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グレイソウル  作者:
83/148

救出・4

 ウォンにとってこの程度のことは、普通の人間が「んーっ」と伸びをする程度のものなので、上の空でもできてしまうのだ。

 そのまま居眠りをしそうになっていたウォンは、階段を駆け上がってくる足音を聞きつけて、ハッと我に返った。

 ここは5階建ての集合住宅の最上階で、昇降機はついていない。

 ウォンは事務局を起ち上げる時に、親元を離れてこの部屋を借りたのだが、何しろまだまだ稼ぎが少ないので昇降機のついた集合住宅など、家賃が高くて入れなかったのだ。

 そして、階段を昇って来るのは・・・ウォンには、すぐに分かった。


「・・・スーチャオ?まだ、銀行は開いてる時間だぞ・・・何か、あったのか?」

 その足音。氣の乱れ。部屋に近付くにしたがって聞こえてくる、荒れた息遣い。

 全てが異状だった。

 ウォンは椅子から静かに飛び降りた。宙に浮いていた3本の足が、ゴトリと音を立てて床に落ちる。

 だがその音が無かったとしても、ウォンが着地する音は、誰にも聞こえなかっただろう。

 ウォンは姿勢を正すと、友人を迎えるというよりは、仕事用の顔で扉の前に立った。目を閉じて、スーチャオの氣配を読む。

(やはり、おかしい)ウォンは、静かに扉を開けた。


 スーチャオは、扉から3メートルの距離にいた。

 青を基調とした、銀行の制服を着ている。

 そして、その制服の青に負けないぐらい、顔色が青い。

 息を弾ませて、大汗をかいている。どこからかは分からないが、とにかくここまで一気に走ってきたのだろう。

 それなのに顔色が青い。

「お願い、ウォン・・・」言葉が続かない。

「とにかく、入って・・・落ち着け」ウォンが手を差し出す。

 だが、スーチャオは首を振って、部屋に入ろうとはしない。

「時間が無いの。急いで、戻らないと・・・」

 その時、事務局の通信器が鳴った。


「ちょっと待ってくれ」ウォンは、すがる様な目のスーチャオを片手で制し、扉を開けたままで部屋に戻った。

 通信は、顔馴染みの警備隊員のダンフウからだった。

「ウォンか。すまんが、今すぐ手を貸してくれ」

 妙に焦ったダンフウの声と、扉の隙間から覗いているスーチャオの不安気な顔が、ウォンの第六感を刺激した。

「・・・ひょっとして、銀行強盗か?」

 ダンフウの驚きが、通信器から伝わって来る。

「よく分かったな」

「そこの行員が一人、こっちに来てる」

「ああ・・・なら、話は早い。すぐに・・・」

「おう。急いでそっちに行く。あー、ジエティン通りのライリウ銀行だよな?」ウォンはそう言いながら、スーチャオのほうを見る。

 スーチャオがバネ仕掛けの人形のように、ぎこちなく頷く。

「ああ、そうだ」ダンフウの声が、スーチャオの動きとシンクロするのを見て、ウォンは口の端で小さく笑った。

「3分で着く。細かい状況は、そっちで聞こう」

「ああ、急いでくれ」

 

 ウォンは通信器を切ると、スーチャオの側へ駆け寄った。

「ウォン、早く戻らないと・・・」

「ああ。だから、ちょっと乗り心地は悪いぞ」

「え?」

 ウォンは素早くスーチャオを抱きかかえると、廊下の手摺りをヒラリと跳び越えた。

「ちょっ・・・ウォン!ここ、5階・・・」

 スーチャオが叫んだ時には、二人はもう空中にいた。

 ウォンは落下しながら旋回し、建物のほうを向くと、4階の手摺りに足を引っ掛けた。

 そのまま一旦減速して、また落下しながら後方に宙返りをする。

「きゃーあ、あ・・・」

 スーチャオの悲鳴を無視して、ウォンは3階の壁を蹴った。

 凄まじい加速が付いて、二人はしばし水平に飛行し、やがて放物線を描いて落下した。

 落ちた先は、ウォンの住んでいる集合住宅の、道向かいの邸宅の屋根だった。

 ウォンはスーチャオを抱えたままで、屋根伝いに銀行へ向かって走った。

 ただでさえ速いウォンが、ほぼ直線コースで走るのだから、車よりよほど速い。

 

「さてと。走りながら、少しでも状況を聞いておこうか・・・銀行で、何があった?」ウォンは進行方向を睨んだままで、スーチャオに訊ねた。その目は既に、ライリウ銀行の影を捉えていた。

「強盗よ。3人組の」

「ふん。警備員は?」

「やられたわ。・・・あっという間に、氣弾で撃たれて」

「氣弾遣いか。3人共、そうか?」

「ええ。・・・一時間ぐらい前よ。いきなり、その3人が入ってきて、氣弾を何発も・・・壁とか、天井に向けて撃ったの」

「人じゃなくて?壁や天井を撃った?」

「ええ。警備に雇ってた武術家が、3人いたんだけど・・・その、強盗を取り押さえようとして、それで彼らは撃たれたの。それ以外は・・・抵抗しなければ、人は撃たなかったわ。・・・最初の内は」


 話しているうちに、スーチャオは落ち着きを取り戻し始めていた。

 ウォンがスーチャオに状況を聞いた目的は、情報収集よりも、むしろこちらのほうだった。

「最初のうちって、他にも誰か撃たれたのか?」

「ええ・・・チェンフーが・・・」

「チェンフー?あいつが?で、怪我の具合は?」

「分からないの・・・でも、ひどい怪我なのよ・・・だから、早く助けないと・・・」

 またスーチャオが取り乱し始めた。

「助けるって・・・じゃあ今、チェンフーは・・・」

「銀行の中よ。強盗と、一緒にいるわ・・・チェンフーは、私達の・・・銀行にいた人達の代わりに、人質になったの」

「ちっ・・・あいつらしいな。すまんが、警備の武術家が撃たれた辺りから、順を追って説明してくれ」


「うん・・・3人組は、武術家を倒してから、大きな袋を三つ出して・・・『この袋に、金を詰めろ』って」

「ベタベタな奴らだな」

「それで、みんなで袋にお金を入れてたら、警備隊が来て・・・銀行を取り囲んだの。強盗は、驚いてたわ」

「何を驚くんだ?そんなに派手に氣弾をブッ放しゃ、当然そうなるだろ」

「それで・・・チェンフーが来たの。鎧ひとつ付けずに、武器も持たずに・・・『自分が人質になるから、他の人間は解放してくれ』って」

「・・・お前がここにいるってことは、強盗共は、その要求を飲んだ?」

「そうよ」

「妙な所で分別のある奴らだな」

「それで・・・私達が銀行を出て、チェンフーが一人になって・・・そしたら、あいつらの中の一人が、チェンフーの足を撃ったの」

「ん・・・」

「だから今、チェンフーは動けないのよ。どのぐらいの怪我かは分からないけど、手当てしてもらってるとは思えないし」

「そうだな」

「出血が続いてるようなら、グズグズしてたら命だって危ない・・・」


 そこで、ウォンは大きく跳躍した。

 着地したのは、ライリウ銀行を包囲する警備隊員やその車の、ど真ん中だった。

「ウォン!早かったな・・・」ダンフウが、手を上げながら叫んだ。

 ウォンは滑るようにダンフウの側へ移動してから、スーチャオを下ろした。

「えーと、チェンフーが一人で人質になって、足を撃たれたとこまでは聞いた。今の状況は?」

「悪いね。・・・実に、手際のいい連中だ」

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