神異物《レガリア》
原初の塵が渦巻く混沌の中、龍姫は頭を抱えていた。
「何故じゃ! どうして婿殿はワシに振り向いてくれぬ!?」
何度世界を構築して晃弘の好意が最大になるようイベントなどを調整しても、最後に行き着く結末はいつも同じ。
明らかに何者かの意思が働いているとしか思えなかった。
「何かカラクリがあるに違いない……! おのれ女狐めッ!」
エネルギーの暴発に紛れ、自ら創造した仮想宇宙に移動することで麗羅の前から姿を晦ませたものの、同じ結末の繰り返しに龍姫は焦れ始めていた。
「仕方あるまい。少し強引じゃが、やるしかないか……」
あまり強引な手段を使うと晃弘の記憶が蘇ってしまう可能性もあるためあまり乗り気ではなかったが、こうも彼が振り向かないとあればやむなし。
そう自分を納得させ、龍姫は再び新たな宇宙の構築を始めた。
☆
「どうしたヒロ、ボーっとして」
「……いや、なんでもねぇ」
マサがコンビニで買ったアイスをかじりながら俺の顔を覗き込む。
またか。
まるで俺の覚醒に合わせてたった今世界が構築されたような、そんな奇妙な感覚。
以前にもこんなことがあったような気がするが、いつだったかは思い出せない。
これがデジャヴってやつか。
「まあ、夏ですしねぇ。熱気で頭がパーになってるんでしょ」
「いつも通りだな」
「なんだとコラ!」
なんて口では怒りつつも、いつも通りなタッツンとマサにどこかホッとしている自分がいる。
中学三年の夏休み。俺たちは夜鳥羽市主催の花火大会を見るため河川敷に集まっていた。
堤防沿いには出店が立ち並び、周囲には浴衣姿の人々も増えてきて、いつもはパッとしないこの場所も今日だけは華やかだ。
「オレ、腹減ってきたしなんか買ってくるわ」
「あ、じゃあ僕も。姫が来るかもしれないのでヒロはここで待っててください」
と、アイスを食べ終わったマサが立ち上がり、タッツンがその後についていく。
本来なら一緒に来るはずだった姫は浴衣の着付けに手間取っているらしく、後から行くと集合する前に連絡があった。
「つっても、そろそろ花火始まっちまうぞ……」
時刻はもうすぐ一八時。
花火が始まるのは一八時半からだ。
「……!」
すると喧騒の中に姫の声が聞こえた気がして周囲を見渡すと、高校生くらいのチャラそうな三人組に姫がナンパされているのを見つけた。
まーた面倒なのに絡まれてやがる。しょうがない、助けてやるか。
俺はスマホを取り出してパトカーのサイレンの録音データを再生し、人混みに紛れて警察のフリをして三人組に声をかけた。
「そこの三人組! 何をしている!」
「やっべ警察だ!? 逃げるぞ!」
もくろみ通り俺の声を警察だと勘違いしたバカトリオは、焦ったようにその場から逃げ去っていった。
「大丈夫か?」
「あ、ヒロ! あれ、警察は?」
「これだよ」
俺がスマホの画面を見せると、姫は少しポカンとした後クスっと笑った。
「そういう機転が利くのは流石じゃのぅ」
「喧嘩せずに追っ払えるならそれに越したことはねぇだろ」
一息ついてようやく姫の服装に意識が向いて、俺の視線に気づいた姫がもじもじと頬を染める。
「どうじゃ?」
浴衣の袖で口元を隠しつつ、上目遣いに姫が浴衣の感想を聞いてくる。
「……まあ、に、似合うんじゃねぇの」
正直めちゃくちゃ可愛いし、綺麗だと思う。
けどそれを口に出すのはなんとなく恥ずかしいし、この状況に対する謎の後ろめたさもあって、どこか突き放したような言い方になってしまった。
「ふふっ、なんじゃ照れておるのか。可愛い奴よの」
「うっせー! いいから行くぞ!」
幼馴染の大人びた反応に余計恥ずかしくなって、ポケットに手を突っ込んで肩を怒らせ歩き出すと、そんな俺の三歩後ろを姫はニコニコしながらついてくる。
……なんで怒らねぇんだよ。
浴衣、褒めて欲しかったんだろ。
なのにあんなガキみたいな感想しか言えなかった。普通もっと怒るだろ。
いくら俺でも姫の好意には流石に気づいている。
こんな奇跡みたいな状況、望んだって手に入らない幸運なのに、この胸に穴が空いたような寂しさはなんだ。
橋の上まで歩くと最初の花火が空の上で大輪の花を咲かせた。
「綺麗じゃのう」
「だな。ってかアイツらどこまで行ったんだよ……」
二発目、三発目と次々花火が打ち上がる。
周囲の視線が自然と空へ集まった、その時。横合いから不意に。
「きゃっ!?」
姫がバリアのようなものに弾かれ尻もちを突く。
は? え!? なんだ、何が起きた!? 今キスされそうになってた!?
