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不穏な影2

 清涼感のあるハーブの香りがぼんやりしていた意識を明瞭にしていく。

 見上げた先は知らない天井、もとい、星座盤が填め込まれた大きなベッドの天蓋だ。


 ベッドの感触はまるで雲のようにフカフカで、頭にフィットするもみ殻枕のシャリシャリ感が心地いい。頭を動かすたびにふわりと心地よい香りが漂った。


「お目覚めになられましたか」


「……あっ、逢魔さん」


 視線を横に向けると、アンティークな椅子に腰かける老紳士の姿があった。

 「どこか痛むところなどはありませんか」と、こちらを気遣うように問いかけられて、自分の体に意識を向けてみるが特に痛みなどはない。


 その事を伝えると逢魔さんは「それはよかった」と、柔和な笑みを浮かべた。


 恐る恐る傷のあった首筋に触れてみたが、まるで最初から傷など無かったかのように綺麗に塞がっている。

 そういえば家に帰る途中だったのだと思い出して、慌てて今の時間を確認しようとしたのだが、生憎この部屋には時計は無いようだった。


 ベッドの上で上体を起こしてぐっと背伸びする。固まっていた筋肉が解れて、全身に血液が循環していく。……ああ、生きてる。


「あの、俺ってどれくらい寝てました?」


「ざっと一二時間ほど。外ではまだ一分程度しか経っておりませんのでご安心を」


「そうですか。……あっ、助けてもらってありがとうございました」


「いえ、(わたくし)めは何も。傷の治療はご主人様が行いましたので。ああそれと、自転車はこちらで回収しておきましたので、お帰りの際はお忘れなく」


 そうだったのか。何かとあの人にはお世話になりっぱなしだ。

 今度ちゃんと機会を見つけてお礼をしなきゃな。


「臥龍院さんはどちらに?」


「犬飼様を治療された後、すぐに別件でお出かけになられました」


「そうですか……。じゃあ、今度改めてお礼に伺いますね」


「でしたらご主人様は駅前の『栗唐庵(くりからあん)』の栗羊羹くりようかんが好物ですので、お持ちいただければお喜びになられるかと」


「ははは、美味しいですよねあそこの栗羊羹」


 以前何かの機会に貰って家族と食べたがあれは美味かった。

 しっとりなめらか、それでいて甘すぎず栗本来の甘みが引き立っていたように思う。玉露と一緒に頂くとなお美味しい。


「それで、どうしてあのような怪我を?」


「突然襲われたんです、口裂け女に」


「口裂け女……ですか。詳しくお聞かせ願えますか」


 俺は現場で体験したことをそのまま逢魔さんに話した。



 突然、無限ループに囚われた事。


 髪の毛の身体を持つ口裂け女の事。


 何らかの意図があって襲われたらしい事。


 そして、受けた傷が広がって塞がらなかった事。



「ふむ……。聞く限りで推測するに、どうやら相手は新種の怪異のようですな」


「怪異……ですか?」


「ええ、一般に妖怪やモンスター、または都市伝説などと呼ばれる類いのモノです。人々の恐怖などの感情より生まれ、噂話や怪異譚などにより肉付けされていく、ある種の精神生命体ですな」


 そりゃ幽霊や悪魔がいるなら、妖怪だっているだろう。


 でも、どうせならもっと平和な形で会いたかったもんだ。

 きゅうりで河童を釣ろうとした小四の夏休みをふと思い出す。

 結局、河童は釣れず、夏休みの自由研究は町の資料館にあった河童伝承を適当にまとめただけになってしまったんだっけ。

 などと懐かしい記憶に思いを馳せている間にも、逢魔さんの説明は続く。


 なんでも近頃の怪異というのは、様々な都市伝説や噂話がゲームや漫画の設定などと混ざりあい、そういった勘違いや誤情報がネット上ですぐに拡散されるため、幾つもの能力や特徴を持っていることが多いのだそうだ。


「我々はそういった怪異を【キメラ】と呼んでおります」


 殺されかけておいてなんだが、ちょっとカッコイイと思ってしまった。悔しい!


