再会・7
「おっ、そうか?うん、じゃあ、あれは曲芸だ」
「相変わらず、軽い人ですね・・・ところで、そちらの女性は?」パイは訊ねながら、皿に新しい春巻きを取る。
「ああ、旅館からここに来る途中で、見かけましてね。ナンパしました」
「あ・・・やっぱり」
「あはは。だって、警備隊本部内で、シュンヤン楼の料理で宴会なんて、面白そうじゃない?ラウさんもいるっていうし。本当、ラウさんの舞をこんな近くで観られるなんて、ラッキーだわ」
「あ、それは言えてる」
「おい、俺の曲芸はどうだったんだ?」
「あー、あれもすごかったです」パイが春巻きを食べながら答える。
「ちっ・・・おい、フェイ」
「え?はい、何でしょう」いきなりウォンに睨まれて、フェイは慌てた。
「お前が余計な種明かしをするから、パイさんの受けが今ひとつじゃないか」
「そんな、無茶な・・・手品じゃないんだから、種明かしも何もないでしょう」
「やかましい。罰として、お前も何かやってみせろ」
「えっ?無理ですよ。僕は人前で見せるような芸なんて・・・」
「お〜い、これからフェイが、すごい芸を見せてくれるってよー!」ウォンが怒鳴った。
「ウォンさん、これって一種のイジメなんじゃ・・・」パイが、また春巻きを皿に取りながら呟く。どうやら春巻きが気に入ったようだ。
その間にウォンの大声で、食堂内のざわめきが静まり、フェイに視線が集中する。
フェイは溜め息を吐いて観念した。「仕方ありませんね。本当は、もう少し後でするつもりだったんですが・・・」
「え?何だ、やっぱりフェイも、何か芸を用意してたの?」
「してません。・・・後でというのは、宴が終わった後で、という意味です。・・・ウォンさん、右足を診せてもらえますか」
「ほほう。俺を指名するとは、いい度胸だ。言っておくが、俺は生半可な手品では驚かんぞ」
「だから、そういうのじゃありませんって・・・とにかく、右足を」フェイはしゃがみこむと、ウォンの右足を手に取り、靴と靴下を脱がせた。
その足に刻まれた無数の傷痕に、静かなどよめきが起こる。
フェイは、左手でウォンの右踵を包むようにして少し持ち上げ、右掌を探るように動かして、診察をした。ウォンは左足一本で立ったまま、身じろぎもしない。
「うん・・・やっぱり・・・」フェイが呟きながら呼吸を整えると、右掌が白く光り始めた。
「・・・お?」ウォンが目を丸くする。
フェイは、その声すら聞こえていないような・・・それほど深く集中している。
彼は無極之氣を右掌に込めて、ウォンの右足を治療していた。
擦ったり、つまんだり、大衝穴や臨泣穴、京骨穴などに点穴をして・・・ほんの1分ほどで終わった。
フェイは軽く呼吸を整えて、無極之氣を消した。
「さあ、ウォンさん。ちょっと、右足の調子を確認してもらえますか?」
「・・・うむ」ウォンは両手を腰の後ろで組んだまま、右足をヒョイと顔の高さまで上げた。
その足には、もう傷痕は殆んど残っていなかった。
「ふふん・・・」ウォンがニヤリと笑うと同時に、その右足が消えた。
いや、食堂にいた殆んどの者には、消えたとしか思えなかった。
少し目のいい者には、ウォンの足が何本にも見えて、その残像を追うことができた。だがそれもウォンの右足の指が、床に置かれた靴と靴下を、まとめて掴むところまでを捉えられればいいほうだった。
ウォンが右足で掴んだ靴と靴下を真上に放り投げ、それが3メートルの高さの天井に当たる瞬間まで見えたのは、ウォン本人とフェイ、ラウ、それにシュウだけだった。
それ以外の者は、ウォンの頭上でビシッという乾いた音が鳴って初めて、天井に視線を向けていた。
「よっ・・・」ウォンは冗談めかした掛け声に合わせて、落ちてきた靴下と靴に蹴りを入れた。これも殆んどの者には、二筋の閃光が縦に同時に走ったようにしか見えなかった。
ウォンは、空中での靴下と靴の動きを見極め、蹴りを出し、その右足を靴下と靴の中に滑り込ませていた。そこまで見えていたのも、やはりウォン本人と、フェイ、ラウ、シュウだけだった。
ウォンは微笑みながら、右膝を高く上げ、つま先を伸ばした足を軽く振った。その足が、元通りに靴下と靴を履いているのを見て、周囲からどよめきと拍手が起こった。
「この拍手は本来、フェイに向けられるべきものなんだがな・・・」ウォンは呟きながら、ゆっくりと右足を下ろす。
「いや・・・さっきの、杯を頭に載せて跳んで回ったのより、今のほうがすごいかも」パイが春巻きを箸で掴んだままで、首を捻る。やっぱり春巻きが気に入ったようだ。
「ハハハッ・・・フェイの治療に比べりゃ、こんなのは文字通り余興だね・・・おいフェイ。いつ、俺の足の調子に気が付いたんだ?」
「・・・ウォンさんと、手合わせをした時・・・最初に、右の蹴りを捌いた・・・捌ききれませんでしたけど。その時からです。何か、右足を庇っているように感じたんです。で、その後の攻防と、さっきの・・・杯を頭に乗せたままでの飛び蹴りを見て、ほぼ確信しました。ウォンさんの右足は、万全ではないと。診たところ2ヶ月ほど前に、相当な重傷を負ったようですね。原因までは、ちょっと分かりませんが・・・」
「ハハ・・・そこまで分かりゃ、大したもんだ。確かに2ヶ月前、俺は修行中に、ちょいと下手をこいてなあ。それで右足を壊しちまったんだ。この怪我がなけりゃ、ティエン国の錬武祭にも参加したろうな」
「え?そうだったんですか?ちょっと、ウォンさんが参加してたら、絶対状況は違ってましたよ!」
「んー、どうかな。俺が出るとなると、実行委員の連中も、フェイの時みたいに一人ずつでかかるなんて、トロい真似はしなかったろうからな。仮にこの足が万全だったとしても、やっぱりフェイの力を借りなきゃならんかったかもしれん。認めたかあないが・・・あいつらは、強い。投影玉の映像だけでも、そのぐらいは分かる」ウォンは自分の力に、絶対の自信を持っていた。だがそれでいて、敵を過小評価することもなかった。
その軽薄な言動とは裏腹に、ある意味臆病ともいえるほどの慎重さが、彼にはあった。
「しかし・・・それじゃウォンさんは、足の調子が悪いのをおして、今度の錬武祭に参加されるつもりだったんですか?そんな危険な・・・」ドンヅォが心配そうに、首を振った。
(ううっ・・・あの顔だと、心配そうというより、脅してるように見えるわ)パイがまた失礼な想像をした。
「いやいや、武術家ってのはそもそも危険な仕事だが、だからって負けると分かってる喧嘩をする気は無いんでね。ちゃんと、普通に戦える程度には調整してたさ」
「ええ。治療しなくても、本気を出されたら、僕じゃ敵いません」フェイが肩をすくめた。
「ふふん。銀衛氣が発動してなけりゃ、な」
「えっ?いや、そんなことは・・・」
「謙遜するなって。あの、銀衛氣を込めた拳の一撃は、俺から見ても脅威だ。だから、その状態でのお前とやってみたかったのに・・・」
「そんな・・・無茶言わないでください」