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グレイソウル  作者:
61/148

絵本・4

「空を飛ぶとな・・・大きく出たのう。残念じゃが、ワシは空は飛べん」

 だが、レンにガッカリした様子はなかった。

「じゃあ、空を飛べる人を探します」

「待たれい。お前、空など飛んで、何とする?」

「え?」

「人に翼は無い。つまりこれは、人は飛ばなくても生きていけるということじゃ。お前には素晴らしい才能がある。このような山の中に居らずとも、人の世の中で、その力を役立ててはどうかな?」


 レンは静かに、しかし力強く首を振った。「でも老師、それじゃ、どうしてあなたは水の上を歩こうと思ったのですか?人は水鳥でもなければ、魚でもないのに。水上を移動したければ、船を使えば済むでしょう?それでもなお、老師は自分の足で水の上を歩こうと、研鑽を積み続けて。・・・それは何故ですか?」

 ムンヂェは、堪え切れなくなったようにワハハハと笑って答えた。「知れたことよ。ワシ自身が、そうしたいと思ったからじゃ」

「僕もそうです。僕が、空を飛びたいんです」

「よかろう。ならば、新しい師を探すがよい。ワシはもう、お前の役には立てん」

「いえ。老師には、過分な教えを頂きました」


 そしてレンは、次の仙人を探した。

 また一ヶ月ほど山の中を彷徨い、ダイゾンという名の仙人に出会った。

 このダイゾンは、走るのがとんでもなく速かった。氣で瞬発力と、心肺機能を活性化する技術が、半端ではないのだ。

 だがレンはこれも、修行を始めたその翌日には、仙人と並んで走れるようになっていた。

「全く、まだ子供だというのに大した才能じゃな」ダイゾンもまた、愉快そうにレンの力を褒めた。

「恐れ入ります」

「どうじゃ。しばらくワシと一緒にいて、走るということを追求してみんか?お前を見ていると、ワシもまだまだ早く走れそうな気がしてきたわい。それに、この先には面白そうな壁もあるしの」

「壁・・・ですか?」

「そうじゃ。今はまだ、足さえ速く動かしていれば、その分だけ速度も上がるがの。いつかはそれだけでは、限界が来るのじゃ。足の動く速さがある一線を越えると、足が地面を捉えることができなくなる・・・つまり、足と地面の間に働いている摩擦の力を、超えてしまうのじゃ。分かるかの?」

「・・・ああ・・・はい」

「そこでじゃ。そこから先は摩擦に頼るのではなく、大地の氣と反発するような氣を練って、足が地面を捉えるようにせねば、いくら足を速く動かしても前には進めんのじゃ。・・・今までのワシは、どの道そのような境地に到達することなど、無理だと諦めておった。そんな思いが、文字通り足枷になっとったのじゃろうな。・・・足が地面を捉えられなくなるほど、速く足を動かす・・・その段階にも、今のワシは、まだまだ遠いのじゃよ。どうじゃ?大地の氣と反発する性質を持つ氣の研究なら、お前の・・・空を飛ぶ、という目的の役にも立つのではないかな?」


 レンは、少し考えてから・・・「お誘いは、嬉しいんだけど・・・僕はやっぱり、空を飛ぶための修行に専念したいんです」と言い切った。

「そうか、そうか」ダイゾンは、申し出を断られたというのに、とても嬉しそうに目を細めた。

「それでよい。術を究めようとする者は、そうでなくてはいかん。さあ、お前の求める師の下へ、発つがよい」

 レンは深く頭を下げて、ダイゾンの下を去った。


 次に出会ったのは、ヤオジンという名の、とても力の強い仙人だった。

 なんと、レンが両腕でも抱えきれないほどの太い木を、片手で掴んで地面から引き抜いてしまうのだ。

 ヤオジンは元々がガッチリとした体格で、氣で身体を活性化しなくても、かなりの力持ちだった。いや、そんな体を作り上げるのに、氣を上手く使ったということはあったかもしれない。

