飛翔・1
そして遂に、錬武祭当日がやってきた。
爽やかな晴天だった。
フェイ、パイ、シュウ、ウォン、ラウの5人は、それぞれの準備をして本館の会議室で実行委員の到着を待っていた。
前回のティエン国での錬武祭と同様に、警備隊本部の半径1キロ以内は道路封鎖され、周辺住民は避難をしていた。
また、警備隊本部の敷地のあちこちには撮影鏡が設置され、錬武祭の様子が世界中に中継されることになっていた。
この中継については当然、「もし負けたら、世界に恥を晒すことになる」から、止めたほうがいいという意見もあった。だが、「恥というなら、前回の錬武祭で充分に恥をかいている。賭けになってしまう部分もあるが、今回こそは『圧勝』するところを見せつけて、汚名を返上しなければならない」という意見が勝ち、中継することに決定したのだ。
本館の屋上には、予定通りに特級の黒仙の氣弾遣いを50人、配置。・・・その中に、ランもいた。
「もうすぐ、正午だな」ウォンが立ち上がる。虎柄の「戦闘服」を着ていた。
「そうですね」ラウも立ち上がった。落ち着いた茶系の色の服だ。懐には、二条の九節鞭が忍ばせてある。
「行きましょうか、シュウ・・・パイさんも」フェイは、普段と同じ青い服を着ている。
「おお」「うん」シュウとパイは、黒を基調とした機動部隊の制服を着ていた。
5人は本館を出ると、正門から20メートルほどの所で、予定通りに横一列に・・・左からフェイ、ウォン、ラウ、シュウの順に、5メートルほどの間隔で並び、パイはフェイの後方10メートルほどの位置に立った。
「・・・シュウ」
「ん、何だ?フェイ」
「今回は、シバは来ません・・・だから、無理はしないで、生き残ることを優先してください。僕もそうします」
「わははっ・・・そうだ。それでいい」ウォンが高笑いを上げた。
「まっ、実行委員をブッ倒すのは、俺とラウの旦那に任せとけ・・・お前らは、俺達が一対一の戦いに専念できるように、残りの奴らを適当に足止めしてくれりゃあ、オッケーだ。・・・なあ?」
「そうしてもらえると、私も動きやすいですね」ラウが、懐から九節鞭を取り出しながら答える。
「全く・・・みんな、俺を過小評価してますよ・・・と、言いたいところですが」シュウが軽く俯く。「ウォンさんとラウさんが、俺より強いのは事実ですからね」
「お?フェイは違うのか」ウォンが右足を振り回しながら、ツッコミを入れる。
右足の調整は万全だ。
「そのつもりですよ」
「そりゃ結構。じゃ、とにかく・・・死ぬなよ」ウォンは右足を下ろしながら、シュウを軽く睨んだ。
「しかし・・・変ですね。道路封鎖をしているんだから、その境界にいる警備隊員が、いい加減に実行委員を発見してもよさそうなものですが・・・」ラウが呟く。
「それもそうだな・・・お〜い、敵さんの位置とか、何か情報は入ってないのかあ?」ウォンが本館のほうに振り返って叫ぶ。
「ありません・・・まだ、実行委員がどこにいるのか、分かっていないようです」ドンヅォが答える。
「もう、正午になるわよ・・・ちゃんと来るのかしら?」
「わざと遅刻でもして、心理的に揺さぶりをかけようって魂胆じゃ・・・ん?」シュウは軽く跳ねながら体をほぐしていたのだが、急に動きを止めると、正門を凝視し始めた。
「ええ。・・・もう、すぐそこまで来てます」フェイが呟く。
「ああ」ウォンが、腰の後ろで手を組む。
「ふん・・・」ラウが九節鞭を、ジャッと鳴らした。
「ちっ・・・バレちまったな」
その声と共に、実行委員達は唐突に・・・全く唐突に、正門前に現れた。
声の主は、リャンジエだった。
「わわっ?何?今の何?」パイが早速平常心を失う。
「・・・氣で光の進行方向を曲げて、姿を消してたんでしょうね。彼らの中の、誰がやったのか・・・或いは、全員ができるのか・・・いずれにせよ、大した技術です。私でも、今すぐやれと言われたら、できません」ラウが、横目でパイを見ながら説明した。
「へえ。じゃあラウの旦那は、練習さえすりゃあできるのかい?俺は無理だな。この手の術は、苦手だ」ウォンが首を振った。
「ええ。3日も練習すれば、真似ぐらいはできます」
「あ、そう。・・・さすがだね」それでもウォンは、パイとは違って落ち着いていた。
例え姿が見えなくても、ウォンには敵の氣配が読めるからだ。
そしてそれは、フェイもシュウもラウも同じだった。
実際、光を曲げるというのはすごい技術なのだが、その分、独特な波長の氣配を発散してしまう。そのために、そういう術があるのだと分かってしまえば、術者の位置だけでなく、その細かい動きまで読み取れる。
それに、人間には得手不得手というものがある。こういう特殊な術を使える者は、大抵格闘能力は低いものなのだ。
「ごめん。さすがにこの人数だと、氣配までは消しきれないみたいだ」レンが、ヘイユァンのほうを見ながら気まずそうに呟いた。
(それじゃあ、実行委員の姿を消していたのは・・・この子か?)フェイ達の目が、一斉に驚きの視線をレンに向ける。
「ふん。まあ構わんさ。見てみろ、あいつらの顔を・・・お前の術で、度肝を抜かれてるぜ」そう言いながら、ヘイユァンは一歩、二歩・・・前へ出て、実行委員達の先頭に立った。
「あー、そういうことで俺達が、今回の実行委員だ。・・・で・・・」喋りながら、仲間がフェイ達からよく見えるように左へ移動する。
「あっちの、坊主頭がリャンジエ。隣の髪の長いのが、ジュンファ。背の高いのがヒム。で、俺が委員長のヘイユァンだ。そして・・・」ヘイユァンは、ニヤリと笑って勿体をつけた。
「この子がシバの秘蔵っ子で、つい最近から実行委員になった・・・レンだ」
ヘイユァンの言葉で、フェイ達は改めてレンに注目した。
「本当に、まだ子供だな」ウォンが唸る。
「ええ・・・でも、隠形術が遣えるというのなら、氣の制御能力はかなり高いのでしょう。油断はできませんよ」フェイは、自分に言い聞かせるような口振りだ。
「確かに・・・でも、迷ってるでしょう?フェイさん」ラウが九節鞭を軽く振り回しながら、サラリと流した。
「え?」
「いや、フェイさんだけじゃありませんよ。私も・・・多分ウォンさんも、シュウさんも」
「ちっ・・・まあ、そうだな」ウォンが眉をひそめる。
「でも、少しホッとしましたよ。今更、俺だけが迷ってるのかと思いましたからね」シュウが軽い溜め息をつく。
「これもあいつの術かねえ?」
「いえ。・・・単純な、違和感です。あの子は・・・どうも、あの男達とは馴染んでいない」
ラウの言葉通り、レンには妙に浮いた存在感があった。
年齢差が大きいとか、他の四人が黒っぽい服を着ているのに、レンだけは明るい山吹色の服を着ているとか・・・それに、髪と目の色が、同じ黒でも・・・レンだけは、不気味さではなく、優しさを感じさせる闇色だとか・・・。
いや、それだけではない。もっと根本的なところで、レンは他の四人とは違う・・・フェイ達は、そう感じていた。
それが迷いに・・・(この少年を、敵だと思っていいのだろうか)という迷いになっていた。