プロローグ
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それは俺が高校生になって初めて迎えるゴールデンウイーク、その初日の夜の事だった。
うんざりするほど出ていた宿題を一日がかりでどうにか終わらせ、達成感もそこそこに自分の部屋の机の前で大きく背伸びした、その時。
────ゾクゾクッ!!!!
と、背中に誰かの視線を感じた。
……背後に、何かいる。
それも背筋が寒くなるような嫌な気配だ。
念のため言っておくが、俺に霊感みたいなものは一切ない。
家族を含めてもそういった体質は一人もいないし、ご先祖様にもそういう人は多分いないはずである。
嫌だなー、怖いなーと思いつつも恐る恐る振り返る。
ソイツは部屋の角にいた。
二〇代から三〇代くらいの、女の霊だ。
床につくくらい長い黒髪と一緒に枯れ枝のような細腕をだらりと垂らし、感情の読めない真っ暗な眼孔が、じっ……。と、こちらを見つめている。
いったいいつからそこにいた!?
まさかこの家が建った時からずっと……?
怖っ! この家呪われてんじゃん!?
去年リフォームしたばっかりなのに……。
つーか俺の私生活丸見えじゃん。
じゃあなにか。毎日エッ●スビデオでシコシコ(何がとは言わないが)してたのも全部見られてたの……?
……いや、それはそれである意味興奮するシチュエーションなのでは? よくよく見ればこの幽霊結構美人さんだし……って、俺は何を考えているんだ!
我ながら混乱してるな。OK落ち着こうぜ、クールになるんだ。
何となく視線を外すのは怖いから、目はつぶらずに大きく深呼吸。
すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。ヒッヒッフー。
……うん、多少マシになった気がしなくもない。
幽霊の動向に気を配りながら慎重にドアまで移動する。
今はとにかく、こんな心霊部屋から一刻も早く出たかった。
移動する俺を追いかけ幽霊の首もゆっくりと動く。
……今のところ襲ってきそうな感じはない。ただじーっとこっちを見ているだけだ。
もしかしてあそこから動けないのだろうか?
地縛霊ならこの部屋を封印してしまえばいいので、とりあえずの対処はできる。
「兄ちゃん漫画貸してー」
「どわっほい!?」
と、ここで空気を読まない妹の小春が部屋のドアをいきなり開けた。
風呂上がりなのか黄色いひよこ柄のパジャマ姿で、普段サイドテールにしている髪も今は下ろしている。
び、びびびびっくりした! マジで心臓止まるかと思ったわ!?
つーか部屋に入る時はノックをしろといつもあれほど言っているのに!
「こ、こここ小春! 部屋に入る時はノックしろって!」
「はいはいメンゴメンゴ。それより漫画貸して」
まったく反省の色が見られない投げやりな返事をして、小春は部屋の角にある本棚へズンズン進んで行く。
当然その方角にはあの女幽霊がいる訳で……
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待った!」
「ん? どしたの?」
小春が立ち止まり振り返る。
「……お前、マジで見えてないの?」
俺が幽霊の方を指差すが、
「はぁ……? 何もいないじゃん。からかってんの?」
と、小春は部屋の角を見て怪訝そうに眉をひそめるばかりだ。
どうやら本当に見えないらしい。
そのまま小春は幽霊の前を素通りして、俺の本棚から漫画を数冊抜き取ってこっちに戻ってくる。
ぱっと見、幽霊に障られたり祟られたりしたような感じはない。意外と無害な奴なのか?
……いや、まだ分からないし、念のためえんがちょしておくか。
「小春、えんがちょ」
「は? 何、急に」
「いいから!」
「お、おう……」
俺が強く言うと小春は渋々手でわっかを作る。
なんだかんだ言いつつも素直な所がこの子の良い所だ。
手刀で小春の作ったわっかを切る。すると……
────バシュッ!!!!
小春の肩から黒いもやが飛び出して霧散した。
うぉぉい!? バッチリ呪われてんじゃねーか!
「あれ……? なんか急に肩が軽くなったかも」
「すまん、俺にもやってくれ」
「? まあ、いいけど」
バッッファ────ッッ!!!!
小春にえんがちょしてもらうと、俺の全身からさっきよりもどす黒い瘴気が爆発するように噴き出した。
わーお肩軽ぅい。
ついでに片頭痛と奥歯の痛みも無くなった。やったぜ。
昔からのおまじないも案外馬鹿にできないもんだ。
ちらりと幽霊の方に目を向けると、露骨に悔しそうな顔でこっちを睨んでいた。
……OK。そっちがその気なら俺にだって考えがある。
俺の妹に手ェ出したこと、死ぬほど後悔させてやんYO!
