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グレイソウル  作者:
62/148

絵本・5

「ワシは、この術をもっと磨こうと思うておる。じゃが、お前はもう、ワシから学ぶ必要はない。ただ、求める道には、常に先がある。それを知ってもらいたかったのじゃ。・・・お前は、空を飛ぶことを追求すればよい」

 そしてレンは、ムルゥと別れた。


 その2ヶ月後、レンはシウンという名の仙人を見つけた。

 シウンは食事を全く摂らずに、氣を練ることだけで、その命を繋いでいた。

 驚いたことに、シウンの体の殆んどは、肉や骨や血ではなくて「氣」で構成されていた。シウンは、氣を自分自身の体として具現化していたのだ。

「このまま氣を練り続ければ、いずれワシの体の全てが、氣を具現化したものに置き換わるじゃろう」シウンは、微笑みながら呟いた。

「食べるということは、自分以外の何かの命を取り込むということじゃ。そのこと自体は、別に良くも悪くもない。それが生きるということじゃからな。ただワシは、そういう・・・命のやり取りという枠の、・・・外へ出てみたかったのじゃ」レンはそんなシウンが、空を飛びたいと思う自分と比べて、とても高尚な存在のような気がしてきた。

「そんなことはない」シウンは笑って首を振った。

「お前もワシも、ただ自分がやりたいと思ったことに、夢中なだけじゃよ。・・・しかし・・・ワシの技術は、お前の役に立つかのう・・・」

 シウンは首を捻ったが、レンはとにかく彼の術を真似ることにした。


 氣を練り上げて何かを具現化するという作業は、その具現化しようとする対象を、細部に至るまで強烈にイメージする必要があった。何か思い入れのあるものでなければ、とても集中力が続かない。

「最初から、複雑なものを具現化するなど、とても無理じゃよ。色の多いものより、少ないもの。硬いものより、柔らかいもの。固体よりも液体、液体よりも気体が・・・具現化しやすいぞい」

 そして5日後。

 レンはシウンの前に、軽く握った手を出した。「やっと・・・こんなものだけど・・・できました」

 レンが手を開くと、赤ん坊の頭ぐらいの大きさの、白い、真綿のような雲が現れた。その雲は、レンとシウンの間をフラフラと漂い、次第に高度を上げて・・・空高く、消え去ってしまった。

「人が乗れるような雲を作れたらと、思ったんだけど・・・そこまで上手くはいきませんでした」

「ほっほ・・・じゃが、ちゃんとした雲じゃったではないか。今頃空の上では、本物の雲達が驚いているのではないかの?『変わった奴が来た』とな」

「うーん・・・そこまでは、もたないと思います・・・僕の制御下から離れたら、あの雲は、じきにただの『氣』に戻ってしまいますから」

「ほほ・・・そうか、そうか」

 そしてレンは、シウンに礼を言うと、また次の師を探す旅に出た。


 次に見つけた仙人は、ただひたすら洞窟の中で静座をし、瞑想にふけっていた。

 レンはその仙人の隣に座り、一緒に瞑想をしてみた。そのまま3日間、ぶっ通しで瞑想を続けた。

 突然、レンはとてつもなく広い・・・水平にも、垂直にも、ただひたすら広いだけの空間に、放り込まれて・・・?放り出されて?しまった。そこに地面は無く、ただ空間があるだけで、レンは宙に浮いたまま、上も下も分からずにいた。

