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グレイソウル  作者:
71/148

再会・2

「シュウに限って、そんなことはありませんよ」フェイが少しムキになる。

 ドンヅォが、ポンと手を叩いた。

「そうなんですよ。もう、驚くやら情けないやら・・・ウチの精鋭を10人ばかりね。始めは一人ずつ相手してたんだが、勝負にならんのですよ。こっちの攻撃が届く前に、シュウって人の拳なり蹴りなりが、パンッと決まっちゃって。その一発で終わりですよ。しかも、打たれたほうは痛いというより、体が痺れて動けなくなったってんですからね。相当な実力差がなくちゃ、こんな真似はできません。で、ものは試しにってんで、10人がかりでシュウさん一人を攻めてみたんですよ。それでも結果は同じでね。もう見てる間に、10人が10人、体が痺れて床に転がされるってザマでね。・・・やっぱりアレですか。ペイジ国ってのはでっかい国だし、機動部隊も特別に強いんですかね」

「いや、シュウは特別なんですよ」フェイは満足そうに、何度も頷いた。

 パイはそんなフェイを見て、少し可笑しく、少し嫉妬のようなものを感じていた。(こんなに嬉しそうなフェイって、初めて見るな・・・フェイにとって、シュウさんって・・・友達っていうか、本当に頼りがいのある、兄貴なのねえ)


 間もなく、ドン、バタンという音と、鋭く勇ましい掛け声が入り混じりながら、廊下をこだまして響いてきた。

「そこの、奥の部屋です」ドンヅォが指差した先の、扉の向こうが格技室だった。

 フェイは思わず小走りになり、ドンヅォを追い抜いて、格技室の扉を開けた。

「シュウ・・・!」

 格技室の中央に、機動部隊員らしい5人の若者に囲まれた、精悍で筋肉質の男が・・・シュウがいた。

 シュウは、フェイと朝練をしていた時と同じ、警備隊の訓練用の服を着ていた。 

 だが、その服が作るシルエットは、以前のシュウとは違っていた。より大きく、それでいて無駄な肉はついていない。これだけで、シュウがどれほどの苦練を積んできたかが推し測れた。


 シュウはフェイの声を聞きつけ、弾かれたように扉のほうを見た。

 それと同時に、シュウを囲んでいた5人が、一斉にシュウに襲い掛かる。

「あっ・・・」パイが、小さく叫ぶ。

 だが、シュウはまるで5人の攻撃が目に入らないかのように、平然としていた。

 5人の・・・三つの拳と二つの蹴りが、シュウに向かって飛んだが、これらの攻撃は全く同時というわけではない。ほんの少しずつだが、時間差がある。

 シュウはその時間差を読み取り、早く到達する筈の攻め手から順に、掌でカウンターを合わせていた。

 ピピピッ、パパパンという乾いた音がして、5人は見えない壁にでも阻まれたかのように、その場に崩れ落ちた。

 フェイに気を取られた分、シュウの集中力は完璧ではなかった。だが、それでもこの5人の攻撃にカウンターを合わせるぐらいなら、簡単だった。


 シュウが鍛えたのは、硬氣功だけではなかった。

 山の中での生活は、シュウの五感を研ぎ澄まし、鋭敏にしていたのだ。そしてその研ぎ澄まされた感覚は、シュウの戦闘スタイルにも影響を与えていた。

 元々シュウは突き蹴りの連繋で相手を翻弄し、崩しながら、圧力で押し込んでいくタイプだった。そのシュウが、手数に頼らなくなっていた。

 とにかく、敵が自分の間合いに入ったら、打つ。

 研ぎ澄まされたシュウの五感は、そんな戦法を可能にしていたのだ。


 格技室の壁際には、警備隊・・・機動部隊員らしい男達が、まだ30人ばかりズラリと並んでいて、そこから「おおっ」という歓声が上がった。

 その殆んどは、シュウの鮮やかな技に対して発せられたものだったが、何人かは、フェイに気付いて・・・彼がティエン国の錬武祭で、実行委員を一人で倒した男だということを知った上で、歓声を上げていた。

