救出・8
「試し撃ちって・・・何か、やったのか?」ようやくウォンに追いついたダンフウが、息を弾ませながら訊ねる。彼やスーチャオには見えなかったが、たった今ウォンは、蹴り上げと蹴り下ろしで、2発の風刃脚を放っていたのだ。
「ああ、まあな。・・・じゃ、次は1割程度の力でやってみますか」
そしてまた、ウォンの右足が・・・今度はダンフウとスーチャオにも、「どうやら動いたらしい」程度には見えた・・・が、それ以上のことは分からなかった。
この時ウォンは、切断・貫通・粉砕と、効果を切り替えながら、3発の風刃脚を放っていた。
「よしっ。まあ、大体の感じはつかめたぞ。・・・じゃ、行ってくる」
「え?どこへ?」
「決まってるだろ。あの強盗共をぶっ飛ばして、チェンフーを助け出しに行くんだよ」
「え、援護は?」
「いらん。大船に乗った気分で、待っててくれ」
右手をヒラヒラさせながら、早足で銀行へ歩くウォンの背中を見ながら、ダンフウとスーチャオは呆然としていた。
どこがどうと、上手く説明はできないが、ウォンは・・・別人になったと、二人は感じていた。
突然。
背後で、ビシッ・ズドン・メコッという三つの音が同時に響き、ダンフウとスーチャオは慌てて振り返った。
そこには、ついさっきまではきれいだった筈の白壁が・・・無残な姿を晒していた。
幅5センチ、長さ1メートルほどの裂け目が、縦にひとつ。
その2メートルほど左に、直径10センチほどの穴がひとつ。
裂け目も穴も、壁を貫通していた。
そして更にその左に、直径2メートル、深さ30センチほどの、すり鉢状の凹みができていた。
「何だ、こりゃあ・・・」ダンフウは壁に近寄り、傷を眺めた。
「ダンフウさん、こっちにも・・・」スーチャオが、裂け目の右側を指差す。
それはウォンが「3割の力」で撃った跡だった。
壁の上から下まで、真っ直ぐに走ったヒビが、2本。いや、ヒビというよりは、切断されたと言ったほうが正確だ。
「これも・・・見事な切り口だ」ダンフウは何気なく、左右に並んだ切り口の間に、手を置いた。
すると、ザリザリッという音がして、2本の切り口の間の幅20センチほどが、屋敷のほうに向かって倒れた。
ズズズ・・・ンと、倒れた壁が庭の地面とぶつかる音を聞きながら、ダンフウは(修理費は、いくら位かかるんだろう)と考えていた。
「ダンフウさん、これって・・・氣弾ですか?」スーチャオが、石畳よりずっと滑らかな、壁の切断面を触りながら訊ねた。
「あ、いや・・・ウォンは、氣弾は撃てない筈だし・・・そもそも、氣が当たった痕跡が感じられない・・・」ダンフウは、首を傾げた。
「あいつは・・・一体、何をやったんだ?」
ウォンは鼻歌交じりに、散歩でもするかのような足取りで、銀行の入り口をくぐった。
「おい、止まれ」猿の面の男が、ウォンに右掌を向けながら怒鳴る。
ダンフウの偵察呪符を乗っ取った男だ。
まだ、カウンターまでは・・・つまり強盗達とは、5メートル近い距離がある。
「お前・・・何者だ?警備隊員じゃないようだが・・・どっかで見たことがあるな・・・」
「こいつ・・・ウォンだ。武術家ですよ」犬の面の男が言った。「最近、あっちこっちの武術大会で優勝して、ちょっとした有名人ですよ」
「ふふん、そりゃ光栄だな」ウォンが、白い歯を見せて笑う。
「うるさい。余計な口をきくな。・・・で、こいつは強いのか?」
「ええ。試合を直接見たことはありませんが、映像なんかで動きを見た限りでも、相当なもんです。俺達3人がかりでも、普通に戦ったら、まあ敵わんでしょう」
「ほう・・・こいつ、氣弾は撃てるのか?」
「いえ。典型的な格闘タイプです」
