龍神
龍宮城地下一〇〇〇メートル。
巨大な縦穴を下りた先、そこには龍の回廊へと繋がるゲートがある。
星の霊力によって稼働しているこの場所は宇宙にいくつかある霊力の源泉の中でも特に大きな源泉であり、龍族たちの聖地でもあった。
そんな聖地から突如あふれ出したエネルギーの奔流に竜宮城内はパニックに陥っていた。
「なんだ!? 何が起きた!」
龍王が声を荒げるとすぐさま兵士が執務室に飛び込んできて急報を告げる。
「た、大変です! 龍の回廊が破壊されました!」
「なんだと!? まさか魔龍帝が復活したのか!?」
「現在調査中です!」
「馬鹿者! すぐに原因を突き止めろ!」
兵士からの報告に龍王の額から冷や汗がドッと噴き出す。
伝説の魔龍帝が復活したとあれば、臥龍院が古の条約を破棄して龍宮星へ乗り込んできてもおかしくない。
ただでさえニーズヘッグのバカ息子が短気を起こしたせいで緊張状態が続いているのだ。何としても内々に事を治めなくては最悪龍族が滅ぶ。
と、そこへ別の兵士が続報を持ち込んだ。
「報告します! 犬飼殿ご乱心! 龍化して自我を失い暴走しています! 回廊を破壊したのも龍化した犬飼殿です!」
「被害状況は!?」
「龍宮城の西側は消滅。現在姫様が呼びかけていますが、まるで反応がありません!」
「馬鹿者! すぐに姫を下がらせろ!」
「ははっ!」
黒龍へと姿を変えた龍王が天井を突き破り、龍宮星の海へと躍り出る。
いつになく荒れ狂った海を抜け、宙へと上がった龍王は変わり果てた晃弘の姿に思わず喉を鳴らした。
銀河を丸飲みにしてしまえるほどの圧倒的スケール。
黄金の鱗は星々の光を浴びて煌々と輝き、宙を這う長い胴から生えた手足は太く、指先に揃った爪は禍々しくも美しい弧を描いている。
額から生えた一対の龍角は脈動しながら赤黒い光を放っており、こうしている今も異次元から莫大な龍力を引き出しその身に取り込んでいるのが感じられた。
かつて古の龍族たちは星々を飲み込むほど巨大だった。
伝説の魔龍帝も銀河を丸飲みするほどの体躯を誇り、その絶大な力を以て古き光と闇の神々を次々と打ち倒し全宇宙を支配したほどだ。
そんな伝説に語られる古の龍族が目の前にいる。
龍の世の再来を予感させる超越者の出現に、気付けば龍王たちは平伏し頭を垂れていた。
「す、すごい。すごいぞ婿殿! これほどの力があれば再び龍族の時代を築くことも夢ではない!」
ただ一人、興奮した龍姫を除いて。
「馬鹿者! それ以上近づくな! 不用意に刺激してはならん!」
龍王が龍姫を呼び戻そうとするも、時すでに遅し。
角を通じて龍姫の思念を受信した晃弘が、己が威を示すように全宇宙に轟く咆哮を上げた。
すると龍姫の身体が光の玉へ変わり、晃弘の角へと吸い込まれていく。
瞬間、莫大な龍力が角を通じて全宇宙の龍たちに流れ込み、龍たちが古の時代の力と姿を取り戻していく。
無限に等しい龍力を制御しきれず意識を失った晃弘の身体を龍姫の意識が乗っ取ったのだ。
『これでワシらを引き裂く者は誰もおらぬ。宇宙が終わる瞬間までワシらは一つじゃ』
己の内側に語り掛けるようにうっとりと囁き、龍姫は遥か宇宙の彼方、天の川銀河の方角へ意識を向ける。
『それなのに、婿殿の心は未だ遥か彼方に囚われておる。ワシの恋路を邪魔する女狐め! 銀河もろともワシの手で消し去ってくれるわ!』
恋に恋する龍姫の怒りが角を通じて龍たちに伝播していく。
