再会・3
(その、シュウにダメージを与える役は・・・恐らくランさんが引き受けたんだろう。シュウの願いを叶えることが、シュウを傷付けることだなんて・・・ランさんは、どれほど辛かったろう)
そんなフェイの気持ちのもやもやを吹き飛ばすかのように、シュウは明るい声を出した。
「さすがだな・・・やっぱりお前の根本は、白仙だ」
「ええ」
「ちっ。せっかく一発殴ってやろうと思ってたのに・・・」
「勘弁してくださいよ。僕がシュウに一発でも殴られたら、命に関わります」
「そうかなあ。試してみるか?」シュウが、笑いながら2歩下がった。
「腕ずくで?」フェイも肩をすくめながら、3歩ばかり下がった。
「そうだ」
二人は3メートルほどの距離を取り、氣を整えた。
二人の周囲で闘氣が渦巻き、その中央でパパパパッ、と小気味よい音を立てて弾ける。
(本っ当に、ほのぼのとしてるわね)パイは苦笑しながら頭をかいた。
フェイとシュウは距離を保ったままで、格技室の中央へゆるゆると移動を始めた。
その動きに合わせるように、シュウと訓練をしていたチュアン国の機動部隊員が、「おい」「すげえな」「どうなる」と、口々に呟きながら、ぞろぞろと壁際に下がる。
フェイとシュウが格技室の中央に立ち、機動部隊員は壁際で一列になった。
シュウは前足に体重をかけ、両腕を伸ばす。
フェイは左足を半歩出すだけ。
お互いにお馴染みの構えだ。構えながら練り込んだ闘氣は、更に激しさを増し、二人の中央でバチバチッと乾いた音を立てた。
それが合図になった。
フェイとシュウは同時に跳び出していた。
シュウは、フェイの動きを捉え、迷わず右拳を打ち込む。
だが、さすがにフェイの反応はいい。シュウが5年をかけて磨き上げた感覚の、その上をゆく動きで、シュウの右腕の外にズレ込んだ。
すかさず左掌でシュウの右肘に粘り付き、崩しをかけながら、右拳を打ち込む。
その瞬間、フェイの体が閃光のように移動して、シュウの背後を取っていた。壁際の機動部隊員達から、オオッという歓声が上がる。
「うわっ、速い!」パイも思わず叫んでいた。ティエン国の錬武祭でも、フェイの速さは存分に見たと思っていたのだが、今回はそれ以上に速い。
「あいつ、本当はあんなに速く動けるの?」パイの顔は呆れるのを通り越して、笑顔になっていた。
「いや、あれは・・・フェイさん一人の動きじゃありません」パイの隣に立っていたラウが、口を開いた。
「え?でも、現に・・・」
「フェイさんが、バランスを崩さないからそう見えるんです。あれは半分はフェイさんが吹っ飛ばされてるんですよ。向こうで見ている機動部隊の方達は、身に覚えがあるんでしょうね。それを理解した上で、歓声を上げてます」
「でも、シュウさんは何もしてませんよ?」
「してるんですよ。これが、彼の『鋼皮功』の効果なんでしょう。硬氣功の発展形だと言ってましたが、確かに普通の硬氣功とは違うようですね」
もっとも、シュウの力に一番戸惑っていたのは、フェイだった。
フェイはシュウの右肘に粘り付き、崩しながら死角に入り、シュウの右脇腹に攻撃を入れるつもりだった。
ところがシュウが崩れないのだ。その分、シュウを崩すために加えた勁力が、フェイ自身に跳ね返ってきた。フェイはその勁力を、自分の移動のために上手く利用して処理したので、パイからはフェイが異常に速く動いたように見えたのだ。
フェイは自分の予想以上に大きく移動し、シュウの背後に回ってしまった。脇腹を狙って出した拳は、背中をかすっただけだった。
しかも、ほんの僅かだが、体勢が崩れていた。
