再会・9
「フェイ?どうしたの?」
パイの問いかけは拍手にかき消され、フェイはそそくさと食堂を出た。
パイは慌ててその後を追う。
フェイは、食堂の扉のすぐ脇で、壁にもたれて俯いていた。
「フェイ。・・・あの・・・シュウさんの鋼皮功って、すごいよね」
「ええ・・・でも、無茶苦茶です」
「・・・え?」
「僕は・・・さっき、シュウと散手をした時に・・・なぜ、シュウがあれほど見事なタイミングで、僕の攻撃を硬氣功で受け止められるのかが、分かりませんでした。・・・でも、今の演武を見て、その謎が解けました」
「謎?」
「はい。・・・そもそも硬氣功というのは、武術の実戦で使うには難しい技術なんです。何故なら、硬氣功によって耐久力が高められるのは、氣を集中させた一点のみで・・・しかも、原則としてほんの一瞬しか、その耐久力を維持できません」
「う・・・でも、喉に槍を突き立てて、グイグイ押し付けるような演武とか、見たことあるわよ?あれって、一瞬じゃないでしょ?」
「ああいった類の演武ができる人は、本当はもっと高い耐久力を発揮できるんです。耐久力の最高値を維持できるのは、やはり一瞬です。・・・そして致命的なのは、耐久力を上げようと思ってから、実際にその部分に氣が集中するまでに、僅かながらタイムラグがあるということです」
「あ、そうか。・・・それじゃ、いつ、どこを打ってくるか分からない実戦じゃ・・・」
「そうです。硬氣功を使うのは、非常に難しいんです。・・・でも、シュウの『鋼皮功』は、ただの硬氣功じゃないんです」
「・・・って、どんな風に?」
「硬氣功は普通、耐久力を上げようとする一点に、氣を集中させることで成立します。ところが、シュウは・・・練り上げた無極之氣を膨張させ、全身に張り詰めた状態にすることで、強制的に・・・全身を、持続的に硬氣功の発動状態にしているんです」フェイは、ゾッとするような表情で首を振った。
「それって・・・結構、危ないんじゃないの?攻撃を受けた時のダメージは軽減できても、自分の技自体で、自滅しそうな・・・」パイにも、その程度の想像はつく。
「そうです。体にかかる負担が、あまりにも大きい・・・文字通り、命を削って使う技です。恐らくシュウは、シバを倒せれば・・・いや・・・はっきり言うなら、シバを殺すためなら、死んでもいいと思っています」
「いや、それは・・・まずいでしょう。やっぱり。・・・そりゃあ奥さんを殺されたわけだから、そういう気持ちになるのも、無理ないかもしれないけど・・・」
「ユエのことだけじゃ、ありません。シュウは第九機動部隊隊長として、シバの襲撃の場に居合わせられずに・・・・自分の部下や、仲間が大勢殺されたというのに、共に戦うことができなかった・・・そのことに、深く責任を感じています。だから・・・心のどこかに、自分自身を痛めつけなければ気が済まない、と・・・そういう思いがあるのでしょう」
「うーん、じゃあ・・・ランさんのことは、仕方ないのかなあ」パイが、少し口を尖らせる。
「・・・え?」
「いやー、・・・思うんだけどさ。多分、あのランって人、シュウさんのことが好きでしょ。だから、ずっとシュウさんの修行に協力してきたんだろうけど。でもその協力って、『鋼皮功』の性質からして、シュウさんをドツキ回したり、氣弾でぶっ飛ばしたりとか、そういうことでしょ?」
「・・・分かりますか」
「何となくね。ランさんて、シュウさんの側にいるのが、嬉しそうなんだけど・・・でも、辛そうなのよ」
「・・・中々鋭い観察力ですね」
「んー、というより、女の勘かな」
パイの言葉に、フェイは目を丸くして・・・フ、と笑った。
「あら、何が可笑しいのよ」
「いえ・・・随分前に、ユエも・・・妹も、似たようなことを言ってましたから」
「げげっ。・・・じゃあユエさんて、ランさんが、自分の旦那のことを好きなのを、知ってたの?」
「はい」
「う〜ん、じゃあランさんのほうも、自分の気持ちが奥さんに気付かれてるって、何となく察してたかもしれないなあ」
「・・・え?ああ、言われてみれば」フェイは、少し驚いていた。
彼は優れた観察力で、ランのシュウに対する思いを見抜いていた。だが、ランがその思いを表に出さないのは、単にモラルの問題だと思っていた。
しかしフェイの知らぬ間に、ユエはランの気持ちに気付いていた。ならばランのほうでも、自分の気持ちがユエに見抜かれていることに、気付いていたかもしれない。
「だからさ、ランさんには、ユエさんに対して後ろめたい気持ちがあると思うのよ。で、結局ランさんは、シュウさんの修行に協力はするけど、自分の思いを打ち明けたりはしない・・・うん、してないと思うのよ。私が見る限りでは」
「ええ。僕もそう思います」
「たださあ、シュウさんがね。ランさんの、そういう気持ちを知った上で、知らん振りして修行の手伝いをさせてたとしてら、ちょっとムカつくなあって思ったのよ・・・でも、同じ機動部隊の仲間の仇を討つためってことなら、それはランさんにとっても共通の目標でしょ?じゃあ、やっぱり仕方ないのかなあ・・・いや、いっそシュウさんが、マジでランさんの気持ちに気付いてないようなら、まだ救いがあるんだけど。でも、いくら女心に鈍感な奴でも、5年も一緒に修行してたら、さすがに・・・うーん、男の気持ちはちょっと読めないなあ」
「いや・・・見事なもんです。女の勘も侮れませんね」
「へへ、そうでしょ」
「まあ・・・シュウの気持ちは、僕のほうが分かります。・・・確かに5年もあれば、いくらシュウでも、ランさんの気持ちに少しは気付いています」
「あ、やっぱり」
「ただ、シュウはその手のことには鈍感ですから、確信してはいません。そして、それを確認するつもりもありません。シュウにとって最優先なのは、シバを倒すことだからです」
「・・・うん」
「そのためなら、シュウは手段をいとわなかった。・・・それに、ユエを守れなかったことや、機動部隊の仲間の死に対する責任感・・・そういったことの全てが、シュウに、あんな危険な技を選ばせ・・・修得させたのでしょう」
「うーん、確かに、普通の人があんなことをしたら、相当ヤバイと思うけどさ。ひょっとしたら、シュウさんも『交渉』をして、地力を上げたりしてない?フェイが銀衛氣を身につけたみたいにさ」
「していません」フェイは、静かに首を振った。
「シュウは、魂と交渉をしていません。少なくとも、交渉に成功はしていません。・・・僕自身が、交渉に成功してから分かるようになったんですが、魂との交渉を成立させた者には、独特の雰囲気があるんです。ムイさんもそうでしたし」
「へえ。そんなの分かるんだ?じゃ、ラウさんやウォンさんは?あの二人も、いい加減人間とは思えない力があるじゃない」パイは努めて明るい声で、話題を変えようとした。フェイが気の毒だというのもあったが、何よりもパイ自身が、重苦しい空気は苦手だったからだ。
「あの二人は・・・ラウさんは、本当に天才ですね。彼は魂との交渉をしていません。それでも、『華炎』を編み出したんですから。でも、ウォンさんは・・・」
「ま、人が何か、飛び抜けた力を得ようって裏にゃ、それなりの理由があるってことだな」突然食堂の扉が開き、ウォンが顔を出した。その横に、ウォンが連れてきた女もいた。