「ふん。じゃ、とりあえずは、これ以上近付けないようにするこったな。・・・そういうわけだから、動くなよ。後ろにいる警備隊員の命が惜しかったらな」
「ああ・・・これ以上は、進むつもりはないよ。だから、もうチェンフーには手を出すな。そしたら、命だけは助けてやる」
一瞬の間を置いて、3人の強盗達は、どっと笑い出した。
「お前、何言ってんだ?氣弾も撃てねえ癖に、この距離で、俺達をどうこうしようってのか?」
「おい、油断しちゃいけねえんじゃねえのか?何か、手裏剣とか礫とか、投げ物の飛び道具でも持ってるかもしれねえぞ」チェンフーの頭に右掌を向け続けている鳥の面の男が、そう言って場を締めようとした。・・・が、その声にも笑いが含まれていた。
仮に、ウォンが手裏剣や礫を持っていたとしても、3人に同時に投げつけることはできない。ならば、チェンフーを助けることはできない。
それでは、こうして乗り込んでくる意味が無い・・・と、分かっているからだ。
「ウォン・・・か?」カウンターの奥で、チェンフーの弱々しい声がした。
「おう、チェンフー。生きてるか?今、助けてやるからな。もうちょっと待ってろ」
「無茶・・・するな。逃げろ・・・」
「逃げろ、だ?やだね。こっからが、俺の見せ場なんだぜ」ウォンは、左拳で胸をドン、と叩いた。
(あっちゃー、何てキレの無い動きだ・・・)自分の胸を叩く動きひとつとっても、「交渉」前の自分とは、まるで違う・・・ウォンは、そう思った。
いや、ウォンだけではない。強盗達も、今のウォンのぎこちない動きを見て、拍子抜けしていた。
「・・・おい。こいつ、本当に強いのか?」
「その筈なんですが・・・いや、本当にウォンならの話で。まさか、よく似た別人とか・・・?」
ウォンは苦笑した。
「ま、ある意味別人みたいなもんだ。ついさっきからな・・・だが俺は、間違いなく、ウォンだ」
「・・・だったら、お前には何もできねえってことにも、間違いはねえ。格闘タイプの奴が、この距離じゃ何もできねえだろが。仮にお前が氣弾を使えたとしてもだ。俺達3人を同時に倒せるような、連射能力なり、速射能力のある氣弾遣いなんぞ、そうはいねえぞ」
「そうだな。俺もそんな氣弾遣いは、見たことがない。・・・だがそれでも俺なら、何とかできちまうんだな、これが。・・・ふふ〜ん、喜べ。お前らは、このウォンの新必殺技、『風刃脚』の記念すべき犠牲者第一号・・・と、二号と三号だ。折角だから、選ばせてやる。第一号になりたいのは、どいつだ?」
また強盗達が笑い出した。
「お前、馬鹿か?俺達のうち、一人でもやられたら、残った二人のどっちかが、あの警備隊員を撃つぞ。それぐらい分かんねえのか?」猿の面の男が、呆れ声でウォンを罵る。
「いや、だから一号とか二号とか三号とかってのは、単なる言葉のアヤで、実際にはほぼ同時に・・・まあいいや。ったく、不粋な人達だね・・・しょうがないから、俺が決めてやるよ。チェンフーの足を撃ったのは、誰だ?」
「俺だ」チェンフーの後ろの、鳥の面の男が、ボソリと呟いた。
「よし。お前が第一号に決定だ」ウォンは腰の後ろで両手を組み、氣勢を上げた。
ドン、という地響きと共に突風が巻き起こり、書類がバサバサと宙を舞う。
「・・・何だ?」犬の面の男が、周囲を見渡す。
「落ち着け。氣勢を上げてるだけだ。・・・だが、気に入らねえな」猿の面の男が、ウォンを睨む。
「ほう?どの辺が?」
「その辺の、妙な落ち着きっぷりだよ。・・・もういい、お前は死ね。俺達が本気だってことを、外の連中に思い知らせてやる」男は、右掌に氣を集中させ始めた。ウォンを撃つつもりなのだ。