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グレイソウル  作者:
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契約・3

「確かにその通りだ」ヨウは俯いて・・・クククッ、と笑った。

「だからお主は、それがしにも無駄な動きや隙がある、と思っているのではないのか?」 

「・・・違うんですか?」

「均衡を保つか。そのための感受性か。それを知っているのが、自分だけだとでも思うか?そんなことは、レベルの差こそあれ、武術をやるものにとっては基本中の基本だ・・・だが、お主に倒された三人は、黒鎧氣によって飛躍的に上昇した身体能力に溺れ、振り回された。向上したスピードとパワーを制御するための、内面の感覚を研ぎ澄ます努力を怠っていた。だから、お主の言うように無駄な動きが生じたのだ」

 パイは、また不安になってきた。

(困ったなあ。このままフェイがちゃちゃっと片付けてくれるかと思ったんだけど・・・あの長剣のオジさん、かなり強そうじゃないの。やっぱり今の内に逃げようかな・・・)


 ヨウは呼吸を整えている。素早く氣を練り、剣に込めていく。次第に剣が光を帯び始めた。

 金氣だ。金氣はエネルギーが収斂され、より整然と揃った形で働き、「光」として発動する。木氣の「雷」や火氣の「炎」と比べると、広い範囲に効果を及ぼすのには向かないが、より繊細で、一点に力を集中させるのに向いている。

 フェイは「フッ」と一呼吸すると、またさりげなく握手をするような動きで、ヨウの長剣を狙って銅貨を投げた。今度は水氣が込められている。

 金生水。金氣は水氣を生む。水氣はエネルギーが停止し、休息する状態で、物理的には「凍結」作用を起こす。

 フェイの狙いは、銅貨に込めた水氣がヨウの長剣の金氣を吸収して急激に増加し、その冷氣で長剣自体を凍結、崩壊させることだ。

 カツッ、と銅貨が剣に命中する。そして銅貨に込められた水氣が、急激に膨らんでいく。しかし、剣には何の変化も起こらない。

「小賢しい!」ヨウが剣を一振りすると、銅貨はフェイを目掛けて凄まじい勢いで飛び出した。


 フェイは体を捻って銅貨をかわしつつ、右袖を振って銅貨の軌道を上方にそらした。銅貨は、(逃げようか、それともおとなしくして目立たないほうがいいか)と迷っているパイの頭上を唸りを上げて飛び越え、本館の壁にめり込んだ。

 途端に着弾点を中心にして、壁の半径5メートルほどがバキバキと凍りつく。勿論フェイの右袖も、瞬時に肩まで凍りつき、ボロボロになって砕けた。

 パイは冷や汗をかいていた。(ヨウの奴、私を狙って銅貨を弾き返したわよね・・・当たってたら、死んでたじゃないの・・・それにしても、剣が壊れないってことは・・・ヨウの氣のほうが、フェイよりも安定してるってことよね。フェイの腕は大丈夫かしら・・・)心配にはなったが、今度は声が出なかった。


「今ので腕の一本ぐらいは潰すつもりだったのだが・・・器用な奴だな。壊れたのは袖だけか」ヨウは剣先を下げつつ、愉快そうに歯を見せた。

「ギャラリーを餌にするなんて、随分とせこい真似をしますね」フェイは右腕を振って、ダメージの有無を確認する。

「ふん、これも兵法の内だ・・・大体、銅貨一枚でそれがしの剣を壊そうなどと考える奴に、せこいなどと言われたくはない。・・・そもそもカウに仕掛けて一度は見られている手が、それがしに通用すると思うたか」