 いずれにしろ、まだ子供で体ができあがっていない上に華奢な体つきのレンには、さすがにこの怪力ぶりは真似しきれなかった。

 それでも、持てる筋肉の限界まで、筋力を上げられるだけ上げる・・・そのために氣を練る・・・その技術については、2日でヤオジンよりも上手くなってしまった。

 だがあまり筋肉を付けてしまうと、その分体も重くなり、空を飛ぶのには不利になってしまうと、レンは考えた。

 やはりレンは、ヤオジンとも長くは付き合わなかった。


 その次に会った仙人は、ムルゥという名で、己の姿を消すことができた。

 これは金氣の「光」を制御して、自分の周囲の光の進行方向を変えることで、成立する技術だった。

 レンは氣の制御は得意だったので、この技術も簡単に修得できると思っていた。 だが、今回は勝手が違った。

 今までに会った仙人の術は、基本的に自分の体を操作していればよかったのだが(水上歩行は水にも働きかけているが、人体の殆んどは水分なので、水の操作は人体へのそれと、かなり感覚的に近い)、今回は、光を・・・生物ではない、物質ともいえない、ほぼ純粋な「力」を、高い精度で操作しなければならないからだ。


 そもそも、力づくでは光は曲がってはくれない。

「そうではない、レン」ムルゥは、優しく諭すように呟いた。

「お前は、水の上を歩けるのだろう?ならば、水の氣と、水の波長と、同調できる筈じゃ」

「はい」

「それと同じじゃ。もっと光を感じるのじゃ。光の氣を、光の波を、感じて、同調するのじゃ」

「でも・・・水と光は全然別です。水は確かに物として存在しているけれど、光は現象なのか、物なのかさえ、あやふやです」

 実際、金氣の「光」に関しては、これを練るというのは、輝きの強弱や効果範囲の大小、出力の高低などの制御が普通で、その進行方向そのものを操作するというのは、常識外れだった。

「水と光は、違うか」

「はい。そう思います」

「違うといえば、違う。じゃが、同じといえば同じじゃ。よいか。『物』と『力』は、本質的には同じものじゃ。そもそも、『氣』とは、有ることと、無いことの両方を含んでおる。そのことが真に理解できれば、光も水も、同じように操作できる」


 そして、その一週間後。

 レンは、ようやく光を曲げることに成功した。レンにしては随分時間がかかったといえる。

 だがコツさえ分かれば、あとは早かった。その翌日には、レンは自分の姿を消せるようになっていた。

「見事なものじゃ」ムルゥは、満足そうに微笑んだ。

「じゃがな、レン。技術の追求に、終わりはないのじゃ。例えばワシには、こんなことができる」ムルゥはそう言って、レンの背後を指差した。

 レンが振り返ると、そこには顎鬚を撫でながら、微笑むムルゥがいた。


 レンは驚いたが、(何か・・・不自然だ)と思い、もう一度振り向いた。そこにも確かにムルゥがいた。

 そして、その背後からひょっこりと、もう一人のムルゥが顔を出した。 

 「ほれ、そこにも」ムルゥがレンの左側を指差すと、そこにもムルゥがいた。

 ふと、背後を確認すると、こちらのムルゥは3人になっていた。

 ムルゥは、合計で6人になっていた。

 だが。

 レンは迷うことなく、最初に自分の背後を指差したムルゥの正面に立つと、深く頭を下げた。

「そうじゃ。光の操作に慣れてくると・・・ただ光の進む方向を曲げて、姿を消すだけでなく、このように分身を作ることもできる。まあ、投影玉無しで、空間に直接映像を結ぶわけじゃな。じゃが・・・それはあくまで影に過ぎん。『氣配』までは・・・今のワシには、作れん。だからお前は、本物のワシがどれなのかが、すぐに分かった」

「恐れ入ります」

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