参戦・3
実はリャンジエの攻撃は、半分以上はフェイントだった。
一応は倒すつもりで拳を出しはしたが、ヨウが迎撃してきたら、すぐに離れるつもりでいたのだ。だからこそ、黒鎧氣で身体能力を高めたヨウの蹴りを、どうにかクリーンヒットだけは避けられたのだ。
だが勿論リャンジエは、ヨウの迎撃を完全にかわすつもりでいた。それが浅いとはいえ、当てられてしまったことに・・・そして、浅かったにも関わらず、かなりのダメージをもらってしまったことに恐怖を感じていた。
いや、リャンジエだけではない。今まさにヨウと組み合っているヒムは、目の前のヨウの反応の速さ、蹴りの伸び、そしてそれらをヒムと組み合いながら行えるバランスの良さに、舌を巻いていた。
だがこの瞬間、ヨウはほぼ完全に無防備になっていた。
両手はヒムとからみ合い、蹴りを出したために片足立ちになっている。
しかも、蹴りの当たりが不完全なために、体が泳いでいた。
そこを・・・満を持して、ヘイユァンが攻めた。
ヘイユァンは、ヒムの後ろに貼り付いたままで、右掌を突き出した。ヨウからはヒムの体が邪魔になって、ヘイユァンの動きがよく見えないので、余計にその攻撃が突発的に感じられた。
ヘイユァンの右掌は掌打ではなく、貫手だった。その貫手が、ヨウの胸に向かってグングン伸びていく。
ヨウは、少し驚いていた。
ヒムはただでさえ腕が長い。そして、ヘイユァンはヒムより背が低い。
そのヘイユァンが、ヒムの後ろから貫手を放ったのだ。ヨウにとっては想定外の攻撃だった。ヘイユァンが攻めてくるなら、それはヒムの後ろから出てからのことだと思い込んでいた。
両手を封じられたとか、蹴りが不発で片足立ちになっているとか、それ以前の問題だった。ヨウは、意識そのものの隙を突かれたのだ。
そしてヘイユァンは、当たると確信して貫手を放っていた。
実はヘイユァンの腕は、長年にわたる訓練によって、ヒムよりも長くなっていた。
普段はそうは見えないように、姿勢と、ゆったりとした服の袖で、腕の長さを隠しているのだ。
(まるで、剣・・・いや、槍のようだな)ヨウは迫り来る貫手を見ながら、そう思った。実際にヘイユァンの貫手は、普通の槍などよりも、よほど殺傷力にも貫通力にも優れていた。
その貫手が、ヨウの胸板に当たった。ヘイユァンは、充分な手ごたえを感じた。
・・・だが、それだけだった。
(そんな・・・?俺は、こいつの胸を貫くつもりで、打ったんだぞ・・・それなのに、指が・・・鍛え上げた、俺の指が、めり込みもしない?)
ヘイユァンは、右手を引くのも忘れて立ち尽くしていた。それほど今の一撃には自信があったのだ。
「やってくれたな」ヨウの目が冷たく光る。
次の瞬間、ヨウは後ろ蹴りに使った足を地面スレスレに飛ばしてヒムの足を払いながら、体幹をブルッと震わせた。
「あっ・・・」ヒムは小さく叫びつつ、頭から地面に叩きつけられていた。
落ち葉が派手に舞い上がる。
その落ち葉の壁を突き破って、ヨウはヘイユァンを追った。
(・・・何だ?俺は、ヒムのすぐ後ろにいたのに・・・奴との距離が、掴めない?)
