相抜・2
焦ったのはパイだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよウォンさん。これから錬武祭で、一緒に戦わなきゃならない仲間だってのに、いがみ合ってどうするんですか」
実際、こんな所でフェイとウォンに潰し合いでもされたら大変だ。
「ま、いいんじゃないですか?余興ですよ、余興」ラウは落ち着いたものだ。
「こ、こらっ!余興というな、余興と!一応は真剣勝負だっ!」ウォンがムキになって叫ぶ。
「いや、真剣勝負と言われましても・・・僕には、あなたとそんな勝負をする理由がありません」フェイは戸惑いそのままに、腰が引けている。
「お前には無くても、俺にはある・・・そこのお嬢さん」ウォンはいきなりキッ、とパイを見据えた。
「え?はい?」突然見つめられて、パイはドギマギした。(あ・・・こうして見ると、ウォンさんって、フェイやラウさんとは違うタイプのいい男だわ)
確かにウォンは、少々暑苦しいが、汗臭くはない。カラッと爽やかな美男子だった。
「いいですか。あなたは・・・錬武祭で一緒に戦う仲間、と言いました。その通りです。その仲間が、信頼できないような奴だったら、命を賭けて戦うことなんてできません」ウォンは叫びながら、右手の示指をフェイに突きつけた。
「あの、信頼も何も、ウォンさんとフェイは初対面でしょ?」
「そう。会うのは初めてです。だが・・・俺は、こいつの能力が気に入らないんです」
「あの・・・僕の能力の、どこがまずいんでしょうか?」フェイはあくまで下手に出る。
「どこが、だと?根本的にだっ!・・・俺は投影玉で、お前の戦いを見たんだ。実に見事だった」
「だったらいいんじゃないの?」パイが混ぜっ返す。
「いや、まずいのは、戦闘以前の問題なんですよ。お嬢さん」ウォンは、パイにはあくまでも優しい。
「いいかっ!お前の、武術そのものは大したものだ。だが、その勁力を得る過程が気に入らんのだ。お前は、そこのお嬢さんを危険な目に遭わせることで、銀衛氣とやらを発動させ、勁力を得ているんだろうがっ!」
「あ・・・はい」痛い所を突かれた、という顔だ。
「それが気に入らんのだ。力を持つものには、それなりの責任というものがある。邪悪な力と戦う力を持つ者にはっ!その責任において、戦う力のない者を、邪悪な者から守るという義務がある」
「よっ、カッコいい!」ウォンの隣の女が、パチパチと拍手をした。
「フッ、まあな・・・あーいや、だから余計なとこで突っ込むな」
「ごめ〜ん」
「えーと、どこまで言ったっけな・・・そうだ、守るという義務があるんだ。それが何だ、お前は?」そこでウォンは、いきなり岩の上から飛び降りると、パイに駆け寄ってその手を握った。
ウォンは、パイより少しだけ背が高かった。190センチぐらいか。すぐ隣に立たれると、発達した筋肉のボリューム感が否応無しに伝わってくる。
(この人、フェイやラウさんと違って・・・ゴツい)と、パイは感じていた。
「どうせ危険な目に遭わせるのなら、ムサい男でも選べばよいものを。よりによって、こんな美しいお嬢さんを危険に晒すという前提で勁力を得るとは、本末転倒じゃないのか?」パイの手を握ったままで、ウォンが一気にまくし立てる。
「えっ?そうですか?あはは、照れるなあ。美しいかなあ」
「照れることなんてありませんよ。ええと・・・確か、パイさんでしたね」
「えっ?どうして私の名前を知ってるんですか?」
「あなた達のことは、チュアン国の警備隊で一通り説明してもらいましたから」
「ねえウォーン、フェイって人、放っといてもいいの?」花柄の服の女が、岩の上に座ったまま、頬杖をついてウォンを促した。
「あ、そうだ。・・・えーと、本末転倒だろうが?」
「・・・その通りです」フェイは、俯いてボソリと呟いた。
「うむ、素直でよろしい・・・いやそうじゃなくて、そんなことをする奴を、仲間にしてもいいのかと。そういう疑問があるんだよ。分かるか?」
「分かります・・・僕の、この力は元々・・・誰かを守るためではなく、復讐を果たすために得た力です。だから・・・『守る』ということは、ただの方便になってしまっているんです」
「そう!そういうのが気に入らんのだ。だから、手合わせをしろ」ウォンはそう言うと、両手を腰の後ろで組み直し、体の軸を整えた。
途端にウォンの周囲の空気が変わる。
見る者を圧倒するような氣が、ウォンを中心にして竜巻のように渦巻いていた。
だがその氣は、圧迫感はあるのだが、拍子抜けするほど恐怖感が無い。
パイはウォンの氣に当てられて、よろよろと5メートルばかり後退したが、それでも「待ってくださいよ、ウォンさん。だから何で、そこで手合わせが出てくるんですか」と、怒鳴る余裕があった。ティエン国の錬武祭で、実行委員を前にした時のように、萎縮してはいない。
ラウなどは車の屋根に腰掛けて、すっかり観戦を決め込んでいる。
「なぜ、手合わせなのかって?そりゃパイさん、俺が武術家だからですよ。こいつが・・・フェイが、信用できる男なのかどうか。それを見極めるためには、武の技をもって問うのが一番手っ取り早いんです」そこでウォンは軽く首を振りながら、自分の後ろ髪を片手でサッと払った。
「決まったわねえ」また、岩の上の女がはやし立てた。
「ふっ、ありがとう。・・・いやまあ、それはともかく。手合わせをしてもらおうか、フェイ。錬武祭ってのは、本当に命がけの戦いになりそうだからな。お前が信用できないような奴なら、組むわけにはいかない。できれば、銀衛氣を発動した状態でのお前とやりたかったんだが・・・そのために面まで被って、正体不明の悪漢を演じたのに・・・あっさり見破りやがって」
「いや、全然演技にも何にもなってなかったと思いますけど・・・それに銀衛氣が発動したら、本当に潰し合いになっちゃいますよ」パイは何とか穏便に済ませようと懸命だ。
だが肝心のフェイが、ウォンに向かって歩を進めつつあった。
「ちょっと、フェイ?」
「やりますよ・・・でないと、ウォンさんには認めてもらえそうにありません」
「そういうことだ」ウォンは白く輝く歯を見せながら、軽い笑顔を作り・・・すぐに真顔に戻ると、腰の後ろで両手を組んだままで、フェイに向かってズンズンと歩き出した。
ウォンとフェイの距離が、どんどん縮んでいく。
ウォンは、体の正面をフェイに向けて、正中線を晒したままで間合いを詰めている。しかも、腰の後ろで組んだ手を解こうとしない。
これがウォンのスタイルなのだ。
普通は、右か左のどちらかを前に出す・・・いわゆる半身になり、両腕もしくは片腕を、相手に向かって伸ばして壁を作り、急所の多い正中線を隠すというのが武術の初歩的なセオリーだ。
ウォンも元々はそのように構えていたのだが、9年前のある日を境にして、彼のスタイルはガラリと変わってしまったのだ。
この、現在のウォンのスタイルは、素人目にも無防備で隙だらけに見える。実際、普通の人間がこんな構えで(構えと呼べるかどうかすら怪しいが)間合いを詰めれば、あっという間に殴り倒されてしまうだろう。