相抜・7
「あの・・・ウォンさん」パイは姿勢を正すと、照れ臭そうに目を泳がせた。
「うん?何かな」
「いや・・・何だかウォンさんって、最初はすごい変な人だと思ったんですけど・・・本当は、いい男なんですね」
「ふっ・・・何をおっしゃいますやら、お嬢さん」そう呟きながらウォンは、滑るように移動して、パイの手を握った。
「本当も何も、俺は最初っからいい男ですよ」
「ちょ、ちょっとウォンさん?彼女が見てますよ!」
「彼女?何ですかそりゃ」
「何ですかって、あの・・・名前は分かんないけど、ほら、岩の上に座ってる人!」
「んっ?ああ・・・あの人ね。そういや、何て名前だっけ?」ウォンは岩に向き直りながら、真顔で訊ねた。
「あの・・・名前、知らないんですか?」パイは困惑していた。
岩の上の女は、手を叩きながら笑っている。
「知らないわよねえ。だって、言ってないもん」
「ええ。いや、ここに来る前に、チュアン国で・・・旅館を出てすぐに、街中で見かけまして。ちょっと好みのタイプだったんで、ナンパしたんです」
「ナンパ・・・ですか?」
「うん。面白いものを見せてやるから、ついて来ないかって。ウォンさんって有名人だし、ちょっと暇だったし」
「・・・前言撤回します。ウォンさん。あなた、やっぱり変な人です」パイは呼吸を整えると、掌を通してウォンに軽い雷を打ち込み、その手を振り解いた。
ウォンは「ぎゃっ」と小さく叫んで、よろよろと後ずさる。
「あー、面白かった・・・じゃあ私、そろそろ帰るね」女はクスクスと笑いながら、岩から飛び降りた。
「ん?何だ、もう帰るのか?まだ名前も聞いてないのに」ウォンは素早く女の側に駆け寄ると、両手でその右手をホールドする。
女は、左手でウォンの頬を優しく撫でながら、ゆっくりと首を振った。
「何言ってんの。名前なんて、最初っから聞く気ないでしょ。あなたはちょっと、自分の隣に彩りが欲しいだけなんだから」
「ほう?そんなことが分かるのかい?」
「分かるわよ・・・ていうか、多分あなたは、そういうことがちゃんと分かる女にしか、声をかけないんでしょ」
「はっきり言ってくれるねえ」ウォンは肩をすくめて、女の手を離した。
「ふふ・・・ほら、この岩、元に戻さないと。通行の邪魔よ」
「ああ、そうだ。いかんいかん」ウォンは慌てて岩に駆け寄ると、左足底を岩に押し付けて「フン!」と、小さく鋭く叫んだ。
それだけで、岩が紙屑のように宙を舞い・・・ドスンと地響きを立てて、道から10メートルほど離れた草原の中に落ちた。
「さて。じゃ、行きますか・・・ま、チュアン国の関所までは送るよ。一緒に、あの車に乗せてもらおうや」
「そうね。そうさせてもらうわ」
ウォンと女を加えた5人を乗せて、車は再びチュアン国へ向けて走り出した。
「これで・・・フェイと、ラウさんと、ウォンさんと。ベストメンバーが揃ったと思っていいわよね?」パイがフェイに訊ねる。
「ええ。そう思います」
「おお、メンバーといえば」ウォンがポン、と手を叩く。「あと二人、錬武祭に参加したいってのが、チュアン国に来てるぞ」
「二人?ちょっと待ってよ。もっと、大量の援軍は来ないの?」パイが怒鳴った。
「ああ、お前ら、まだ聞いてないのか・・・いや、完全に決まったわけじゃないけどな。中途半端な強さの連中が、いくら集まっても、かえって足手まといになるんじゃないかってーことでな。実際ティエン国でも、フェイ以外は何もできなかったろ?」
「う・・・確かに」
「だから今回は、確実に実行委員と渡り合えるような奴だけで、メンバーを構成しようってことに、なりつつある」
「そのほうが、いいかもしれません」フェイが運転しながら頷く。
「ああ。・・・で、その二人ってのは元々、ペイジ国の機動部隊にいたとかでな」
「・・・え?」フェイが、思わずウォンのほうを振り向く。
「こら、フェイ!前見て運転してよ!」
「あ、すいません・・・あの、ウォンさん、その二人って」
「ああ。お前の知り合いらしいな。・・・シュウって奴と、ランとかいうお嬢さんだ。つい昨日、チュアン国に入ったばかりでな。俺もチラッと見ただけなんだが・・・あのランって娘は、なかなかの美人だな」ウォンが白い歯を見せて笑った。
「あの、ウォンさん。今はそれよりも、二人の実力がどのぐらいなのかとか、そういうことのほうが・・・」パイが呆れ顔になる。
「んっ?いや、そっちは分からん。だから、あの二人が参加できるかどうかも未知数だ」
「・・・できますよ」フェイが呟く。
「ん?」
「できます。ランさんはちょっと、止めておいたほうがいいかもしれませんが・・・シュウは、大丈夫です。彼なら、充分に・・・錬武祭に参加する実力がある筈です」
フェイの手が、小刻みに震えていた。
相抜・了