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グレイソウル  作者:
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救出・5

「ん?何言ってんだ。こんな雑な強盗の、どこをどう見りゃ手際がいいってんだ?あっさり包囲されちまって、逃げられるとでも思ってるのかっての」

「ああ・・・あいつらにとっても、こちらにとっても、こういう状況になったのは・・・運が悪かったのかもな」

「おいおい、運任せにするなよ。・・・大体な、人質交換のためにチェンフーを・・・警備隊員を送り込むってなあ、分かるよ。けど、本っ当に何の備えも持たせないってなあ、どういう了見だ?鎧を着てないとか、武器を持たないってのはともかく、他に色々あるだろ?」

「ああ。チェンフーには、強力な催眠呪を仕込んだ呪符を持たせた。犯人には、それで眠ってもらう予定だったんだ」

「・・・じゃ、何で奴らはピンピンしてやがるんだ?」

「単純な話だ。呪符を起動させた途端に、呪いが術者に返されたんだ。だから今、そこの救急車の中で、ウチの工作班の連中が三人熟睡中だよ」

「・・・マジかよ。警備隊の工作班の呪術を、返したってのか?」

「ああ。多分犯人は、元軍人か、警備隊員か、暗殺者くずれか・・・その類だろう」


「ちょっと待てよ。そんな奴らが、何でこんな雑な仕事してんだ?氣弾なんぞ撃ちまくって・・・銀行が警備隊と直通の回線でつながってて、指先ひとつで通報が入ることぐらい、誰でも知ってるだろ?」

「通報は、されてない。・・・いや、受けていないと言うべきだな」

「んっ?話が見えんぞ」

「見えないんなら、もうちょっと目を凝らしてみろ」ダンフウは、ぞんざいに銀行のほうへと顎をしゃくった。

「見ろって、何を・・・あ」ウォンは目を丸くした。

 注意して見て、初めて・・・銀行全体が、結界で覆われていることに気付いたのだ。


「奴らが銀行の中で氣弾をブッ放した時点で、誰かが通報は入れたかもしれん。だがあの結界のせいで、その通報は届いてない」

「・・・また、でかい結界を張りやがって・・・」

「見事なもんだろ?あいつらが、壁や天井に向けて撃った氣弾も、あくまで脅しだ。だから銀行の外の通行人には気付かれなかったようだ。奴らに撃たれた武術家達も、体が痺れているだけで、命に別状は無い。ま、強盗に殺人が上乗せされたら、捜査が段違いに厳しくなるからだろうな。とにかく奴らは警備隊が来る前に、金を持って逃げるつもりだったんだろう」


「・・・じゃ、何で警備隊は、事件に気付いたんだ?」

「・・・これのせいよ」スーチャオが、おずおずと右手を出した。

 その手には、小さな呪符が・・・どうやら、一枚の呪符を半分に千切ったものらしい・・・が、握られていた。

「何だ、こりゃ?」

「この・・・呪符の、もう片方は・・・チェンフーが持ってるの」

「・・・うん」

「『お守りみたいなもんだから』って、言って・・・何か、トラブルがあったら・・・今みたいに、銀行に強盗が来た時とか・・・そんな時には、この呪符に意念を込めろって。そしたら、チェンフーの持ってる、もう片方の呪符が反応するから、すぐに分かるから・・・助けに行くって」スーチャオの目から、涙がこぼれた。


「二人だけの、専用の片道通信呪符か。お前は、氣の操作は苦手だもんな。・・・いや待て。それならそれで、スーチャオがいくら意念を込めても、チェンフーの呪符に通信が届くわけねえだろ?スーチャオの意念が、この結界を抜けられるとは思えんぞ」

「違うのよ」スーチャオが首を振る。 

「つまりな」ダンフウが口を挟む。

「この呪符には、チェンフーの氣がギュッと込められていてな。こうして半分ずつに分けると、呪符同士の氣がお互いに共振し合うようになってるんだ。だから、スーチャオが意念を込めるまでもなく、常に起動しっ放しなんだよ。勿論、スーチャオが意念を込めれば、それはそれで反応するさ。だが・・・チェンフーは、それ以外のケースも考えていたんだ。つまり、今回のように結界が張られているために、外部との交信が不可能になった場合とか、だ」


「あ・・・そうか。結界に邪魔されて、呪符同士が共振できない・・・」ウォンは、ポンと手を叩いた。

「そうだ。呪符の共振が止まったのに気付いたチェンフーは、当然、おかしいと思ったわけだ。まだ銀行は開いている時間だからな。で、すぐに、街を巡回してる警備隊の車に連絡して、銀行に急行してもらったら・・・こうなったって寸法だ」


「こんな・・・遊びみたいな呪符で・・・」

「そうだ。だが、軍人や警備隊員のようなプロにとって、こういう素人の仕掛けは案外盲点になるもんだ」ダンフウが溜め息混じりに呟く。

 だが、ウォンが「遊びみたいな呪符」と言ったのには、別の意味があった。

(チェンフーは、捜査官だ。工作班の人間と違って、呪術関係は人並みにしかできない。そんな奴が、常に起動しっ放しの呪符なんか作っても、その効力が持続するのは、ほんの短時間だ。と、いうことは・・・チェンフーは、スーチャオと、毎日・・・)


「一緒に、住んでるの」スーチャオの声で、ウォンは我に返った。

 心臓がバクバクと鳴った。

(いつから?)という言葉を、ウォンは飲み込んだ。

 飲み込んだ筈の思いが、スーチャオに伝わったのが見て取れた。

 スーチャオは、ウォンから目を逸らして、伝わった筈の思いが伝わっていないフリをした。

 ウォンも呼吸を整え、銀行に向き直る。

 

「・・・で、今・・・中はどうなってるんだ?」銀行を睨んだままで、ダンフウに訊ねる。

「ま・・・見てみるか」ダンフウは懐から呪符を取り出し、小さく千切って真ん中で捻った。

 片手で印を作り、起動呪を唱える。呪符がパタパタと羽ばたいて、宙を舞った。

 ダンフウは、蝶を模した偵察呪符を作ったのだ。

「よし・・・行け」

 指示を受けて、呪符は銀行へ飛んだ。


「こっちだ」ダンフウは、ウォンを車の陰へ手招きした。

 そこには折りたたみの机があり、その上には投影玉が設置してあった。

 ダンフウが起動呪を唱えると、その投影玉に、呪符が撮影した映像が映し出された。

 映像はフラフラと揺れながら、銀行の中に入った。天井近くを飛行しているらしく、俯瞰図の映像が続く。結界の影響で、画像がひどく乱れていた。

 入り口を抜けて、すぐの大広間は、中央のカウンターで客側と従業員側に仕切られている。

 その、カウンターの従業員側の、奥のほうに・・・チェンフーが倒れていた。

 床に、血溜まりができていた。警備隊の制服の太腿の部分が、血で濡れている。

 まだ出血が続いているようだ。


 チェンフーの頭のすぐ後ろに、鳥の面を被った男が一人。面の嘴と伸ばした右掌を、チェンフーの頭に向けている。

 あとの二人は、カウンターのすぐ側の、従業員側にへばりついていた。一人は猿の面を、もう一人は犬の面を被っている。

 三人はお互いに、3〜5メートルの距離を取っていた。

 ふと、猿の面を被った男が、天井を見上げた。面の奥の目が、ニヤリと笑っている。

 映像が急に下降して、猿の面の男が大写しになった。

「くそっ・・・まただ」ダンフウが呻く。

「どうした?」

「駄目だ。呪符の制御権を奪われた」ダンフウの顔に、汗が滲んだ。

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