飛翔・3
「よっしゃ・・・これで、錬武祭はこっちの勝ちだ。文句はねえな?」ヘイユァンがレンに手を振りながら、勝ち誇ったような台詞を吐いた。
だがその言葉とは裏腹に、ヘイユァンの口振りにも、表情にも、余裕は全く無かった。
レンはヘイユァンに軽く手を振り返すと、ようやく体の自由を取り戻し始めた氣弾遣い達を尻目に、また悠々と空へ舞い上がった。
「さて、錬武祭はこっちの勝ちなんだから、とりあえずは五人ほど殺らせてもらおうか」ヘイユァンが、空中のレンからフェイ達に視線を移す。
「ちょうどいいじゃねえか。目の前に、ぴったり五人いるぜ」リャンジエが、腕を回しながら怒鳴る。
「ああ。ある意味ちょうどいいね。・・・もう、お前らを本館へ行かせないようにとか、そういう面倒なことを考えずに、戦いに専念できる。しかも、的を俺達五人に絞ってくれるってんなら、尚更面倒がなくていい」ウォンの言葉は虚勢ではなかった。
レンの「風」への対抗策を思いついたから・・・ではない。
だが、何故か負ける気がしなかったのだ。フェイも、シュウも、パイもラウも、同じ気持ちだった。
逆にヘイユァン達のほうが、追い詰められているような気持ちになっていた。その思いは、宙を舞うレンが近付くほどに、強くなっていった。
そして、その両者の気持ちに応えるかのように、レンは静かに・・・フェイ達と、ヘイユァン達の間に降り立った。レンは、フェイ達に背中を向け、ヘイユァン達と対峙していた。
「・・・おい、レン。何のつもりだ?」ヘイユァンが、あまり驚いた風でもなく訊ねる。
「野暮なことを聞くなよ。見ての通りなんじゃねえのか?・・・この子は、俺達のほうにつくとさ」ウォンも、これが意外な展開だとは思っていないようだ。
「うん。・・・僕は、この人達に味方する。でも、ヘイユァン達がこのまま引いてくれるなら、戦うつもりはないよ」レンは、翼を消しながら戦いの中止を提案する。
「ふん・・・冗談じゃねえ。ここまで来て、一人も殺らずに帰れるか。大体そんなことをしたら、それこそシバに殺されちまう」ヘイユァンが、首をグッ・・・と傾けながら、レンの提案を却下した。
「そもそも、何故・・・私達を裏切る気になったんです?」ジュンファが、悪い子を諭すような・・・それでいて、ひどく憎々しげな声色で、レンを責める。
「裏切る・・・うん。結果的に、あなた達を裏切ることになっちゃったけど・・・それよりも僕は、シバに・・・これ以上、罪を犯してもらいたくないんだ」レンは俯きながら、静かに・・・だが力強く答えた。
「何言ってやがる。そもそもお前のその翼は、シバから黒鎧氣をもらったおかげで完成したんだろうが?そんな大恩のあるシバを、お前は裏切ろうってのか?」リャンジエが怒鳴る。
「そうだよ。シバには・・・返しきれないほどの恩を受けたんだ。だから・・・裏切り者と言われようが、何と言われようが、シバの罪を増やす手伝いは、できない。僕がここに来たのは・・・シバに、錬武祭の勝利を・・・せめて、ルール上の勝利だけでも贈りたかったからだ。それで、シバから受けた恩を返せるとは思ってないよ。でも・・・あんなに強いシバが、自分から売った喧嘩で負けっ放しじゃあ、面子が立たな過ぎるから・・・だから僕が・・・僕なら、誰も傷付けずに、錬武祭の勝利を勝ち取れるから。これで錬武祭は、一対一のイーブンだから・・・もう、こんな馬鹿げた戦いで傷付け合うのは、終わりにしようよ」レンは首を振りながら、言葉を絞り出した。
「もう、よしましょう。・・・あなた達も、薄々は勘付いていたんでしょう?この子は・・・レン君、でしたか。・・・レン君は最初から、僕達と戦うつもりなど無い、と」フェイが、ヘイユァン達を一人ずつ睨みながら言った。
「そういうお前らも、レンの行動をえらく素直に受け入れてるじゃねえか。・・・おかしいとは思わねえのか?黒鎧氣を纏った人間が、そんなに嫌戦的でいられると思うか?」ヘイユァンが、肩を揺らして笑いながら謎をかけた。
一種のハッタリだ。ヘイユァン達は、はっきりとレンに裏切られたことを理解していた。だが、せめてフェイ達にレンへの疑惑を起こさせることで、連係プレイだけは封じようと試みたのだ。
だが、この手の策を弄するには、相手が悪過ぎた。
「思いますよ。レン君は、黒鎧氣を纏っているにも関わらず、穏やかで優しい心を保っている。氣の状態で分かりますよ。僕の本業は白仙ですからね・・・そんなレン君が、あなた達と一緒に喜々として錬武祭で戦うなんて、そっちのほうがよほど不自然です」フェイの解説に、ヘイユァンは軽い舌打ちを返す。
「まあ、この子の心をはっきりと分析できたのは、白仙のフェイだけだろうけどな。その辺のことは、みんな察してたんだろ?俺はこの手のことにゃあ疎いほうだが、それでも何となく、この子は・・・レンは、こっち側に来るって思ったもんな」ウォンはラウを見ながら、同意を求めた。
「ええ。最初から、予兆がありましたしね。・・・例えば、あなた達はそこの正門前まで、姿を消してやって来ましたが・・・あれは、レン君の術でしょう?あれだけでも大したものですが・・・どうも見たところ、レン君以外の人は氣の操作よりも、体術の攻防に長けているようですから・・・どうですか?フェイさん」
「ええ。彼らは典型的な格闘に特化したタイプです。呪術や仙術の類は苦手でしょうね」
「だ、そうです。・・・で、何故レン君は、わざわざ隠形術などを使ったのか?恐らくこれは、レン君のほうからあなた達に持ちかけたんでしょう。『姿を消して正門を通過すれば、上手くいけば不意打ちでラウやウォンに先制攻撃できるかもしれない』とか、そんな感じでね。違いますか?」
「・・・さあな」実は図星だった。
「シバという男は、どうも『力と技のぶつかり合い』に意味を見出すタイプの人間のようですから、不意打ちは趣味ではないでしょう。でも、あなた達は違う。あなた達は・・・諜報か、暗殺か、そういう人の裏をかくことを生業としてきた人間です」
「あ、それは俺も思った。こいつら、そこそこ強そうなんだけどさ。何かどうも武術家ってか、格闘万歳ってノリじゃないんだよな」ウォンが右腕を左右に振りながら、ヘイユァン達を指差した。
「そう。だから、レン君の提案に乗ったんです。シバのお気に入りだというレン君の提案なら、後からシバに文句を言われる心配もありませんからね。・・・でも、レン君が本気で不意打ちをするつもりなら、姿だけでなく、隠形術によって発生する特殊な波動も含めて、全ての氣配を完全に消し去っていた筈です」
「・・・えっ?」ヘイユァンの目が、ほんの少しだけ泳いだ。ラウはそれを見逃さなかった。
「やはりね。格闘タイプのあなた達には、隠形術と同時に、その波動や氣配まで消してしまうなんて想像もつかないでしょう。私でさえそうです。レン君が空を飛ぶのを見るまでは、ね。・・・レン君の、氣を制御する力は桁外れです。彼になら、氣配まで完全に消してしまう隠形術が可能です。・・・でも彼は、それをしなかった。むしろ正門前で、自分たちの存在を私達に伝えるかのように、強い波動を出してみせました」