 そこはとても明るいようでもあり、闇のようでもあった。極彩色の光に溢れているようでもあり、水墨画のような単色の世界にも思えた。

 自分の存在が、ひどく頼りなく、あやふやに感じられた。

 レンは呼吸を整え、自分自身を感じ取ることに努めた。すると、まるで夢から覚めるように、不思議な空間を抜けて・・・気が付くとレンは、元通りに洞窟に座っていた。

 いや、実際にはレンの体は、そこから動いてなどいなかったのだ。

 レンが、ふと隣で瞑想を続ける仙人を見ると、その片頬がピクリと動いた。どうやら、笑ったようだった。

 仙人は、自分が今いる境地のイメージを、レンに見せたのだ。もっとも、レンにその境地を体感するだけの器がなければ、仙人がどう頑張っても、レンには何の体験もできない。

 仙人は、レンがどんな空間を体感したのかも、読み取っていた。それは、今自分がいる境地にかなり近いものだった。彼はそれが愉快で・・・片頬で、笑ってみせたのだ。

 レンは立ち上がると、仙人に一礼をして、洞窟を出た。この仙人の名前は、聞かずじまいだった。


 こうしてレンは、月に一人ぐらいの割合で仙人を見つけては教えを受けていたが、残念ながら空を飛べる仙人には会えないまま、一年が過ぎようとしていた。

 レンは、11歳になっていた。

 旅を続けるうちに、いくつかの山を抜け、広い森に入った。

 レンはその森で、今までに感じたことがないほどの、巨大で力強い・・・だが、どこか寂しそうな・・・氣を感じた。レンは、その氣の主を探して歩き続けた。

 すっかり日が落ちた頃、森が急に開けて、広い空間が現れた。

 といってもこれは、現実の空間だ。かなり広範囲に渡って・・・30メートル四方ぐらいか・・・木が伐採され、草地が広がっていた。

 その空間の隅には、しっかりした造りの小屋があり、その小屋の脇で、一人の男が焚き火をしていた。どうやら肉を焼いているらしく、香ばしい油の匂いが漂っている。

 巨大で力強い氣は、この男から出ていた。

「ほう・・・驚いたのう。これほどまでに精錬された氣を持つとなると、どれほどの老人かと思ったのだが・・・こんな子供とはな・・・」

 男は呟きながら、ゆっくりとレンに視線を向けた。

 その目は、焚き火の光を呑み込むかと思われるほど、深い闇のような黒い色をしていた。

 いや、目だけではない。 

 顔付きを見る限りでは、相当な老人の筈なのに・・・この男は髪の色も、不自然なほどに深く、濃い黒色だった。


「あの・・・初めまして。僕は・・・レンといいます。空を飛ぶ術を身に付けたくて、修行をしながら、老師を探す旅をしています。あなたの・・・とても力強い氣を感じて、ここに来ました」レンは、姿勢を正して挨拶をした。

「ほう・・・空を飛びたい、とな。それはまた、大層な目標じゃ・・・しかし、こんなに近くで、ワシの黒鎧氣に触れても、怯む様子もないとはな。確かにお前には、ずば抜けた才能があるようじゃな」男はそう言うと、片手でレンを手招きし、もう片方の手で、焚き火で焼いていた肉を取った。

「まあ、こちらへ来い・・・腹も減っとるだろう。ああ、そうじゃ。名乗るのが遅れたが、ワシは・・・シバという者じゃ」

 そう。ペイジ国の警備隊本部を襲撃してから、2年。

 シバは、自分と互角に渡り合える強者を探して、山や森を彷徨っていたのだ。

 この森の小屋は、シバの隠れ家の一つだった。

 だが、中々思うような人材はいなかった。

 少しできる武術家なら、山の中を探せばそこそこいたのだが、そのままではとてもシバの相手はできなかった。

 それで・・・そういった武術家に黒鎧氣を与えて、地力を上げてやろうとすると、その力を制御できずに・・・みんな死んでしまった。

 武術家ではなく仙人の類であれば、或いは黒鎧氣を制御できそうな者がかなりいたのだが、こちらは闘争心というものが殆んどないので、シバの相手にはならない。


 シバは、肉にかぶりつくレンを見ながら(こいつも武術家というよりは、仙人の類じゃな。しかし・・・)、妙に、この線の細い少年に、興味を引かれている自分に気付いた。

(まだ、こいつは若い。今から訓練すれば、ひょっとしたら武術家としても、いい線までいけるかもしれん・・・いや・・・それ以上に・・・こいつが黒鎧氣を纏ったら、どれほどのことができるようになるのか、単純に、見てみたい・・・それほど、この少年の才能は・・・すごい)

 シバは、自分も肉を頬張り、噛み潰しながら、ゆっくりと考えた。

 そして肉を飲み込むと、おもむろに口を開いた。

「お前・・・レンとかいったな。・・・ひとつ、提案がある。お前、ワシの氣を受け取ってみんか?それが空を飛ぶことに繋がるかどうかは、分からん。じゃが、お前の能力全体が、飛躍的に高まることは、間違いない」

 レンも肉を飲み込むと、口の周りに付いた肉汁をペロリと舐めてから、返事をした。

「お願いします。・・・空を飛べる可能性が、少しでも高くなるなら・・・何でも、挑戦したいんだ」



 絵本・了

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