救出・6
投影玉の中で、猿の面の男がゆっくりと呟く。
「状況は、分かっている筈だ。無駄なことは止めろ。話し合いの必要があれば、こっちから言う。余計なことをしている時間は無いぞ。お前さん達の仲間の出血は、止まってないんだからな。さっさと車を用意して、そこの囲みを解け。分かったな」
言い終わると、投影玉の中で男の右手が大写しになった。その人差し指がパチンと弾かれて、映像が消えた。
呪符が壊されたのだ。
「待って!今度は、私が行くから、チェンフーを放して・・・」スーチャオが、投影玉にすがりついて叫んだ。
どの道この投影玉から強盗達に声を伝えることはできないと、スーチャオも分かってはいるのだが、叫ばずにはいられなかった。
「・・・聞いての通りだ。奴らは、逃走用の車と、包囲を解くことを要求している。恐らくチェンフーをつれて、車で国外へ出るつもりなんだろう。そのまま山か森の中で車を捨てて、トンズラするって寸法だ」ダンフウは、歯ぎしりをしながら、右拳で机を小突いた。
「俺達には、時間が無い。仮に奴らに車を用意したとして、その後奴らが車とチェンフーを放り出すまでの時間を考えれば・・・急がないと、チェンフーは出血多量で死んでしまう。・・・奴らは、警備隊に包囲された時点で、この作戦を立てたんだろう。だから大勢の人質と、チェンフー一人の交換に、あっさり応じたんだ」
スーチャオが、顔を覆って泣き始めた。
「何か、方法は無いのか?人海戦術で、突入するとか・・・」ウォンが怒鳴る。
「駄目だ。入り口が小さ過ぎる。一度に通れるのは、せいぜい二人までだ。それじゃあカウンターにへばりついてる二人組の氣弾で足止めを食うし、その間に鳥の面の野郎が、チェンフーを撃ち殺しちまう」ダンフウは、力なく首を振った。
「じゃあ・・・氣弾は?警備隊にも、誘導弾を撃てる奴がいるだろ?そいつで・・・」
「あれを見ろ」ダンフウが指差したのは、銀行の窓だった。
窓は全部割れていた。
「ウチの者が、誘導弾を撃ち込んだ跡だ。全部、奴らに撃ち落とされた」
「・・・やっぱりあいつらは、プロってことか・・・」
「そうだ。だから今の状況が、奴らにとっても賭けだってことは、奴ら自身も分かってる筈だ。人質の多少に関わらず、長期戦になりゃ、奴らのほうが不利になるのは見えてるからな。こうして短期決戦を挑んだんだろうが・・・もし、こっちが奴らの要求に応じずに、チェンフーが死んだら・・・人質はいなくなるから、奴らも終わりだ。奴らはそれを理解した上で、腹を括ってる筈だ。決着が付くまで、奴らの集中力は途切れんし、隙も見せんだろう」
「じゃあ、一体どうすれば・・・」
「奴らの要求を飲まずに、チェンフーを助けるには・・・奴ら全員を、殆んど同時に倒すしかない。一人でも残せば、そいつがチェンフーを殺してしまう・・・だが、警備隊にそんな戦力は無い」
「だったら、とりあえず要求を飲んだらどうだ?奴らがチェンフーを解放してから、追いかけてとっ捕まえりゃいいだろが。このままじゃ、チェンフーを見殺しにしちまうぞ」
「今・・・上がそのことについて検討中だ」
「検討中って、何を?」
「考えてもみろ。あんなでかい結界を張って、ウチの工作班の呪術を返して、人の呪符を乗っ取るような真似までする連中だぞ。一度国外へ出したら、そのまま逃げ切っちまうかもしれん。・・・そうなった時、誰が責任を取るかで、揉めてるんだよ・・・上の連中はっ」ダンフウが、吐き捨てるように呻いた。
「んなことで、揉めてる場合かっ!そーいうのを、見殺しってんだろが!」
