんの手を取り、無限の霊力にものを言わせて俺は力業で地球に転移した。



そのための『忍術』

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[一言] 迂遠過ぎる伏線
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