(まあいい。それならそれなりに・・・)フェイは崩れた体勢を更に崩すように重心移動し、その力をそのまま左足に乗せ、シュウの右膝の裏に蹴りを入れた。
これでシュウは右膝を地に着いて、大きく崩れる筈だった。
だが、シュウは崩れなかった。逆に蹴ったフェイのほうが、後方に大きく飛ばされていた。
ただ、その姿勢が安定していたので、これもパイからは、フェイがシュウの右足を踏み台にして、自分から飛んだように見えていた。
「うわ・・・ねえラウさん、ああいうのも、相抜けっていうんですか?」
「・・・まあ、そう言えなくもありませんが・・・随分とゴツゴツした相抜けですね」
シュウは素早くフェイのほうに振り返り、構え直して・・・いや、構えを整える間も惜しむかのように、跳び出していた。フェイの着地際を狙うつもりなのだ。
シュウは瞬く間に距離を詰め、まだ空中にいるフェイに向かって左の前蹴りを出した。フェイは体を捻りながら、右掌でシュウの左足の外に粘り付く。
粘り付いた瞬間に、フェイの体の捻りが加速した。
「ほう・・・」ラウが、感心したように呟く。
「えっ?何が?」パイには、ただすごいということしか分からない。
その間にフェイは着地しながら、シュウの左足の外側を、転がるように旋回しながら移動して、シュウの左側面に入った。その勢いを利用して左の拳背を振り、シュウの後頭部へ打ち込む。
(さっきのウォンさんとの手合わせで、今と似たような形になって・・・ウォンさんは、蹴りで僕の拳を跳ね返したけれど、シュウにはあんな柔軟性は無いしな)などと・・・フェイは、ある意味余計なことを考えながら動いていた。
やはり相手がシュウだと、気持ちに余裕がある。
だが、左拳に走った鋭い衝撃が、その余裕を吹き飛ばした。
フェイが振った左拳背は、シュウの後頭部にクリーンヒットしていた。それなのにシュウは、ニッコリと笑いながら、フェイに顔を向けていた。
(そんな?・・・手加減してあるとはいえ、当たれば意識が飛ぶ程度には、勁力を込めた筈なのに?)
その、シュウの意識を飛ばすために込めた勁力は、またもやフェイ自身に跳ね返っていた。今度のは攻撃用の勁力だったので、反動も大きい。
フェイの体は軸ごとグラついていた。咄嗟に右足を大きく踏み出し、バランスを修正しながら、シュウとの距離を取る。
そのフェイを追うように、シュウは前蹴りを放った左足を地に降ろさず、素早くたたんでから後ろ蹴りに変化させた。
蹴りは真っ直ぐに、フェイの背中へ向けて伸びていく。
フェイはグラついた勢いの方向を体軸の捻りで転換させ、シュウとの距離を詰め直し、後ろ蹴りに加速がつく前に、背中を押し付けた。
(これがウォンさんなら、この体勢からでも必殺の蹴りが来るけど・・・ま、シュウなら!)
そこでフェイは浮身をかけ、両足を一瞬宙に浮かせてから・・・激しく、踏みおろした。
重く、鈍い足音は空気を震わせ、地響きが床一面に広がる。パイはその二つの振動をまともに受けて、ふらついていた。
そんな苛烈な踏み込みによって発生した勁力を、フェイは背中からの靠でシュウの左足に徹した。
「おっ・・・?」さすがに片足では、この勁力を完全に跳ね返すことはできなかったらしく、シュウは右回りに半回転して蹴りを引き、右前の半身になった。
だが、バランスが崩れた風ではない。
逆にフェイは、シュウを確実に「吹っ飛ばす」つもりで打ち込んだ勁力の殆んどを返されて・・・もっとも、それは想定内だったので・・・靠を放った姿勢のまま、5メートルばかり吹っ飛んで着地していた。こちらも、バランスは崩れていない。