「フェイ・・・!」シュウはフェイに歩み寄りながら、驚きと喜びの表情を浮かべた。

「久し振りだな、フェイ。・・・5年振りだが・・・お前は、ちっとも変わってないな」シュウはフェイに歩み寄り、手を取った。その手は・・・元々、ゴツゴツした手だったが・・・更に、ゴツさを増していた。

「本当に、久し振りです。シュウ、あなたは・・・ちょっと変わりましたね。一から鍛え直したんでしょう」

「ああ。・・・・しかし、『ちょっと』しか変わってないのか?自分としちゃあ、劇的に変わったつもりなんだぜ」

「そりゃ、失礼」

 そんな二人の様子を、パイは腕組みをしながら見ていた。その目はいつになく真剣で、かつ楽しそうだ。

(んーっ・・・いい!中性的なフェイに、分かり易い優男系二枚目のラウさんに、軟派系根アカ属性のウォンさんに、野性的なシュウさん。いやー、よくもまあこんなに、タイプの違ういい男が揃ったもんだわ。よりどりみどりだわ。役得だわっ)

 

「なあ、フェイ」急にシュウが真顔になる。

「すまんが、俺を一発殴ってくれんか?」シュウはそう呟くと、フェイの手を離した。

「え?・・・何故です?」

「俺は、お前を羨ましいと思ったんだ。ティエン国の錬武祭で、実行委員を倒すお前の映像を見て・・・嫉妬した。ダサい話だ。お前が必死で戦っているのに・・・だから、一発喝をいれてくれ」

 その言葉で、フェイの表情がホッと緩んだ。その表情のまま、フェイは右拳をシュウの左顎にめり込ませる。

 ゴツン、という鈍くも派手な音が、格技室に響いた。

(うわっ・・・フェイの奴、遠慮しないわね)パイは腕組みをしたまま、口を半開きにして呆れた。

 だが、シュウは微動だにしない。顔の向きすら変わってはいない。

 フェイの目に、困惑の色が浮かぶ。


「・・・多少は、効かせるつもりで打ったんですが。硬氣功ですか?」

「その、発展形ってとこだな。これが・・・俺が、5年かけて練り上げた力、『鋼皮功』だ」

「うん・・・ただの硬氣功じゃありませんね」

「ああ。ところでフェイ、お前は俺に、言っておくことはないのか?」

「え?何を?」

「とぼけるなよ。シバをぶっ飛ばすために修行に出た筈の俺が、ティエン国の錬武祭には参加しなかったんだぜ。『ひょっとしたらシュウの奴、逃げたんじゃないか』とか、思ったんじゃないのか?だったら俺も・・・」

「一発殴らせろ、ですか?」フェイが微笑む。

「そうだ」シュウも楽しそうに、指をバキバキと鳴らす。


(何とまあ、ほのぼのとした会話だこと)パイは半開きの口を、閉じる気もしなくなってしまった。

「残念ですが、シュウ。・・・僕は、あなたが逃げたなんて、思いもしませんでした。何か理由があるんだと思ってましたよ・・・事実、そうだったようですし」 

「その理由ってのが、分かるのか?」

「分かります・・・ティエン国で錬武祭をやっていた頃、あなたはろくに身動きもできないほどの、怪我をしていたんでしょう。・・・恐らくは、激しい修行のせいです」そこでフェイは横を向き、壁にもたれて立っている女性・・・ランを見た。

「お久し振りです」

「・・・ええ」


 フェイの胸は、ランの苦労に対する申し訳なさで一杯になった。

 硬氣功の訓練とは、肉体にダメージを与えて、それを克服していくことの繰り返しだ。だから、そのダメージを負わせる役回りの人間が、不可欠になってくる。

 自分で自分にダメージを与えるやり方は始めのうちは有効だが、どうしても手加減したり、受ける体勢が完璧になってから打ってしまうので、ある一線を越えると伸び悩んでしまうからだ。 

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