「だからお前を呼んだんだ!」ダンフウが、右拳を机に振り下ろした。
投影玉が跳ね上がって、地面に落ちる。
「俺・・・か?」
「そうだ。・・・悔しいが、お前ほどの遣い手は、警備隊どころかサントン国内全土を探してもそうはいない。お前なら・・・ひょっとしたら、奴らを全員・・・叩きのめせるんじゃないか、と・・・」ダンフウの声は次第に小さくなり、目も伏せてしまった。
ウォンは改めて銀行に向き直り、中の氣を探った。
(結界が邪魔・・・だが、何とか・・・うん。確かに器用な連中のようだが、総合的な戦闘能力は、俺のほうが上だ。ただ戦って倒すだけなら、俺一人でも何とかなる・・・が・・・くそっ・・・上手い具合に距離をとりやがって・・・あれじゃ、三人同時には倒せん・・・)
その時。
ウォンの脳裏に、2年前の「魂との交渉」の記憶がよみがえった。
(そうだ。風の刃を使えば・・・奴ら全員を瞬殺できる・・・しかし、今の俺には、まだ風の刃は発動できない・・・)
「ウォン」またスーチャオの声で、ウォンは我に返った。
「おっ?ああ(・・・ったく、いいタイミングで声をかけやがって。俺の心が見えてるんじゃねえのか)」
ウォンはコメカミに流れる冷や汗を親指で拭うと、無理に平静を装って、スーチャオを見た。
(ああ、やっぱりスーチャオは、綺麗だよな・・・恋する女は綺麗ってか・・・その相手の、危機だもんな。そりゃオーラの勢いも、違うってモンだよな)
こんな時に、何を考えているのか・・・自分でもそう思いながら、ウォンはスーチャオを見た。
スーチャオも、ウォンを見つめ返した。だが、その目はウォンを見てはいなかった。
スーチャオの目に映っているのは、チェンフーだけだった。
「ウォン、お願い・・・チェンフーを、助けて」
ウォンは、天を仰いだ。
その耳元で悪魔が囁く。(チャンスだぞ、ウォン。適当に話を合わせて、銀行に突入して、とにかく強盗共を倒せ。まあ今のお前の実力じゃ、強盗は倒せても、チェンフーは殺られるだろう。けど、そうなりゃ恋敵は消えるぞ。とりあえずスーチャオは悲しむだろうが、危険を冒して戦ったお前を、悪く思う筈がない。そこにつけこめば・・・)
そこでウォンは首を回すと、「フン!」と荒い鼻息で、悪魔を吹き飛ばした。
(俺を安く見るんじゃねえ。チェンフーは確かに恋敵だが、それ以前に親友なんだよ。いや、更にそれ以前に、スーチャオを悲しませるような真似ができるかっ・・・俺は・・・)
ウォンは、銀行の中で苦しんでいるチェンフーを思った。
(俺に・・・チェンフーと同じことが、できるか?呪符の半分こはともかく、代わりに人質になるなんて・・・あいつは賢いから、自分の実力をちゃんと分かってる筈だ。催眠呪の呪符を持っていたとはいえ、それが失敗したら、こうなることは分かってただろう。それでも・・・自分を犠牲にしてでも、スーチャオを守ることが、できるか?)ウォンは考えた。答えはすぐに出た。
(阿呆らしい。・・・俺に、チェンフーと同じことができるわけねえだろ。俺はチェンフーじゃない。ウォンだ。俺は、自分を犠牲にしたりはしない。悪漢共をぶちのめして、俺も、スーチャオも、チェンフーも・・・誰も犠牲にしない。結果がどう転ぼうと、俺はそのつもりで戦う。・・・そのために俺は鍛えてるんだ。チェンフーは、チェンフーにできることをしたんだ。それだけだ。俺も、俺にできることをやるだけだ。・・・ふっふっふ、俺って、カッコいいなあ)
つい、ウォンの口元から笑みがこぼれた。