相抜・6
ウォンは典型的な格闘タイプの武術家なので、氣弾は撃てない。
だが、この風刃脚を飛び道具として考えた場合、その射程距離、破壊力、速度、連射能力のどれを取っても、特級の黒仙が放つ平均的な氣弾よりも、遥かに優れていた。
いや、その本質が物理攻撃なだけに、相剋による防御ができない分、氣弾よりも厄介な武器といえる。
しかも、ウォンの蹴りの操作ひとつで、その性質を切断・貫通・粉砕と、自由に切り替えられるのだ。
近付けば、フェイでさえ捌き切れないほどの蹴りを放ち、離れれば風刃脚が飛んでくる。
正に、接近してよし、離れてよしという、反則的な力を持つ武術家。それがウォンだった。
そして・・・ウォンの右膝が跳ね上がった。
いや、フェイとラウにはそれが見えていたが、パイと、岩の上に腰掛けている女には、ウォンの右足がぼやけたようにしか見えなかった。
(落ち着け。ウォンさんの動きを、よく見て、感じ取るんだ。確かに風刃脚は速いけど、蹴りの軌道の延長線上にしか飛んで来ない筈だ。弾道さえ読めれば、かわせる・・・?)
そこでフェイは、背後の気配を感じて愕然とした。
(パイさんが・・・後ろにいる!)振り返って確認する余裕はないが、間違いない。(この位置関係で、風刃脚をかわしたら・・・パイさんに、当たってしまう。駄目だ。かわせない。かと言って、僕には風刃脚を受け止めるだけの耐久力も無い・・・)
しかし、迷っている時間もない。フェイは腹をくくると素早く無極之氣を練り、右前腕のみに集中させて、可能な限り耐久力を上げた。
それでも、ウォンの風刃脚をまともに受け止められる自信は、全く無い。
(集中するんだ。風刃脚の弾道を読んで、受け止めるのではなく、力の方向をそらすんだ。それしかない。例えこの腕が潰れようと、やらなければ。もし失敗すれば、僕だけじゃない。パイさんも危ない・・・ん?)
そこでフェイは、目が覚めたような気がした。
右前腕に集中した無極之氣を解き、ウォンに向かって突進する。
「・・・よし」ラウが、やれやれというような顔をして呟いた。
ウォンが右足の蹴りを放つ、その刹那に、フェイは5メートル近い距離を詰めていた。
そしてフェイは両掌を伸ばし、ウォンの蹴りを真正面から受け止めた。
「すっ・・・」パイの声が、震えていた。
「すごい。フェイ、すごいよ!風刃脚を、発動前に止めちゃうなんて!」
「・・・止めてませんよ」ラウが、楽しそうに呟いた。
「・・・え?」
「止めてないんです。・・・最初っから、風刃脚なんて、出してないんですよ」
「そういうことだ。・・・よく分かったな、フェイ」ウォンが、満足そうに右足を下ろす。
フェイは脱力して、両膝をドカッと地に落とした。深い溜め息が漏れる。
「ウォンさん、あなたは・・・最初から・・・」
「んーっ、そうでもねえよ。本当にお前が気に入らない奴だと思ったら、潰そうと思ってたしな。だが、まあ、合格だ」
「何?ちょっと、話が見えないんだけど。どの辺が合格なの?」パイは一人、蚊帳の外にいるような気分だ。
「僕が・・・肩の上に載ったウォンさんに、靠を打ち込んだ時・・・ウォンさんは、わざとこの位置に飛ばされた・・・というか、飛んだんです。ウォンさんと、僕を結ぶ延長線上に・・・僕の後ろに、パイさんが立つような位置に」フェイが、ゆっくりと立ち上がった。
「それからウォンさんは、派手に氣勢を上げてみせました。あれで、僕はてっきりウォンさんが風刃脚を撃つものと、思い込んでしまったんです」
「あ、私もそう思ったわよ」
「ああ・・・・実際、膝を上げるとこまでは、風刃脚の動きだったんだぜ」
「僕は焦りました。僕には、風刃脚を受け止めるだけの耐久力なんてありません。かといって、かわしてしまえば後ろにいるパイさんに当たります」
「うん・・・あーっ!そうだ!ちょっとウォンさん、危ないじゃないですか!」
「ハッハッハッ・・・いやー、苦労したぞ。お嬢さんに『危ない』と思われて逃げられたら、フェイを試せないだろ?だから、お嬢さんには殺氣が届かないように抑えてね。けど、フェイには本気だと思ってもらわにゃならんから。この辺の匙加減が微妙でね」
「そう、それで僕もすっかり騙されました・・・でも、冷静に判断すれば、すぐに分かることなんです。もし僕が我が身可愛さに、風刃脚をかわせば・・・そうでなくても、風刃脚の軌道をそらすのに失敗したら・・・パイさんが、大怪我をします。ウォンさんは、パイさんを・・・女性を、そんな危険に晒すような人じゃありません」
「そう。・・・この状況下で、そういう冷静な判断力を維持できるか、どうか・・・パイさんを守るという気持ちを、持ち続けられるのか・・・俺は、それが知りたかったんだ。しかし、最後に俺の蹴りを押さえに来たのには、驚いたぞ。俺は風刃脚を出すつもりはなかったが、蹴り自体はまともに振り抜くつもりだったんだぜ?いきなり突っ込んでくるから、止めるのに苦労したぞ」
「あ・・・いや、つまりウォンさんには、誰も傷付ける意志は無いと・・・そう思ったんです。それを了解した、という意味で、蹴りを受けようと」
「へえ・・・じゃ、構わずに蹴りを打ち抜いてたら、俺は『不合格』だったってことかい?」ウォンが意地の悪い笑みを浮かべる。
「あ・・・いや、そんなことは・・・」
「ハハハッ、まあいい。・・・なあ、フェイ」
「・・・はい」
「正直言って、やっぱり俺は・・・お前がパイさんにしたことが、気に入らない」
「・・・はい」
「だが、俺も似たようなもんだ」
「・・・え?」
「つまりだ。パイさんを餌にして、お前を試すなんていう、卑怯な真似をしたってことだ」
「いや、それは・・・」
「ま、人間なんてそんなもんだ・・・少なくとも、俺はそういう奴だ。だ〜か〜ら!」
「はい?」
「俺に対しては、パイさんや、ラウの旦那に感じているような・・・『危ないことに巻き込んでしまって、申し訳ない』みたいな、そういう引け目を感じるな。っていうか、んなことをいちいち感じてたら、怒るぞ」
「あ・・・」
「そもそも、俺は武術家なんだ。女性のパイさんや、芸術家が本業のラウの旦那とは違う。戦うのが好きなんだよ・・・それに、ケジメもつけなきゃならん」
「ケジメ?ですか?何の?」
「言ったろうが。俺は、お前を試すために、パイさんを餌にした。そういう汚ねえ真似をした、その落とし前をつけんとな。・・・だから、俺もできる限りの力を貸そう。俺達で、実行委員とシバの野郎を、サクッとしめてやろうぜ」




