救出・10
食事が済んで、スーチャオとリンは皿を片づけて、、台所でお茶の用意を始めた。
ウォンとチェンフーは、二人だけで卓に差し向かいで座っていた。
「なあ、ウォン」
「ん?何だ」
「お前、また別の女を連れて歩いてるらしいな」
「はて。そりゃ、先週の話か?それとも、昨日の話か?一昨日までの女は、ちょっと賞味期限が短くてな」
「どっちでもいい。・・・なあ。実は、俺の上司の娘さんで、いい人がいるんだが。会ってみないか?」
「会ってみないかと言われても、俺は明日からチュアン国に行くんだが」
「分かってるよ。帰国してからの話さ。それまで、考えておいてくれないか」
「うん。ま、考えるくらいならね」
「・・・なあ、ウォン。お前ももう、29歳だろ」
「ああ。お前も29歳だしな」
「だから、俺はいいって。・・・・お前のことだ。そろそろ、身を固めたらどうなんだ?」
「うーん、武術家にとって、体が固いってのは致命的なんだが・・・」
「誤魔化すなよ。・・・あのなあ、やっぱり家庭を持ってるほうが、ここぞという時に底力が出るんだよ。お前みたいに危険な仕事をしてる奴は、特にそうだと思う。お前がいつも長旅の前には、こうしてここに来るのも、そういう意味があるんだろ?」
「ま、否定はせんよ」
「そうだろ・・・だったら、自分の家庭を持てば、わざわざウチに来る必要もなくなるし・・・」
「あっ!それって、俺がここに来るのは、迷惑って意味?」
「違うよ。・・・まあ、確かにお前は、困ったところがある奴だが」
「正直な奴だね。親しき仲にも礼儀ありって言葉、知ってるか?」
「お前に言われたくないって。・・・あのなあ、何だかんだ言っても、俺も、スーチャオも、お前のことが好きなんだよ。・・・いや、俺達だけじゃない。お前の周りにいる奴はみんな、お前がただ強いだけの男じゃないって、よく知ってるんだよ。だから、お前のことが心配なんだ」
「その気持ちは嬉しいが・・・すまんな、チェンフー。俺は男は嫌いだ」
「・・・全く、お前は・・・」チェンフーは、頭を抱えながら笑った。
そこへ、お茶を載せた盆を持って、リンがやってきた。
「おっ、偉いなあ、リン!落とさないように、気を付けろよ」ウォンの顔が、途端に緩む。
「気を付けてるわよ・・・はい、どうぞ」リンは、スーチャオそっくりの目を悪戯っぽく光らせながら、盆を卓の上に置き、チェンフーとウォンにお茶を勧めた。
「よしよし。じゃあリン、そろそろいつものおまじないを、頼むよ」ウォンは白い歯を輝かせながら、リンを手招きした。
「えー?また?・・・でも、お母さんが・・・あんまりウォンおじさんに、わがまま言っちゃいけないって」リンは、卓をぺたぺたと触りながら、照れ笑いを浮かべた。
「んー?そりゃ、スーチャオの・・・お母さんの、思い違いだな。わがままを言ってるのは、どっちかっつーと俺なんだよ。・・・何しろリンのおまじないがあれば、どんなピンチに遭っても、モリモリッと力が湧いてきて、何とかできちまうからな」
「そう?じゃあ・・・」リンは、チェンフーと台所のスーチャオを少し気にしながら、ウォンの側に寄った。
そのままウォンの耳元に口を寄せて、ぼそぼそと「おまじない」を囁く。
「ウォンおじさん。また、わたしに、いっぱいおみやげを買って、帰ってきてね・・・」
「うん。約束だ」
ウォンは微笑みながら、リンを優しく抱き締めた。
(今の俺の・・・この両腕は、この子を抱き締めるためにある)
ウォンは、心からそう思った。
救出・了




