表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイソウル  作者:
74/148

再会・5

「・・・自慢になりませんよ。パイさん」いつの間にか、杯を片手にしたフェイが、側まで来ていた。

 フェイの顔は、ほんのりと赤かった。酒に強いフェイの顔色が変わるのだから、そこそこ飲んだということだ。

「自慢じゃないわよ。自虐よ、自虐。大体フェイだって、実行委員の不意打ちはないって思うから、お酒を飲んでるんでしょ?」

「まあ、そうです」フェイは、近付いてきた給仕に空の杯を渡し、新しい杯を受け取った。

「ハッハ・・・いや、我々だってね、不意打ちなんかされたら、結局はあなた方に頼るしかないだろうなと、本音では思っとるんですよ」ドンヅォも一気に杯を開け、新しい杯を受け取った。

「うん。はっきり言ってそうでしょ」パイは饅頭をかじった。

「だから、宴会はここでやるんです・・・ここなら、万が一不意打ちされても、犠牲になるのは我々だけで済みます」

「・・・あ」

「シュンヤン楼みたいな繁華街の真ん中で不意打ちされたら、民間人の犠牲がどれほど出るか、分かったもんじゃありません」


「う・・・気持ちは分かるけど、不意打ちされたら負け確定って前提での用心って、辛いですねえ」相変わらずパイは、失礼な言い方をする。

 ドンヅォとフェイは、苦笑しながら杯を口に運んだ。

 しかし彼女は、ティエン国の警備隊員として、錬武祭で戦い・・・左腕を切断されたのだ。すぐにフェイに繋げてもらいはしたが、もはや彼女はティエン国警備隊の、非力の象徴とさえ言える。

 だからチュアン国警備隊の無力さを語る言葉にも、嘲笑の意は全く無く、100パーセント純粋に、悔恨の情がこもっている。

 聞いているほうにもそれが伝わるから、怒る気にはなれないのだ。


 突然、食堂の一角から、「おおっ」という感嘆の声が上がった。

 皆が声につられてそちらを見ると、宙に花びらが舞い・・・いや、それは華炎だった。

 その静かな迫力に、食堂の隅から中央の空間まで自然に人波が左右に分かれて、一本の道のようになった。

 その道を、扇を携えたラウが、ゆっくりと・・・重厚な足取りで歩を進める。

 やがて食堂の中央に立ったラウは、「では・・・景気づけに、一差しお目汚しを」と呟き、扇をサッと開いた。

 その動きに合わせて、華炎が噴水のように舞い上がる。

 右に。左に。扇を振り、華炎を揺らす。更に、ラウ自身も縦横無尽に歩み、跳び、旋回する。

 ラウが普段演じている舞台と比べれば、この食堂は決して広くはないのだが、それでもラウの動きは充分に伸びやかで、狭苦しさなど感じさせない。

 ラウの服の袖が、裾が、優雅な動線を描き、華炎がそれらを彩る。


 そして、扇。

 広がった扇は、ラウの操作ひとつで複雑な面をつくり、時には空間を削りもした。

 また、閉じた扇は筆になり、笛になり・・・その仕草で、実際に空間に書が浮かび、音楽が奏でられたかのように思えた。

 ラウが閉じた扇を、ひときわ鋭く振る。すると扇は、瞬時にその影をしなやかな剣へと変化させ、邪氣を切り裂いた。

 いや、剣はまだ理解できる。

 ラウが扇の操作をまた変化させると、何と今度は・・・30センチほどの長さしかない筈の扇が、3メートルはあるような大槍と見紛うような動きを始めた。

 何故、扇が槍に見えてしまうのか。見ている者の誰にも、その現象を理解できない。

 ただ感嘆するばかりだ。

 いや、ラウ本人ですら、扇を槍に見せる理論など知りはしない。

 ただ強烈な一念を持って、舞の中に大槍を表現し、より手強い邪氣を突き、払い、切り裂くのみだ。


 華やかな酒食のお陰で、隠されてはいたが・・・宴の会場となっているこの食堂には、かなりの量の邪氣が渦巻いていた。

 実行委員の工作とか、そんなものではない。ここにいる警備隊員や役人連中の、錬武祭に対する不安と焦り・・・それらが重く、暗く混じりあい、邪氣となっていたのだ。

 ラウが舞を終える頃には、周囲の氣はすっかり浄化されていた。

「お粗末さまでした・・・」舞を収め、ポツリと呟いて下がるラウに、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