「野暮なことを聞きますね。通用すると思ったからやったんですよ」

「口の減らん男だな・・・まあいい。お主ほどの男なら、今ので分かったろう。それがしが黒鎧氣に振り回されてなどいないということが」

「ええ、分かりました。確かにあなたは黒鎧氣で活性化された体を、それなりに使いこなしているようです」

「・・・『それなりに』だと?どういう意味だ」

「今の剣捌きを見るまでもありません。錬武祭開始直後に、あなたは氣弾の雨をかわし、打ち消しつつ前進して、パイさんの腕を斬った。あの動きで分かりました。あなたの感受性は、僕がさっきまでに倒した三人よりは優れています。でも、僕ほどではない。・・・僕ならあの氣弾の中を、一発も触れずに通り抜けられます」


 パイは少しムッとしていた。「ちょっとフェイ!あなた、さっき私の氣弾の連撃は、中々見事だったとか言ってたじゃないの?」

「見事でしたよ。でも、上には上がいるんです」横目でチラリとパイを見て微笑む。

 ヨウの目の黒味が増し、頭の天辺で括った長髪がざわついた。

「ほざけ。いかにお主の体術が優れていようと、丸腰の不利はどうにもならんぞ。剣と徒手、この差をどう埋めるつもりだ」

「そうですね。こんな物で埋めてみましょうか」フェイは懐から、30センチほどの金属の棒を取り出した。軽く手を振ると、その棒がパッと広がった。鉄扇だ。

 紙や羽毛を貼り付けたものではなく、薄い鉄板で作った骨組みを組み合わせた作りだ。

 一本一本の骨組みの先端は、やや丸みを帯びてはいるが先細りになっていて、更にその縁は刃になっている。閉じれば点穴鍼、開けば短刀といったところか。

「おいおい、白仙が随分と物騒なものを懐にしまい込んでいるな。それともそいつは治療道具か?」ヨウが呆れ顔で尋ねる。

「いや、基本的には護身用です。それにこの刃は、僕ぐらいの技の冴えがなければ斬れません」

「それは自慢か?」

「いえ・・・脅しです」


 フェイは数回、鉄扇を閉じたり開いたりしてから、畳んだ鉄扇を目の高さで水平に掲げつつ、呼吸を整えた。次第に鉄扇が赤みを帯びてくる。

 火剋金。火氣は金氣を剋する。フェイは欲張らず、火氣でヨウの剣の金氣を無力化するつもりらしい。相生の理で氣を暴走させるよりは、相剋の理で無力化する方が容易い。

「面白い。お前の体術がどれほどのものか、見せてもらおう」ヨウは針のように鋭い声を放ちつつ、剣の切っ先をフェイに向けた。

 その切っ先に向かってフェイが駆け出す。相変わらず迷いのない突進だ。

 ヨウはカウンターの突きを合わせる。フェイは体捌きでヨウの右肩の外へ滑り込む・・・よりも早く、ヨウの剣がフェイを追う。その剣に加速が付く前に、フェイが鉄扇で迎えにいく。

 充分に加速の付いた剣を、重量に劣る鉄扇でまともに受けるのは危険だからだ。


 ここでパイは、ヨウの剣に込められた氣が、いつの間にか金氣から木氣に変化して、パチパチと火花を散らしていることに気付いた。

 木生火。木氣は火氣を生む。このままフェイがヨウの剣を受ければ、鉄扇の火氣が木氣を吸収して暴発してしまう。

「フェイ!離れて!」パイが叫ぶのと同時に、鉄扇が剣に触れた。だが、何も起こらない。

 フェイの鉄扇が白く輝いていた。金氣だ。 

 金剋木。金氣は木氣を剋する。フェイは剣に込められた氣が木氣に変化したのを見抜き、鉄扇に込めた氣を金氣に変化させていた。

 フェイはそのまま身を沈め、ヨウの右足を払うべく、左足を地面スレスレに走らせる。

 ヨウはサッと右足を上げて足払いをかわし、そのまま左足で軽く跳躍した。体を捻りながら、未だ低い位置にあるフェイの頭を狙って、左足を蹴り下ろす。

 突然、バチッという衝撃が走り、蹴りの途中の姿勢のままで、ヨウが吹っ飛ばされた。

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