龍力を習得しろ!
柱の陰から飛び出してきた真っ黒な人型の攻撃をとっさに躱し、霊力弾で反撃を加える。
が、霊力弾は黒い人型に触れる前に消えてしまい、反撃の裏拳をモロに食らい俺は柱へと叩きつけられた。
くそっ、なんなんだよコイツの攻撃は! 仙術で受け流しきれねぇ!?
『龍力を使え! 龍力の籠っておらぬ攻撃はこやつらには通用せんぞ!』
「それができたら苦労してねぇっての!」
龍の回廊にはお約束通り敵となるモンスターらしきものが徘徊していた。
普通のモンスターなら霊力波で消し飛ばしておしまいだったのだが、面倒なことにこちらの攻撃はすべて無効化されてしまう上に、相手からの攻撃は受け流すことも吸収もできなかった。
ホネ助が言うには龍力を使えとのことだが、見本もないのに初めて聞いた力を使いこなせというのは流石に無理だ。
「影友さん助けて!」
『またかよ、しょーがねーなぁ!』
黒い人型の足元に影友さんの口が開き、そのままガオンと丸飲みにしてひとまず戦闘終了。
通常であればそのまま影友さんが敵の能力を吸収して何らかのスキルが手に入るところなのだが……。
『あーもうコイツら嫌い! 食っても口の中で消えちゃうからちっとも腹に溜まらないんだもん! 味もしないし空気食ってるみたい』
と、そんな訳でスキルの入手も無し。
徒労感だけが溜まってちっともうまくない。
ホネ助が言うには、龍力とは龍族だけが使える特殊なエネルギーで、角を介して超次元から引き出しているらしい。
龍力の満ちている次元は霊界よりも上に存在するため、物理攻撃で幽霊を殴れないように、龍力を纏っていると物理攻撃も霊的攻撃も無効化されてしまうのだとか。
『むむむ、まさか龍力を使えぬ者が龍の試練に挑んでくるとは予想外だったぞ』
「そうは言っても俺に角なんて無いし、神の力も封印されてっからなぁ……」
角、ねぇ……。
そういえばホネ助にも角生えてるな。
「なあホネ助」
『ダメだぞ』
「まだ何も言ってないんだが」
『我の角を取り込もうと言うのであろう? 角は龍の誇りなのだ。こんな身体になって誇りまで失ったら、いったい我に何が残るというのか』
「逆に聞くけど、その身体で抵抗できると思うの?」
『舐めるな小僧。これでも龍の端くれ。龍力で我が身を覆うことなど造作もないわ』
するとホネ助のボディを黄金のオーラが包み、手を通じて未知の感覚がビリビリと伝わってきた。これが龍力か。
などと会話している間に、次の敵が柱の陰から現れる。
今度は三体同時の出現だ。
「じゃあホネ助でぶん殴れば万事解決じゃねーか」
『こら、何をする!?』
龍力を纏ったホネ助をブン回して黒い人型たちに殴りかかれば、黒い人型たちがボーリングのピンみたく吹っ飛んで塵と消えた。
いえぇい! ストラーイク!
『やめんか馬鹿者!』
「あべしっ!?」
黄金のオーラが拳の形に変わり、ホネ助に殴り返された。痛ぁい……。
でもホネ助のオーラに触れて龍力がどういうものなのかなんとなく肌で理解できた。
あとはホネ助の角を媒介にして力を引き出せば……!
【スキル『龍力操作Lv七』習得】
【称号『龍人』獲得】
『龍人』
人の身でありながら龍の力を扱う強者に送られる称号。
戦闘力と霊力量に一〇〇倍の補正。
身体に龍力を引き出す器官が生成される。
「はいできた。俺天才!」
『我の角を媒介に龍力を引き出しおったか。やるではないか小僧』
まあお手本さえ見れば基本は一緒だし楽勝よ。
すると急に髪の生え際辺りが熱くなり、メリメリと何かが生えてくる感覚があった。
「熱っ!? うわっ、角生えた!?」
『どうなっておるのだ貴様の身体は!? 人から急に龍の角が生えるなど聞いたこともないぞ』
「やだぁー! 学校で変なあだ名付けられるじゃん!」
『龍の誇りを恥ずかしいモノみたいに言うでない! まったく、これだから人間は』
ドラゴン犬飼とかさ。昭和のAV男優かっての。
顔洗うときも邪魔だし、学校行くときは魔法で角隠さなきゃならねぇし。ぶっちゃけすげぇ邪魔!