「舞と武は、相通じるものがあるといいますが・・・実際、こういう形の『強さ』というのが、あるんですね」フェイは感服して呟き、また杯を口に運んだ。酒の味までが、一段上がったように感じられた。

 パイなどは、食べるばかりで酒など飲んでいないのに、顔を紅潮させてポーッとしている。ただ、それでもその顎は、胡麻団子を噛み続けていた。


 ラウへの拍手が静まり始めたところで、パン、パン、パンと弾けるような手拍子が響いた。

 手拍子を打ったのは、ウォンだった。

「いやー、見事なもんだな。ラウの旦那の舞を生で観せてもらったのは、これが2度目だが・・・また、腕が上がったんじゃねえのか?」

「あれ?ウォンさんとラウさんって、以前に会ってたんですか?」パイが訊ねる。

「会ったといえば、会っていますが・・・言葉を交わすのは、今日が初めてです。確か、3年程前でしたね」

 ラウの答えに、ウォンが軽く舌打ちをした。「ふん。やっぱり、気付いてやがったか・・・いやね、パイさん。俺は3年前にルオヤン国まで行って、客として、ラウの旦那の舞台を観たんですよ」

「へえ。ウォンさんに、そんな趣味があったんですか?」

「趣味っつうか、ひとつ手合わせを申し込もうかと思ったんですよ。で、その前に舞台を観たと。言ってみりゃあ、敵情視察って奴だな」


「あの時は、緊張しましたよ。・・・あの頃は、私に挑戦してくる武術家の方が結構いらっしゃいましたが、あの日、客席から立ち昇っていたウォンさんの闘氣は、それまでの挑戦者とは別格でしたからね。何しろ、私の華炎が影響を受けるぐらいでしたから・・・舞台の上では、華炎の攻撃性は発現させないようにしているのに、それが自然に出てしまうんですよ。おかげで一緒に舞台に上がった舞踊家の何人かが、軽い怪我をしてしまいました」

「えっ?そうだったのか。そりゃ、悪いことをしたな」

「いえ。怪我をした者達に、事情を説明したら・・・風刃脚のウォンと、私の・・・ある意味では『共演』による華炎で怪我をしたのだと知ったら、みんな『一生の記念だ』と言って喜んでました」


「あの・・・それで結局、お二人は手合わせをしたんですか?」パイが、恐る恐る訊ねた。

「いや。実際に舞台を観て、確信したんだが・・・このラウって男は、済ました顔をしてやがるが、そこらの武術家よりも、よっぽど『負けを認めない』性質なんだな。だから、引き分けは許せても、負けは・・・自分が負けるのは、許せねえのさ。そんな奴とこの俺が手合わせをしたら、まず間違いなく、どっちかが死ななきゃ収まらんよ。それじゃつまらんから、舞台だけ楽しませてもらって、黙って帰ったんだ」ウォンは懐かしそうに笑った。

「おかげで、私も助かりました。あの日舞台が終わってから、控え室で・・・ウォンさんが乗り込んできたらどうしようかと、冷や汗ものだったんですよ。・・・あなたの闘氣が静かに遠ざかっていくのを確認するまで、生きた心地がしませんでした」

「本当かあ?もし俺が控え室に押し入ってたら、どうやって痛めつけてやろうかとか、そんなことを考えてたんじゃねえのか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