莫大な龍力と共に流れ込んでくる強い意思に龍たちは我を失い、遥か宇宙の彼方、天の川銀河を目指して移動を開始した。
☆
「────というのが現在の状況よ」
「……殺す」
喪服の女主人から現在の晃弘の状況を知らされ、麗羅はただ一言呟き奥歯を鳴らした。
その気迫たるや、喪服の女主人ですら額に冷や汗を浮かべるほどである。
なぜ龍殺しの魔剣を研ぎ澄まして救出のチャンスを待っていたら、当の本人が龍神になっているのか。
しかも龍姫に身体を乗っ取られ、巨大な龍の大群を引き連れ地球を目指しているというのだから始末に負えない。
「すでに犬飼くんの大きさは三〇〇万光年を越えているわ。こうしている今も進路上の銀河を飲み込みながら成長を続けていて、予測では二四時間後には天の川銀河の外縁に到着する見込みよ」
「そうですか」
麗羅の冷ややかな声音の裏に隠された激しい怒りを感じ取り、喪服の女主人は常の微笑を崩さず内心反省した。
晃弘の成長に利用できると思い龍姫の好きにやらせていたが、少々麗羅をいじめ過ぎたかもしれない。
「分かっていると思うけど、龍族には霊界と現世を繋ぐ重要な役職に就いている者も大勢いるから殺すことはできないわ」
「分かっています。龍姫だけ殺せばいいんですよね」
「龍姫は殺しちゃダメよ。今はワガママなお嬢さんでも、いずれは龍族の頂点に立つ血筋ですもの」
冷静そうに見えて何一つ分かっていない麗羅に喪服の女主人が苦笑を浮かべ、虚空から龍殺しの魔剣を取り出す。
「この剣を使えば彼女を犬飼くんから切り離すことも可能でしょう。切り離した後は、女同士、一対一できっちり話をつけなさい。禍根が残らないよう、徹底的にね」
女主人から魔剣を受け取り、麗羅は静かに頷いた。
☆
天の川銀河から一億光年の彼方。
龍の大群を引き連れ、星の海をかき分け進んでいた龍神が突如姿を消した。
喪服の女主人の力により龍神だけが隔離空間へ飛ばされたのだ。
だが、角を通じて龍神と繋がっている龍たちの侵攻は止まらない。
「ふふふ、二人とも後は任せたわよ」
喪服の女主人が背後に声をかけると、後ろで控えていた雅也と辰巳が頷き前に出る。
二人ともすでに第二段階の魂魄解放状態で、迫りくる龍の群れを見据え神気を開放した。
「アンチドラゴンフィールド展開!」
辰巳の胸元で八面体の結晶が青く光を放ち、観測可能宇宙の外縁を囲うように設置された柱の表面に光の文字が浮かび上がる。
それらは龍殺しの魔剣を解析して辰巳が作成した、龍力を吸収する結界の発生装置だ。
エネルギーの供給と消費のバランスが崩れ、龍たちの身体が徐々に小さくなっていく。
「ほい、鎮火」
そこへ雅也がコンロのつまみを回すように指を回すと、龍たちを突き動かしていた心の火が消え、龍たちは急にやる気を失いぐったりと動きを止めた。
火神アグニが司るのは物理的な炎だけではない。
人のやる気や情熱が火と例えられるように、アグニの権能は精神的な部分にも及ぶ。
「ちぇっ、倒しちゃいけないってのが面倒だよな」
「ですね。せっかく作った新兵器のテストもしたかったのに。肉でも奢ってもらわなきゃやってられませんよ」
「帰ったらヒロの金で焼肉パーティーだな!」
「破産するまで食い尽くしてやりましょう」
二人であくどく笑い合い、ここではないどこかへと意識を向ける。
後はいつも通り。麗羅が晃弘をシバいて元通りだ。
「「頑張れ麗羅。ぽっと出のお姫様なんぞに負けんじゃねーぞ」」
次回、全宇宙の命運をかけたキャットファイト!(戦慄)