参戦・4
あくる年の夏、シバは錬武祭を開催した。
最初の開催国となったティエン国には、ホイ、サク、カウ、ヨウ、ムイの5人が実行委員として送り込まれた。・・・だがこの錬武祭は、実行委員側の敗北に終わった。
ヘイユァン達は、実行委員を倒したのが無名の白仙一人だということに驚き、同時に(次は、俺達の出番だ)と、喜んでもいた。
暗殺者として、ずっと日の当たらない場所で戦ってきた彼らにとって、錬武祭は非合法的とはいえ、初めての日の当たる場所での戦いだったからだ。
そしてシバもまた、実行委員の敗北に驚喜していた。
彼は早速、呪符を四方に飛ばし、フェイについての情報を集めた。
それと同時に、次の開催国を、無作為に・・・チュアン国に決定して、それを警備隊に知らせるための録画符の制作に取りかかった。
今度はヘイユァン達4人と共に、シバ自身も錬武祭に参加するつもりでいた。
・・・レンがシバに「今度は、僕も錬武祭に出ます」と申し出たのは、まさに、その録画符の制作準備をしている最中だった。
「お前が?錬武祭に出るというのか?」
「はい」
「ん、む・・・確かに、お前の力は飛び抜けておるがのう。しかし・・・正直言って、お前は性格的に戦闘には向いとらんぞ」シバは小さな溜め息をつきながら、レンを眺めた。
レンは、14歳になっていた。随分背も伸びたが、まだまだ子供だ。
だがシバの言う通り、その力は超人的ですらあった。
「・・・それは、そうかもしれないけど・・・でも僕は、シバの役に立ちたいんだ。シバは、僕に素晴らしい贈り物をしてくれたのに・・・僕はまだ、何のお返しもしてない。だから・・・今こそ、シバに恩返しをする時だと思うんだ」
熱く語るレンの、おかっぱ頭の黒髪が揺れた。
その髪には、元々の青みがかった色はなかった。どこまでも・・・不自然なほど、黒かった。
髪だけではない。目もやはり、闇のような黒い色をしていた。レンもまた、シバから黒鎧氣を受け継いでいたのだ。
だが珍しいことに、レンの精神は、黒鎧氣の影響を全く受けていなかった。
そもそもレンの優しい心は、黒鎧氣に馴染むようなものではない。にも関わらず、レンはすんなりと黒鎧氣を自分のものにしてしまっていた。
レンのずば抜けた氣の制御能力があってこそのことだ。
レンはある意味シバ以上に、黒鎧氣に振り回されることなく、力だけをそっくり手に入れたと言っていい。だからレンの髪と目は、確かに不自然なほど黒かったが、決して見る者を不安にさせるようなものではなかった。
闇は闇でも、人を安らかな眠りに誘うような、静かで優しく、甘やかな夜のような闇色だった。
そんなレンの優しさが、シバの心に与えた影響は大きかった。
シバはレンを側に置くことで、ギリギリの所で人間性を保ち、揺れ動きがちな感情を安定させていた。もしレンがいなければ、シバはとっくに自身の黒鎧氣の「魔」に呑まれて、一個の獣になっていただろう。
だから・・・レン本人は「まだ、何のお返しもしてない」と言ったが、それはとんでもない誤解だった。
ひょっとしたら、シバがレンから受けた恩のほうが、大きいかもしれないのだ。
そしてシバも、そのことをよく理解していた。
戦いに明け暮れる人生を送ってきたシバにとって、レンと過ごすひと時は、まるで小さな子供の頃に戻ったかのように、心が安らいだ。
だが・・・ただ静かなだけの生活を送ることは、自分自身も、黒鎧氣も許してはくれなかった。
やはりシバには、戦いが必要だった。
だから、錬武祭なる諧謔をもって、世界に喧嘩を売ったのだ。
だがシバは、レンをその戦いに巻き込むつもりはなかった。シバは、シバ自身を失わないための礎として、レンを側に置いておきたいと思っていたからだ。
しかしレンは今、強い決意を持って、シバの前に立っていた。
「・・・レンよ」
「はい」
「お前が・・・ワシと、初めて会った時のことを、覚えておるか」
「うん。覚えてるよ」レンは照れ笑いを浮かべた。
「3年前の秋の夜だったのう。この山小屋の外で、ワシは焚き火をしながら肉を焼いとった」
「あの焼き肉は、美味しかったよ。もう、すごくお腹が空いてたから」
「ああ。・・・お前はあの頃、ただ『空を飛びたい』と思うだけの・・・ただ、素直な子供だった。だが、今は違うようじゃ」
「素直じゃなくなった?」
「いや。素直さは変わらん。お前はあの頃から、ずっと・・・変わらずに、素直な子だ。だが今はそれだけではない。ワシのことを・・・他人のことを気遣うようになった」
「ふふ・・・じゃあ以前の僕は、他人のことはどうでもいいやって、そんな子供だった?」
「はは・・・そんなことはない。お前はやっぱり、他人のことをあれこれと気遣う、やさしい子供じゃったよ。だが、その質が違う」
「質?」
「そうだ。いくら優しい心を持っていても、子供にできる気遣いなど、たかが知れておる。それはそれで嬉しいがの。・・・だが、お前はもう、子供ではない。大人ともいえんがな・・・その分だけ、他人の心をより深く理解し、より温かい気遣いができるようになった。それはお前が、ただ素直だとか、ただ優しいだけでなく、強くなったからだ。・・・そうだ。お前の真の力は、氣の制御能力などではない。どこまでも他人を思いやることのできる、優しさに根付いた強さだ」
「照れちゃうなあ」
「・・・だからお前は、戦闘には向かんのだ」
「・・・あ・・・」
「それでも、錬武祭に出るというのか?」
「・・・うん。本当の意味で、シバの役に立てるのは・・・戦いの中でしかない。そうでしょ?」レンは、シバを真っ直ぐに見つめた。
そのレンの闇色の瞳に、シバは眩しさを感じて目を伏せた。
「・・・そうかもしれんな。分かった。今度の錬武祭の実行委員は、ジュンファ、リャンジエ、ヒム、ヘイユァン、それに・・・レン。お前を含めた5人に任せよう」
「ありがとう、シバ」レンは、微笑みながらシバに頭を下げた。
シバはレンの微笑みも、礼も見ずに振り返り、録画符の制作準備を進めた。
そしてシバは、次の錬武祭の開催国がチュアン国だということと、新しい実行委員の参加によって、自分はその錬武祭には出ないことなどを録画符に収め、各国の警備隊に送りつけた。
レンはシバから錬武祭の参加を認めてもらった後、自分の部屋で、ぼんやりと絵本を・・・あの、大切な絵本を眺めていた。
この山小屋は、元々はシバ一人の隠れ家だったのだが、レンがシバと暮らすようになってからすぐに、シバはレンの部屋を建て増ししてくれた。
その後、シバが実行委員として集めてきた人間が来る度に、個室が建て増しされたために、もはや山小屋というよりは山荘といった趣になっていた。
何しろついこの間までは、11人の大所帯だったのだ。
だが、いきなりムイ達5人がいなくなったために、山荘は少し淋しくなっていた。・・・もっとも、「淋しい」などと感じるのは、レンぐらいだったのだが。