龍の試練 龍神帝ゾア=ギルウス
救世阿弥陀と創造神の力により修正された歴史が俺の脳裏に流れ込んでくる。
姫が理外の邪知に触れた過去は消え、彼女が意識不明の重体になることもなく、それに伴い母親の死も無かったことになった。
閻魔様はあまりいい顔はしないだろうけど、俺がこの世界の創造神なんだから多少の融通は効かせてくれると信じたい。
その後の歴史の流れは細かい点こそ違えど、概ね俺が辿った通りに修正された。
姫のワガママは相変わらずで、親の決めた見合い話にうんざりして家出して、俺と出会い、暴走して今に至る。
歴史を変えても俺と姫の出会いは消えなかった。
つまりこれも一つの「運命の出会い」だったと図らずも証明されてしまった訳だ。
意識を手放した龍姫を抱きとめ『鬼眼殺界』を解除すれば、そこは静寂に満ちた星の海。
帰ってきたのだ。元の世界へ。
「帰ってきた……のよね?」
すっかりドラゴンっぽくなってしまったレイラが頼りなさげに周囲を見渡す。
元の世界に帰ってきたとはいえ、ここは地球から何億光年も離れた宇宙の果て。不安になるのも無理はない。
「間違いなく元の世界だよ。お前こそ大丈夫なのか、それ」
「すぐにどうこうなるわけじゃないから大丈夫よ」
などと強がってはいるものの、息は荒く顔色も悪い。
無理をしているのは一目瞭然だった。ったく、無茶しやがって。
「ほれ、治してやるからこっちこい」
レイラの頭に手を置いて解呪してやると、肌を覆っていた鱗がボロボロと落ちて、頭に生えていた角も風化して綺麗さっぱり消えた。
『おい小娘。早くその魔剣をどこかへ仕舞ってくれ。ピリピリ痒くて敵わん』
脳に直接声が響く。
振り返ると頭に龍角を生やした褐色肌のワイルドなイケメンオヤジがむっすりした顔でこちらを見ていた。
「ホネ助お前人の姿にもなれたんだな」
『うむ、龍の姫が人になった時にコツを掴んだのだ。存外小回りが利いて悪くないぞ』
デュクシデュクシ言いながら肩パンしてくるホネ助。
やーめーろーよ! 小学生かオメーは!
「何よホネ助って」
魔剣をドロンと呪符に変えつつ、レイラが胡乱げな目でオッサンを見る。
「呪いで龍の頭骨がくっついた案山子に変えられてたんだよコイツ。あとあだ名付けたのは影友さんな」
ふぅん、と興味なさげにレイラが鼻を鳴らすと、影友さんが俺の耳の穴からニュルっと顔を出した。
『ホネ助! 記憶戻ったんだな。よかったな!』
『うむ! 先輩には世話になった。おかげで記憶も戻り、かつて以上の力も得た。お礼に貴様らの願いを一つだけ叶えてやろう』
『わぁい! 何がいいかなぁ』
「まあ待て。その前に闘ることがあるだろ」
俺が拳を突き出すと、ホネ助は俺の意図を察したのか口角を吊り上げ凶悪に笑った。
色々あってホネ助が分離したせいで、龍神の権能もホネ助に移ったままだ。
このままだと俺が神化できない。
恐らくこの先も臥龍院さんは俺に試練を与えるだろうし、神化が止まったままでは困る。
「龍の試練も中途半端なまま抜け出しちゃったからな。龍たちに逃げたと思われるのも癪だし、きっちりケジメはつけておきたい」
『よかろう。では我に貴様の力を示すがよい。それを以て龍の試練は完了とする』
俺は頷き、目の前に異空間のゲートを開く。
俺たちが本気でぶつかり合ったら宇宙がぶっ壊れてしまうので、即席だが思いきり闘える舞台を用意させてもらった。
「つーわけだから、ちょっと行ってくる」
「……龍宮星で待ってるから、終わったらちゃんと来なさいよね」
龍姫を俺から引っぺがし、レイラが瞬間移動で龍宮星へ発ったのを見送り、俺はゲートへと飛び込んだ。
★
黒い空と白い砂漠がどこまでも広がる殺風景な異界で俺とホネ助が向かい合う。
『我が真名はゾア=ギルウス。かつて全宇宙を支配した偉大なる帝王にして、龍の神に至りし者。特別にギルと呼ぶことを許してやろう』
ホネ助改め、ギルの神気が空間に満ち満ちてゆき、凄まじい圧力となって俺の両肩にのしかかる。
普通、龍が人の姿に変化している時は弱体化するものだが、彼の場合はむしろ逆。
小さくなった身体に押し込められた莫大なエネルギーを完全に掌握し制御している。
