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グレイソウル  作者:
77/148

再会・8

「ふん。まあいい。お前のおかげで、右足のコンディションは完璧になったんだからな。これでチャラだ」

「・・・はあ」

「ま、いきなり完璧になり過ぎたんで、全身の動きとの連動を微調整せにゃならんがな。2〜3日かかるかな。錬武祭の当日には、余裕で間に合うがな」

「あ、その辺の調整は、僕も手伝いますから」

「おう。当てにしてるぞ・・・ところで、シュウ」ウォンは今度は、シュウに声をかけた。

「え?俺ですか」いきなりウォンに名指しされて、シュウは慌てて姿勢を正した。

「おいおい、そう固くなるなって・・・いや、硬くなるのがお前の十八番だったか」

「いや、まあ・・・」

「ウォンさん、面白くありませんよ」パイの口がへの字になる。


「うん。ま、何でもいいや。お前も何かやってみせろ」

「えっ?今?ここで?」

「そうだよ。今やらずに、いつやるってんだ?あのラウの旦那に前座をやらせて、俺がつないで、フェイの職人芸が出て、その後の真打ちだからな。滑ったら大変だぞー」

「・・・ウォンさん、子供の頃、いじめっ子だったんじゃないんですか」パイがちょっぴり白い目でウォンを見た。

「わははは。人聞きの悪いことをいっちゃあいけませんよ。俺はね、宴会を盛り上げたいだけなんですから」これは本音だった。ウォンは、こういう部分は非常に単純にできている。


「分かりました。・・・じゃあラン、ちょっと手伝ってくれるか」やれやれといった表情で、シュウは窓際に向かって歩き出した。

「ああ・・・いいわよ」ランは果物を盛った皿を卓の上に置くと、シュウの後を追った。

 この、宴会場になっている食堂は、2階だった。シュウはランと軽く打ち合わせをしてから窓を開けると、ヒラリと飛び降りて石畳の上に立った。

 チュアン国の警備隊本部の敷地は、ほぼ200メートル四方の広さがあり、周囲は3メートル弱の高さの壁で囲まれている。

 その敷地のほぼ中央の30メートル四方ほどの中に、本館と別館が納まっていた。

 食堂の窓は正門に面してはいないので、シュウが今立っている場所は錬武祭の闘場には、まずならない。しかし、とにかく建物から壁まで、80メートル近くの隠れ場所のない空間が広がっている。


 シュウは上着を脱ぎながらズンズン歩き、建物と壁の中間辺りで立ち止まると、上半身が裸の状態で振り向いた。

 その間に、宴会場にいた面々は皆、窓際に集まっていた。

(まっ、立派な体だわっ・・・)パイの口元が緩む。

「うむぅっ・・・あいつめ、中々上手いつかみじゃないか。俺も脱ぎゃよかったかな」ウォンが悔しそうに顎をさすった。

「しかし、すごい量の傷ですね」ラウが、広げた扇を口元に当てて、フェイに囁く。

「はい。・・・あれじゃ、怪我で寝込んでいる時間も、かなりあったでしょう」フェイが眉をひそめた。

 夜の闇に紛れて、殆んどの者にはよく見えていなかったのだが、確かにシュウの体には大小さまざまの大量の傷痕があった。大きさだけではない。真っ直ぐな傷。捩れた傷。盛り上がった傷。凹んだ傷。黒っぽい傷。まだ、赤みがかった傷。