気づけば花火の音は消え、周囲の人々はまるで時が止まったみたく動きを止めていた。
「……見つけた。やはり神異物か」
ゾッとするような笑みを浮かべ、姫が俺の胸元に手を伸ばす。
すると胸の奥から光り輝く白い勾玉が出てきて、姫の手へ吸い寄せられていく。
な、なんだかよく分からないけど、これだけは盗られちゃいけない気がする!
そんな確信じみた予感に、勾玉を盗られないように手で包み隠そうとするが、まるで立体映像でも掴んでいるかのように手応えがない。
「無駄じゃ。今の婿殿は普通の人間。神が創り出した異物に触れられるものか」
「なんだよこれ!? お前さっきから何言ってんだ!?」
「こんなものがあるから婿殿はワシに振り向いてくれぬのじゃ!」
姫が勾玉を握りしめて強引に引っ張ると、俺と勾玉を繋いでいた紐がブチブチと千切れていく。
「があああああああああっ!?」
まるで魂そのものを引き剥がされたような激痛に、知らない記憶が呼び起こされ頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
ああ、そうか……。全部思い出した。
今までずっと感じてた喪失感は、この世界にお前がいなかったからだ。
歯を食いしばり、もう一度勾玉に一度手を伸ばす。
二度と忘れるもんか!
お前は、俺が探し続けてたお前の名前は……っ!
「レ……イ……ラァァァァァアアアアアアアアア!!!!」
瞬間、勾玉が眩い光を放ち世界に光が満ちた。
「フンッ、ようやくお目覚め? さぞかしいい夢でも見てたのかしらね」
光の中から現れた黒髪メイドが拗ねた顔で鼻を鳴らす。
「お前がいねぇ世界なんて張り合いが無さすぎてな。退屈すぎて目ェ覚めちまったよ」
「……ばか」
誰よりも聞きたかった声に、自分の声が弾むのを自覚した。
俺の返事に照れたのか頬を朱に染めてぷいとレイラが顔を逸らす。
「くっ!? 記憶を封じた神異物が魂と直接結びついておったのか!」
「……ウカノミタマ様が言ってた試練ってこのことだったのね」
「嫌じゃ。認めぬ。認めぬぞ! ワシはそんなの絶対認めぬ!」
龍姫の理想を投影して生み出した世界に亀裂が走る。
景色が割れたガラス窓みたくバラバラと崩れ落ち、割れた隙間から玉虫色の混沌が溢れ出す。
「今どこまでやれる?」
レイラがお祓い棒を構え龍姫を睨んだまま俺に訊ねる。
「神の力は全部盗られたままだ。けど」
「けど?」
「お前がいればどうとでもなる!」
「上等!」
記憶を取り戻したおかげで神の力に関係ないスキルは使えるようになった。
後は盗られたものを取り返すだけだ!
「どうしてそんな目でワシを見るのじゃ……。ワシは、ワシはただ婿殿に好きになって欲しかった。隣にいて欲しかっただけなのに……!」
龍姫の頬を珠の涙が伝う。
胸の奥がチクリと痛んだ。
「嫌じゃ。こんなの嫌じゃ! 胸が痛い! 苦しい! ああ、ああああ! あああああああああああああああああああ!?!?」
龍姫の身体がボコボコと膨れ上がり悍ましい怪物へと姿を変えていく。
まずい、神の力が暴走してやがる!
すでに天地は原始の塵へと還り、渦巻く混沌の中で無形の怪物の慟哭が嵐となって吹き荒れる。
「来るぞ!」
負の感情の影響を受け呪いと化したエネルギーが迫る中、俺たちは全力を開放した。
「魂 魄 開 放!!!!」
「魔 神 転 装!!!!」
アイテム紹介
【双星の勾玉】
ウカノミタマが長い年月をかけて神力を注ぎ込んだ勾玉。
紐を通してペアネックレスにすれば、二人の絆は例え記憶を奪われ世界を隔てようとも強く結ばれ続ける。
あと肩こり腰痛不眠便秘リウマチ眼精疲労生活習慣病にも効くとかなんとか(ほんとかよ)