流石は魔龍帝。
かつて全宇宙に覇を唱え、数百億年にわたって支配した実力は伊達ではないらしい。
「現人神、犬飼晃弘だ。司る権能は魔と混沌、ついでにこの宇宙の創造主でもある」
俺も彼の流儀に倣って名乗りを上げる。
互いの神気が拮抗し、空間の鳴動がピタリと止んだ。
『只者ではないと思っておったが、よもや創造主とは思わなんだ。我のために宇宙を創ってくれて感謝するぞ』
「お前のために創ったわけじゃねーよ」
ぶっちゃけシャオロンと闘り合ってた時に偶然そうなっただけだしな。
『ならば貴様を倒し、その権能を簒奪して再びこの宇宙を支配するまでよ』
「やれるもんならやってみろッ!」
刹那、俺たちの拳が交差して互いの頬に突き刺さった。
【称号『混沌龍』獲得】
「ほう、僅かに残った龍の因子を触媒に力を引き出したか」
俺の額に視線を向け、ギルが凶悪に口角を吊り上げる。
龍力に対抗できるのは龍力だけ。
俺の中に僅かに残っていた龍の因子を混沌の力で増幅して、より龍力を引き出しやすい形へ魂を変化させた。
おかげで少し見た目は禍々しくなっちまったけど、最後に勝てれば問題ない!
宇宙を崩壊させる程の一撃をそれぞれ耐え抜き、間髪入れず次の拳が交差する。
衝撃波に舞い上げられた砂塵が世界を覆い隠す。
吹き付ける砂を操り、巨大な砂の拳を作り出してギルに叩きつけると、砂の拳が弾けて龍力の塊が俺に殺到した。
「がっ!?」
受けきれないほどの超パワーを叩きつけられ、身体が粉々に砕け散る。
すぐさま肉体を再生させると、ギルが一人静かに笑い始めた。
「クソッ、なんだ今の!?」
一撃で殆どの霊力を削られちまった。どうなってやがる!?
『理解したのだ。龍力の扱い方を、完全にな』
ギルの全身から龍力のオーラが溢れ出す。
すでに多い少ないといった量的概念では測れず、ただそこに力があるとしか認識できない。
『そもそも龍力に量という概念は存在しない。肉体という限りある器こそが龍力の量を決めていたのだ』
体表に纏わせた龍力の形を自在に変えつつ、太極拳のようなゆっくりとした動きでギルが拳を構え直す。
『我は無限を得た。感謝するぞ創造主よ』
……どうする。
いくらレベルを上げても、無限のパワーで殴られたら勝ち目が無い。
先程の一撃で殆どの霊力を削りきられてしまった。
あと一撃でも喰らえば魂ごと消滅して終わりだ。
『さぁ、試練はまだ終わっておらぬぞ! お前の力を見せてみろ!』
一瞬で肉薄してきたギルが猛ラッシュを仕掛けてきた。
力任せの拳を紙一重で躱し、相手の視線を外させ、その隙に影の中へ一時避難する。
『なんだ、今度はかくれんぼか』
ギルが龍気を爆発させ空間を揺さぶり俺をあぶり出そうとしてくる。
今見つかるわけにはいかない。もっと深くへ────
『どうすんだよブラザー!? このままだと負けちゃうぞ!』
「わーってるよ、んなこと!」
考えろ。
無限の龍力には無限の龍力で対抗するしかない。
だけどすべての龍力はギルに掌握されてしまっている。
代わりのエネルギーを今から探すか? いや、そんな時間は無い。
ならどうする。
『ダメだブラザー! これ以上潜ったら戻れなくなっちゃうよ!』
気付けば俺は影世界の最深部に近づいていた。
ここはすでに宇宙のマイナス領域。
概念と魂の記憶だけが存在を許される底なしの深淵。
「────……そうだ」
あらゆるエネルギーには正と負の面がある。
それは龍力も例外じゃない。
ギルが支配しているのは恐らくプラス領域だけ。
マイナス領域も支配できているならアイツの攻撃はここまで届いているはずだし、俺もとっくに死んでいたはずだ。
「もっと潜るぞ。俺たちが勝つにはそれしかない!」
『やだやだやだ! 怖い怖い怖い! おうちかえるぅぅぅぅぅ!!!!』
「ワガママ言うんじゃありません! 行くぞ!」
『やぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁ────────っ!?!?!?』
怖がる影友さんを抱きかかえ、俺はさらに深くへと潜っていった。