「今回のキメラも判明している分だけでも四つの能力がある。野放しにしておくのはあまりにも危険です。被害が拡大する前に確実に仕留めなければなりません。と、いう訳で、緊急依頼でございます」


「報酬は?」


「これくらいでいかがでしょう?」


 逢魔さんが胸元のポケットからミニ電卓を取り出して額を提示してきた。

 えっと……気のせいかな? ゼロが七つもあるように見えるんだが。

 明らかに高校生が持っていい額じゃないよね、これ。


「これは討伐対象の危険度も含めた上での額でございます。当然、無理だと判断したなら無視していただいても構いませんが……如何いたしますか?」


 この流れで無視は流石にないでしょうよ。

 俺にだってプライドってもんがある。

 やられっぱなしじゃムカつくし、なにより、あんな物騒な奴が街をウロウロしてたら安心して寝られないしな。


「やります」


「承知致しました。今回は僭越ながら私めもサポートさせていただきます。開始時刻は今日の二三時。集合場所は第二ふくろう公園の時計下。それまでに準備を整えておいてください」


「わかりました」


 そういうことになったので、俺は回収してもらってあった自転車を受け取ってから、鍵を使って自宅のガレージへと飛んだ。



 ◇ ◇ ◇



「今、何時だと思ってるの」


「……さ、サーセン……」


 家に帰ると母ちゃんが玄関で仁王立ちして待ち構えていた。

 表情は笑顔だし口調も穏やかだが目が笑っていない。激おこである。

 現在時刻は午後二一時丁度。我が家は特に門限とかは無いのだが、常識的に考えて遅すぎだ。


 母ちゃんは背が高い上に元自衛官なので怒ると威圧感がハンパない。

 顔が美形なのも恐ろしさに拍車を掛ける一因だろう。我が家の女は怒らせると怖いのだ。

 そんな母上様(ビッグマム)を前にしては自然と背筋も伸びるというもので、俺は無意識の内に気を付けの姿勢をとっていた。


「半年間の風呂掃除! 復唱ッッ!」


「半年間の風呂掃除でありますッッ!」


「……次は無いからな? 通達は以上だ。さっさと飯食って風呂入って歯磨いてクソして寝ろッ!」


「イエスマムッ!」


「……ったく、心配させんじゃないよ」



 と、最後にボソッとデレてから、母ちゃんはリビングの方へと戻っていった。

 思ったよりも軽い罰で済んでよかったなどと安心してはいけない。

 次は間違いなく次は俺が泣くまで、全身の痛いツボをゴリゴリ押しまくってくることだろう。

 元自衛官だけあって人体の急所を心得てるし、結婚する前に数年ほど東南アジアくんだりまで整体師の修行に行っていたと聞いている。    

 そんな母ちゃんのツボ押しはシャレにならないくらい痛い。その分効果は抜群なので身体はクッソ健康になるけどな。



 ……なーんて、この後すぐに無断外出するんだが。



 とりあえず母ちゃんの言う通り、夕飯の残りのカレーを温め直して食べて、風呂に入って歯を磨く。

 パジャマ姿で玄関の靴箱から普段履かない靴をこっそり持ち出し、部屋に戻って布団を丸めて作った俺の身代わりをベッドの中に押し込めたら準備は完了。

 後は着替えて時間が来たらここから直接鍵を使って、公園のトイレに飛べばいい。


 あそこのトイレには何度か助けられている。


 通学路から少し外れた位置にあり、尚且つギリギリ学区外だから同じ学校の奴らと顔を合わせる心配も無い。

 学校の大便器の使用を暗黙のルールで禁止されている小学生男子にとってはまさに隠れた神スポットだった。


 小学生のころあだ名がウンコマンにならずに済んだのもあそこのトイレのおかげだ。マジ感謝。


「暇だしネットでちょっと調べとくか」


 検索エンジンを立ち上げ思いついた限りの怪異に関するワードを打ち込んでみる。

 するといくつもの都市伝説を纏めた個人サイトに行き着いた。

 系統ごとに分けられた都市伝説の中から先程の怪異と似たようなものを探し出して順番に見ていく。


 しかしどの都市伝説もあの口裂け女とは大分かけ離れており、あまり参考にはならなかった。

 やはりあれは半端に聞きかじった都市伝説や人々の勘違いなどが混ざって生まれた未知の怪物ということなんだろう。


「……っと、そろそろ時間だな」


 パソコンの電源を落とし部屋の電気を消してから、俺は鍵を使って第二ふくろう公園の公衆トイレのドアへと飛んだ。


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