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グレイソウル  作者:
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救出・9

(ごっつぁんです)ウォンは、心の中で呟いた。

 これで少なくともこの男はチェンフーを撃てない。撃とうと思い直しても、タイムラグができる。

「残念だったな。本気なのは、俺も同じだ。・・・で、第二号は、お前に決定だ」

 ウォンの右足が、揺らめいてぼやけた。

 少なくとも3人の強盗には、それしか見えなかった。


 猿の面の男が、氣弾を発射した。

 それと同時に、鳥の面の男が「ぎゃっ」と叫んだ。肩に鋭い痛みが走り、チェンフーに向けていた右手が、大きく弾かれた。

 そのまま錐揉み回転をしながら、右斜め後方に泳ぐように吹っ飛ぶ。

 肩から先が吹き飛ぶかと思うような衝撃だった。切断の効果を持つ風刃脚が、右肩に命中したのだ。

 実際ウォンが手加減をしていなければ、鳥の面の男の右腕は千切れ飛んでいただろう。もっとも、かろうじて腕はくっついてはいるが、骨も腱も靭帯も神経もグチャグチャになってしまったので、二度と氣弾は撃てない。


 そしてその「ぎゃっ」という悲鳴が終わるよりも早く、ウォンの二発目の風刃脚は、貫通の効果を伴って猿の面の男に向かっていた。その風の刃・・・というより、槍か・・・は、ウォンに向けて放たれた氣弾を貫いてかき消し、猿の面の男の胸板に命中した。

 男は悲鳴も上げずに、その場に崩れ落ちた。胸骨が砕けていた。

 これもウォンが手加減をしていなければ、背骨まで砕いて、胸に風穴を開けていた筈だ。


 その猿の面の男が崩れ落ちるよりも早く、三発目の風刃脚が、犬の面の男を襲った。犬の面の男は、巨大な鉄球をぶつけられたような衝撃を受けていた。粉砕の効果を持たせた風刃脚だった。

 これもまたウォンが手加減をしたおかげで、男はバラバラにならずに済んだのだが、その代わりに大きく後方へ吹っ飛ばされていた。

 その先には、最初に風刃脚を食らって飛ばされた鳥の面の男がいた。

 犬の面の男は鳥の面の男に激突し、そのまま二人は宙を舞うと、後方の壁に仲良くめり込んだ。

 

「どうだ。見たか。これが『風刃脚』だ。・・・ま、見えやせんだろうし、聞こえてもいねえな。・・・ああ、俺ってやっぱり、天才だなあ」

 ウォンは、少し乱れた前髪をサッとかき上げながら、自分を褒めた。

 そのウォンの後ろから機動部隊がドカドカと突入してきて、強盗達を縛り上げ、チェンフーを運び出した。


 そしてチェンフーとスーチャオは、その年の暮れに結婚してしまった。



 ・・・それから、9年。

 ウォンは、実践武術家として忙しい毎日を送っていた。

 その業務の殆んどは、警備隊と連携しての凶悪犯罪者との戦いだった。

 警備隊はその性質上、守りには優れているが、攻撃力に難がある。ウォンの高い攻撃力はサントン国のみならず、世界中の警備隊で重宝された。

 ただウォン自身は、自分が攻撃一辺倒の武術家と思われるのは心外だった。

 何故なら、彼は絶え間ない訓練により、足だけでも「交渉」以前の手と同じくらいの捌きができるほど、足を繊細に操れるようになっていたからだ。

 これは手技が使えなくなった分、訓練の時間は全て足技のために費やされたということも大きい。


 とはいえ、ウォンが相手の攻撃を捌かねばならないようなことなど、滅多になかった。殆んどの敵は、あっと思う暇も無く、ウォンに蹴り飛ばされて終わりだったからだ。

 犯罪者達は、「風刃脚のウォン」の名を聞いただけで、震え上がるようになった。

 だがそのウォンとて、いつもいつも無傷だったわけではない。時には苦戦することもあった。

 そんなウォンにとって、子供の頃から通っていた道場は、大切な休息の場になっていた。

 もはや師範代の肩書きは名ばかりになっていたが、それでもたまに道場を訪れると、ルーバイ老師も兄弟子達も、ウォンを暖かく迎えてくれた。


 ただ、試合や大会には、殆んど出なくなっていた。

 いや、出してもらえない、というのが正しいかもしれない。ウォンがあまりにも強過ぎて、試合が成立しないからだ。

 公に催されるような試合には、殺し合いにならないように、最低限の・・・例えば目潰しや、金的蹴りや、噛み付きなどは禁じ手にする、といったようなルールがある。

 そういったルールのある試合では、もはやまともにウォンの相手をできる者はいなかった。

 勿論世界は広いから、ウォンと張り合うだけの力を持つ者が、いないわけではない。だがそういう者は、ルールのある試合には興味を示さなかった。


 結局ウォンは、年に一度、サントン国が主催する世界規模の大会にしか出なくなってしまった。

 それも、トーナメントには出ない。

 トーナメント自体は、世界中からエントリーしてきた武術家によって争われるのだが、そのトーナメントの上位三名が、特別試合としてウォンと戦うのだ。

 しかも一人ずつではなく、三人全員対ウォン一人だ。

 それでもウォンは、風刃脚を使うまでもなく、勝ち続けた。


 華炎乱舞鞭のラウも、その強さを広く知られてはいたが、ラウの本業はあくまでも舞踊家だ。

 ウォンこそは、世界最強の武術家の最有力候補だった。

 そして・・・ウォンは、シバの主催する「錬武祭」への参加を要請された。

 ウォンは、この仕事を二つ返事で引き受けた。


 ウォンがチュアン国に発つ前の日の夜。

 ウォンは、チェンフー・スーチャオ夫妻の家を訪れていた。仕事で長旅になる時は、いつも出発前に、この家を訪問していた。

 今度の仕事も、シバを倒すまでは、そうそう帰国できそうにない。長旅になるのは確実だった。


 ウォンは、チェンフー・スーチャオ夫妻と、その一人娘のリンと、夕食を共にしながら、他愛もない会話に興じていた。

 こんなひと時が、危険な仕事の危険な場面で、ウォンの心の支えになっていた。

 リンは、今年で8歳になる。

 子供の頃のスーチャオに、そっくりだ。ただ髪だけは、くせ毛ではなく、まっすぐでサラサラだった。

(スーチャオの奴、よっぽど俺にからかわれるのが嫌だったのかなあ。そういうのって、娘の髪にも影響するよなあ。いや、しないかなあ。とにかく、チェンフーに似なかったのは、幸運だよなあ)ウォンはリンを見る度に、こういういい加減なことを考えては、ニヤニヤしていた。

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