ぬぉぉぉぉっ! ひっこめ! ひっこめ!
『あ、引っ込んじゃった……。もったいない、カッコよかったのに』
影友さんが名残惜しそうにしょんぼりする。
人間に角があっても邪魔なだけだ。そういうのに憧れるお年頃は卒業したんだよ俺は。
ともあれ引っ込んでくれてよかった。
『だがこれで貴様もまともに戦えるようになったな』
「やっぱお前ブッコ抜いてきて正解だったわ」
龍力を習得し、俺は龍の回廊の最奥を目指して再び歩き始めた。
☆
扉の城の修行場には、隠された裏の機能が存在する。
出入口のある広大な時計盤の舞台と、その四方を囲む途方もなく巨大な砂時計しか存在しないこの異空間は、砂時計をすべて同時に反転させることで裏の機能が使用可能になる。
「もうよせ! 本当に狂ってしまうぞ!」
「……ッ! 限界は、越えるためにッ、あるのよッ!!!!」
ベルダの悲痛な叫びに強がってそう答え、麗羅が手に持つ剣を支えに立ち上がる。
すでに麗羅の身体は半分以上が鱗に覆われ、頭からは大きな角が生えていた。
その手に持つは龍殺しの魔剣。
龍力を斬り裂き、龍を呪い、龍の生き血を啜って切れ味を増していく、この世の理を越えた呪具。
だが、絶大な力の代償として斬った龍の数だけその身は龍へと近づき、やがては魔剣が放つ呪力が龍へと変じた身体を蝕み死に至る。
麗羅の目の前で黒い霧が凝固して、巨大な龍へと姿を変えていく。
修行場の裏機能で作り出された、本物と同じ戦闘力を有した龍姫の幻影だ。
裏機能で呼び出した龍の幻影を斬り続け、魔剣の力を際限なく高めて龍族との交渉の切り札とする。それこそが麗羅の真の狙いだった。
「あああああああああああああああッ!!!!」
裂帛の咆哮を上げ、龍殺しの魔剣を逆手に持った麗羅が刃を自らの腹に突き立てる。
すると、麗羅の全身を覆っていた龍鱗がボロボロと剥がれ落ち、角が根元から折れて珠のような白肌が蘇った。
魔剣の呪いで死んでもここでなら何度でも生き返れる。
完全に龍化しようとも、魔剣で死ねば何度でも人に戻れるのだ。
ベルダは龍化して理性を失ったときに介錯してもらうためここにいてもらっている。
すでに何度か暴走して介錯してもらったが、剣の切れ味とベルダの腕もあって苦痛なく死ねるのがこの地獄のような修業の唯一の救いだった。
「……ッ、さあリセットよ。この泥棒トカゲ。何度でも切り刻んでやるわ!」
瞳の奥に憤怒の炎を湛え、魔剣を構え直した麗羅が龍姫の幻影を睨みつける。
修行の相手に龍姫の幻影を選んだのは完全に私怨だった。
『ハッ、ほざけ人間風情が。塵一つ残さず消し飛ばしてくれるわッ!』
龍の咢が開き、刹那、破滅の光芒が吹き荒れる。
だが龍の息吹は魔剣の刃に真っ二つに斬り裂かれ、麗羅が腕を翻せば次の瞬間には龍姫の身体は三枚おろしに斬り裂かれていた。
「これで一〇万回目。いいかげん見飽きたわよ」
「まだやるつもりなのか」
「もちろん。呪いの範囲が天の川銀河を覆い尽くすくらいになるのが理想ね。近づいただけであらゆる龍が即死するくらいにしなきゃ」
ベルダの問いに事もなげにそう答え、魔剣の腹をそっと撫でて微笑む麗羅。
その目は笑っていなかった。
ひぇっ……