戸惑うヘイユァンの背を、誰かが強く押した。
(違う。押されたんじゃない。これは・・・木だ。何てことだ。周囲の状況を把握することは、実戦の基本なのに・・・この木とは、2メートル近く離れていた筈なのに・・・そうだ。俺は、奴の氣圧に押されて、無意識に後退させられていたんだ)
ここは道場ではない。山の中だ。地形には起伏があるし、落ち葉もたくさんある。
それなのにヨウは、滑るように、落ち葉ひとつ動かさずに、ごく自然に・・・ヒムを蹴った足を、ただヘイユァンに向けて投げ出しただけといったような動きで、間合いを詰めていた。
その歩みは、そのまま蓄勁動作になっていた。
ヨウの最後の踏み込みは、ヘイユァンの足を踏みそうなほどに深かった。
ヨウの右拳がヌルッと走るのを見て、ヘイユァンは(殺られる・・・!)と思った。
そしてヨウの右拳が、ヘイユァンの胸を突く。
ヘイユァンは、背中で何か固い物が、メキメキと折れる音を聞いた。
彼はてっきり、自分の背骨が折れる音だと思った。
だが、続けてザッ・・・ザ・・・と枝葉のこすれる音がして、頭のすぐ後ろの空間が、広がっていくような気がして・・・ズズン、という音と地響きで、ヘイユァンは我に返った。
ヨウは、とっくに拳を引いていた。
それなのにヘイユァンの胸にはまだ、ヨウの拳圧がくすぶっていて、彼の息を詰まらせていた。ともあれ(どうやら、背骨は折れていないらしい)と、ヘイユァンは、ジンジンとひりつく胸を撫で下ろした。
「そこまでだ・・・らしくないぞ、ヨウ。いいのを一発もらって、熱くなったか?」
「はい。面目ありません。・・・不覚をとりました」
ヨウの意識がシバとの会話に集中することで、ようやくヘイユァンの体が木の幹から離れた。
ヘイユァンが恐る恐る後ろを振り返ると、彼がもたれていた木は、直径30センチほどの年輪を晒して、胸の高さで真っ二つにへし折られていた。
ヨウは拳で打ち込んだ勁力を、ヘイユァンの体を素通りさせて、背後の木のみに作用するように徹したのだ。
「カウも、もういいぞ。・・・お前が仕留め損なうのも、初めてではないのか?」
「はい。・・・こやつ、なかなかの遣い手です」
ヘイユァンは、ハッとしてカウのほうを見た。カウとジュンファは、お互いに腕を封じ合って、膠着状態になっていた。
だが、このまま戦いが長引けば、先に崩れるのはジュンファのほうだということは、両者の表情を見れば一目瞭然だった。・・・ジュンファには明らかに、余裕が無かった。
リャンジエは、ヨウの後ろ蹴りのダメージで、地面に片膝をついていた。
ヒムは倒れたままで、頭を押さえながらウンウン唸っていた。
「さて・・・お主ら、大したものだな。黒鎧氣を纏った者と戦って、ここまで食い下がるとは。・・・4人の連係も、見事だったが・・・肝心なのは、お主らは連係が上手いから強いのではなく、一人一人が強いからこそ、上手い連係ができるということだ。実際、先刻50人と戦っていた時は、連係などせずに好き勝手に戦っておったしの。これは、重要なことじゃ。個人としての強さがしっかりしていなければ・・・」シバはそこで、意味ありげにニヤリと笑った。「黒鎧氣を受け取っても、とても耐えられんじゃろうからな」
ヨウとカウも、シバに釣られてクッ、クッと笑った。
「・・・何はともあれ、お主らは合格じゃ。・・・喜ぶがいい。お主らは、限界を超えた強さを手に入れるチャンスを得たのじゃ」シバは、上機嫌で朗々とうたった。
だがヘイユァン達4人は、素直に喜んでいいものか・・・そもそも、自分達は「助かった」と言えるのかどうかさえ、怪しいと感じていた。
そして、奇拳六芒星の生き残りの4人は、シバから黒鎧氣を受け取り・・・見事に4人共、順応することに成功した。
その結果、4人全員がヨウを圧倒し、ムイの氣弾をくぐって打撃を入れられるほどの強さを手に入れていた。