 5年間、拳脚や氣弾、刀、槍などの攻撃を受け続けた、そんな修行の痕だった。


 ランはシュウが飛び降りた窓際に立つと、左掌を外へ突き出してシュウに向け、意念を凝らした。右掌を腰に取り、静かに呼吸を整えながら、氣を練る。

 次第にランの両掌が輝き始める。氣を練り込むに従って、その輝きは強くなっていった。

 反対に周囲のざわめきは減って、静かになりつつある。

 10秒。20秒。まだ、ランは氣を練り続けている。

 30秒を越える頃、一度静かになったざわめきが、また大きくなり始めていた。

 ただ、ざわめきの内容は統一されていた。・・・皆一様に、ランの練っている氣の破壊力の大きさに、驚きと不安を感じていた。

「・・・ねえフェイ。あの、ランさんが練ってる氣弾って、・・・ちょっと、ものすごくない?」パイも、少々不安を感じていた。

「はい。今の時点で、ムイの閃飛角と同じか・・・ひょっとしたら、それ以上の破壊力がありますね」


「そうよね。・・・宴会の余興にしては、本格的過ぎない?ていうか、危なくない?」

「そうでもないでしょう。あれは金氣の『光』ですから、効果範囲を正確に絞れますし。それに、この位やらないと、シュウの力の凄さは伝わらないということじゃないでしょうか。・・・シュウとしては、これはある種の自己紹介でもあるんでしょう。ウォンさんも、そのつもりでシュウに振ったんでしょうし」

「ふーん。でも、自己紹介ってことなら、あのランさんも結構インパクトあるわよ。あんなものすごい氣弾を撃てるってのを、公開しちゃってるわけだし。錬武祭でも、戦力として当てにできるんじゃないの?」

「氣弾の威力だけを見れば、確かに大したものです。しかし・・・溜め時間が長過ぎます。いつ、どんな場面でも出せる技ではありませんから・・・使い処は難しいですね」

 その言葉を聞きつけたランは、氣を練りながらフェイを見て苦笑した。

「そう。・・・威力を欲張りさえしなければ、もっと早く撃てるんだけどね。それじゃ実行委員に当たっても、倒れてはくれないし」

「いや、でも、足止めはできるでしょう」


「ふふ。そうね。・・・でも、今撃とうとしてるのは、本気で倒すための氣弾・・・槍光穿」

 そこでランはシュウに向き直ると、右掌を突き出した。ブレないように左手で右手首を固定する。

 ランの右掌から、白く輝く氣の帯がほとばしる。それは、真っ直ぐにシュウに向かい・・・その胸を直撃した。

 悲鳴にも似た歓声が上がる。

 だが、シュウは平気な顔をして、微動だにしない。

 ランは照準を細かく調整して、槍光穿の狙いをシュウの胸から腹へと移動させた。それでもシュウは涼しい顔をしている。

 フェイとラウは、目を丸くしていた。ウォンはその上に、口を半開きにして驚いている。


「あの、ちょっとフェイ、確かあの・・・槍光穿とかっていう氣弾、閃飛角ぐらいの威力があるって・・・」パイの声が上ずっている。

「・・・はい。しかも閃飛角のように、氣の塊りが一発飛んで終わり、という技ではありません。高い威力を持った氣が、帯状になって持続的に放出されています。押し寄せる、波のように・・・シュウの受けている勁力は、相当な量になる筈です」

 フェイが説明するまでもなく、槍光穿の威力は、見る者全員に否応無く伝わっていた。そしてその勁力の直撃を受けてなお、平然としているシュウの耐久力もまた、見る者の胸に刻まれていた。


 そして槍光穿の放射は、10秒、20秒、30秒と続いた。その間にもランは、適当に照準を移動させ、命中箇所を不規則に変化させていた。

 40秒ちょっとで、ようやく槍光穿の放射が収まった。ランは額に玉の汗を浮かべ、肩で息をしている。

 シュウもさすがにホッと一息ついているようだが、ダメージを受けた様子はなく、石畳の上に置いた上着を取ると、窓際に並ぶ面々に向かって一礼をした。

 皆、それで目が覚めたように拍手を始める。

 シュウは拍手を浴びながら、上着の袖に腕を通しつつ、窓のほうへ歩を進める。

 その間にフェイは、黙って食堂の出入り口へ、小走りに駆けていた。

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