「今からちょっと部屋の掃除するから、俺が良いって言うまで、この部屋立ち入り禁止な」
「今からってもう夜だよ? つーか兄ちゃんさっきから変じゃね?」
「大丈夫大丈夫。とにかく、しばらくこの部屋立ち入り禁止! ほら、出てった出てった!」
「あ、ちょ、なんなのもう!」
小春を部屋から追い出した俺は、必要な道具を家中からかき集めて再び部屋の前に戻ってくる。
本来ならこういう事は専門家に任せた方が安全なのだろうが、この時の俺は家族にまで害が及んでいた事への怒りで、ちょっと冷静じゃなかったのかもしれない。
「悪霊退治じゃゴラァ!」
妙な威圧感を放つ自分の部屋のドアを勢いよく蹴り開け、開幕一番、部屋の角にむけて塩を撒いた。
対抗手段その一 はっかったの塩ッ!
古来よりお清めに使われてきた、シンプルながらも信頼度抜群の除霊アイテム。純度ほぼ一〇〇%の塩化ナトリウムを喰らいやがれ!
俺の手から放たれた塩はばっさーと放射状に広がって、悪霊女の全身に満遍なく降り注ぐ。
悪霊女が嫌そうな顔で身を捩り、その霊体がチリチリと揺らいだ。
おおっ!? 効いてるっぽいぞ!
「このやろっ、このやろっ、塩漬けにしてやる!」
台所にあった塩を全部使い果たす勢いで、悪霊目掛けてばっしゃばっしゃと塩を撒きまくる。
すると徐々にだが悪霊の身体が薄くなり始め、最初に見た時の半分くらいの透明度になったあたりで塩が尽きた。
「これで終わりだ! イ゛ェアァァァッ!!!! ゴーストバスター!!!!」
トドメはもちろん吸引力の変わらないただ一つの掃除機。
コードレスで持ち運び簡単。幽霊退治と言えばやはりコレだろう。
掃除機のスイッチを入れて、吸引力最大で一気に決着を付けに掛かる。
────ヴォォォォォッッ……!?
悪霊女がうめき声を上げて抵抗する。くそっ、こいつ結構しぶといぞ!?
こ、こうなりゃ最終兵器だ。
「きえぇぇい! 南無阿弥陀仏!」
念仏を唱えつつ、玄関から持ち出した魔除けのお札を悪霊の足元へ投げつける!
悪霊の身体がびくっと震え、お札から少しでも距離を置こうともがき苦しむ。
お札の力でさらに弱った悪霊の身体が、掃除機の吸引力に引っ張られて、ちゅるんとノズルの中へと吸い込まれた。
ガタガタと手の中で震え始めるダイ〇ン。
くっ、しぶとい奴め! 大人しく消えて無くなれェェェッ!!!!
「波ァァァァァァァァッッ!!!!」
用意したアイテムはもう使い切った。
だからもう後は手から霊力とか、気とか、なんかそういう不思議パワーが出ることを祈って、掃除機に手を翳すしかない。
脳の血管がブチ切れそうなくらい全力で、ガタガタ震える掃除機に手を翳し続けることしばし。
掃除機の震えは徐々に弱くなってゆき、やがて完全に沈黙した。
や、やった……のか?
―――――ぱらぱぱっぱっぱっぱー♪
【レベルが、一 上がった】
【レベル一到達ボーナス。『ステータス画面』解放】
【スキル『霊力波Lv一』習得】
【称号『ゴーストバスター』獲得】
……………………はぁ?
「ちょっと晃弘、うるさいわよ。今何時だと思ってるの!」
「ごめん、もう終わったから!」
一階のリビングから、母ちゃんの苦情が飛んできた。
幽霊退治に夢中で声のボリューム調整ができていなかったらしい。反省。
それはそうとさっきのアレは何だ? なんかどっかで聞いたようなファンファーレだったが。
レベル? ステータス? いやいや、そんなまさか……
犬飼 晃弘 レベル一
保有ソウル 一〇〇(MAX)/ニ二〇(NEXT LEVEL)
保有スキル『霊力波Lv一』
獲得称号『ゴーストバスター』
突然目の前に現れた、ゲームみたいなステータス画面。
それを見て、俺は思った。
「……とりあえず撒いた塩片付けないと」
よく分かんないことは後回しにして、部屋の角にばら撒かれた塩を掃除機で片付ける。
そのまま何事もなかったかのように道具を片付け、風呂に入り、歯を磨いて、幽霊のいない快適な部屋で、寝た。
おやすみ!