参戦・1
錬武祭が開催される、その前の年の秋の夜に。
とある山中の奥で、闇に紛れて、人知れず・・・殺し合いが行われていた。
いや、殺し合いというには、あまりにも一方的だった。
実力差があり過ぎたのだ。
4人対、50人・・・これが、その殺し合いを行っていた者達の兵力差だ。
そして一方的に殺していたのは、4人組の方だった。
50人の側は、4人組の強さを承知の上で、数にものを言わせて押し切るつもりだったようだ。だが、その作戦は見事に失敗した。
戦いが始まってから、5分かそこらで決着がついた。
立っていたのは、その4人だけだった。その周囲に、50人の死体と、刀と槍が転がっていた。
武器は全て、殺された側の物だった。4人組は全員、素手だった。
「みんな、生きてるか・・・ジュンファ、リャンジエ、ヒム・・・」
「はい」
「おう」
「こっちだ・・・ヘイユァン」
4人はお互いの生存を確認し、一息ついていた。
「さすがに、これだけ人数差があると、単純に疲れますね」ジュンファが、首を左右交互に倒しながら呟いた。
少し長めの黒髪が、肩に触れたり離れたりしている。
甘いマスクなのだが、優しそうには見えない。
「へっ。こいつらも、『奇拳六芒星』の実力を知ってるんだろ・・・」リャンジエが、両拳で体中をパタパタと叩きながら、すねたような声を吐いた。
丸坊主にした頭に、月明かりが鈍く反射する。やや童顔だが、可愛げは無い。
「ま、本当に俺達の実力を理解してたら、200人は動員したんだろうがな」ヒムが、右腕をゆっくりと回しながら、投げやりな声を放った。
耳が隠れるほどの長さのくせ毛が、ユラユラと揺れる。恐ろしく撫で肩で、腕の長い男だった。
その目には、捨て鉢な光と臆病の影が同居していた。
「まあ、六芒星が6人揃ってりゃ、200人でも300人でも相手してやれるんだがな・・・」ヘイユァンが、感情のこもらない声で呟いた。
短く刈り込まれた髪と、精悍な顔立ちにも関わらず、清潔感の無い男だった。
どうやら、このヘイユァンが4人のリーダー格らしく、他の3人がぞろぞろと彼の周囲に集まってきた。
ジュンファとヘイユァンが同じぐらいの身長で、中肉中背。リャンジエはそれより頭一つ分低い。逆にヒムは、頭一つ分高かった。
4人共、年齢は30代半ばといったところか。
「大したものだ。ならば、100人ぐらいは問題ない、ということかのう」
突然、闇の中から響いた声に、4人はびくりと身を震わせた。
声そのものもそうだが、声の主の氣配に、4人の中の誰も気付けなかった・・・そのことに、驚いていた。
しかもその声は、すぐ近くから聞こえてくるのに、出所がはっきりしない。
4人は声の主を求めて、周囲の氣を探った。お互いに背を向け合い、2メートルほどの間隔を空けて、円陣を組む。
「ほほう・・・一瞬驚きはしても、バタバタと無駄に動いたりせず、敵の確認に専念するか。結構結構。だがな・・・」
2秒ほどの間が空いた。
4人にはその2秒が、2時間に感じられた。声の主は、それほど強いプレッシャーを4人にかけていたのだ。
「ワシは、ここだ」
4人は再度、びくりと体を震わせていた。
声が、真後ろから・・・つまり、4人が組んでいる円陣の中から聞こえてきたからだ。
4人は同時に振り返り、後方へ跳んだ。
跳びながら・・・彼らの目に、2メートル近い巨体を持つ男が映った。
その男は、老人だった。だが髪も目も髭も、不自然なほど・・・夜の闇よりもなお暗く、そのためにかえって闇に溶け込まないほどの、黒い色をしていた。
「お前・・・何者だ?」ヘイユァンが詰問する。いや、強い声で問うたつもりだったのだが、声が裏返っていた。
「ワシか。・・・ワシは、ペイジ国の元軍人でな。シバという者じゃ」
シバは、新しい玩具を眺める子供のような顔をしていた。
「で、お前達は・・・六芒星とか何とか言っとったが、4人しかおらんな」
「・・・いつから、見ていた」
「最初からじゃよ。殺し合い・・・というか、虐殺が始まったところからじゃな」
ヘイユァン達4人は、それぞれ冷や汗だの脂汗だのを流したり、喉をごくりと鳴らしたりしていた。
4人共、敵の残りの人数を確認しながら戦っていたのだ。にも関わらず、ついさっきまで、この老人の存在に気が付かずにいた。
(致命的なミスだ・・・)4人全員が、そう感じていた。
だが同時に、開き直りに近い落ち着きも生まれていた。
(この老人が敵ならば、こちらに存在を知らせたりせずに、さっさと殺しに来る筈だ。それをのこのこ姿を現すということは、敵ではないということだ。・・・もしも、やはりこの老人が敵だったとして、それでもなお、こうして姿を見せたのだとしたら・・・それでも俺達に勝てるという自信があるということだ。そして実際、俺達4人がかりでも、この老人に勝てる気は、しない・・・)
4人はそれぞれ、大なり小なりこのようなことを考えていた。
「ふふ・・・まあ、そう固くなるな。いや、固くはなっとらんな。上等だ。つまり、警戒せんでもよいぞ。ワシはお前らの敵ではない。今の所はな」
シバは上機嫌だった。古道具屋で、ふと目にした骨董品が、意外な掘り出し物で・・・その値を鑑定する時のような、慎重さを含んだ期待感が、その目に溢れていた。
「・・・俺達が、警戒するなと言われて、警戒を止めるような間抜けに見えるか?」また、ヘイユァンが口を開いた。今度は声は裏返っていなかった。
「見えんな・・・見えんといえばお主らも、真っ当な武術家には見えんぞ。・・・察するに、暗殺者崩れといったところか」
「さあな」
「ふふん・・・六芒星の筈が、4人しかいない・・・大方ここにいない2人は、仕事でしくじって、もうこの世にはおらんのだろう。で、お主らも、いらぬことを知り過ぎたのと連帯責任とで、消されそうになった。違うか?」
図星だった。だが、ヘイユァンはとぼけた。
「違うね・・・俺達を追ってる連中は、確かに俺達を消す気満々のようだが・・・俺達は、この程度の追っ手じゃ、消されそうな気がしない。事実この5年間、一人も欠けていない」
「欠けたのは、追われる原因になった2人だけか」
「まあな」ヘイユァンは、焦り始めていた。
ズルズルと、シバのペースに巻き込まれているのが分かった。
シバの隙を見つけるどころか、会話までリードされっ放しだ。
「ふん。・・・だが残った4人は、間違いなく上物だ。さて・・・ここでひとつ、ワシから提案がある」
「何だ?」
「くっくっ、だから、そういきがるな。ワシがその気になれば、お主らなど問題ではない。そのぐらいは分かるだろうが?」
その一言で、4人の肩の力がスッと抜けた。・・・力など入れているつもりはなかったのだが、入っていたのだ。こんなことは、武術の訓練を受け始めた、初心者の頃以来だった。
「それでよい・・・。さて、ワシはお主らの敵ではない。だが、味方でもない。そこで、試験をしてみたいと思う。・・・お主らが、この試験に合格したなら、ワシの仲間にしてやろう」