治療・4
「とんでもないこと?すごいことだとは思うけど。ちょっと言葉がおかしくない?」
「グイゼン先生の・・・いや。あの病室にいた、白仙達の顔を、見ましたか」
「えっ?んー、みんな興奮してたわね」
「そうです。・・・チャン君が、あんなに辛そうな顔をしていたのに・・・みんな、癌という『敵』を倒せたということに、夢中になって・・・有頂天になって・・・」
「いや、でもそれって、普通なんじゃないの?」
「白仙にとって一番大事なのは、患者の容態です。病因を除くということは、あくまでも手段であって、目的ではありません・・・なのに、癌細胞を消したという現象にばかり目がいって、チャン君を置き去りにしてしまった・・・」
「いやだから、それで最終的には、チャン君の命が助かるわけじゃない?」
「ええ。たまたま今回は、そうなりました」
「じゃ、いいじゃない」
「よくありません・・・白仙にとって、病気や病因というのは、厄介な相手ではあっても・・・少なくとも、『敵』ではありませんでした。病気を治すのは、基本的には患者本人の力で・・・白仙や薬師は、患者が病気と上手く付き合っていくための、手伝いをする者だったんです」
「うん」
「でも今日、僕は・・・銀衛氣と雷で、癌細胞を直接攻撃しました。ついさっきから、人間は、癌と・・・いや、この治療法が使える病気の全てと、敵対関係になったんです。何かと何かが敵対関係になって、力と力がぶつかり合えば、・・・争いは、エスカレートするだけです。今回は、確かに上手くいきました。・・・でも、いずれ近いうちに、癌は新しい力を持って・・・或いは、もっと他の形で、人間に逆襲してきます」フェイの表情に、自己嫌悪を通り越して、罪悪感が滲み出てきた。
「あー、なるほどね・・・それはまあ、分からなくもないか。警備隊でもね、よく言われてるのよ。『我々の職務は、(鎮圧)はあっても、(粛清)はあってはならないって。例え犯罪者が相手でも、本質的な部分では、敵対関係を作ってはいけない、って」
「そうです。戦ったり、争ったりというのはつまり、憎しみ合い、傷付け合うことです。そうして力と力がぶつかり合えば、氣が滞り、陰陽の変化は滑らかでなくなり・・・世界は、渾沌として破滅に向かいます。・・・僕は、そのきっかけを作ったのかもしれない」
「そんな大袈裟な・・・第一、チャン君の命を救うには、あれしかなかったんでしょ?なら仕方ないじゃない」
「・・・もし・・・僕が白仙として、純粋に・・・チャン君の命を救おうとして、あの治療法を考え、実践したのなら・・・まだ、救いがあります。でも、そうじゃないんです」
「え?そうなの?」
「僕は・・・ラウさんに、錬武祭に参加して欲しかったんです・・・そのためには、チャン君の病気を治す必要があった・・・僕は、人間同士が傷付け合う錬武祭に、勝つために・・・僕自身も、そこで人を傷付けるために・・・そんな危険な場所に、ラウさんを連れて行くために・・・チャン君を、治療したんです。そしてその結果・・・人間と病気の間に、新しい争いを・・・敵対関係を作ってしまったんです」
「だからあ」パイはフェイの思索の深さに、半ば感心し、半ば呆れ、少々苛立ってもいた。
「それが何だっての?フェイが癌を氣でぶっ飛ばした、その動機が何かなんて、どうでもいいでしょ。現実に、チャン君は助かったのよ?そりゃ、今回は良くても、これからは別の問題があるかもしれないけど、その時はその時でしょ?その新しい問題ってのが大きくなる前に、手を打ちゃいいじゃない。まだ起こってもいない問題のために暗くなるなんて、馬鹿げてるわよ」一気にまくし立てるパイを、フェイはキョトンとしながら見ていた。そしてやっと・・・微笑んだ。
「パイさん」
「ん?何よ」
「何ていうか・・・あなたは、すごい人ですね」あまりにもあからさまでシンプルなパイの言葉に、フェイはぐずぐず悩むのが馬鹿馬鹿しくなってしまっていたのだ。
「えっ?あー・・・そう?ははは。・・・ありがと」今ひとつ、褒められているのかそうでないのか分かりにくかったが、それでもパイは、フェイが笑顔を見せただけで何となく嬉しくなった。
「フェイさん・・・パイさんも、こんな所で何をなさってるんですか?」いつの間にか、顔を上気させたラウが、すぐ側まで来ていた。
「あー、別に何ってこともないんですけど、ちょっと休憩です」
「ええ、まあ、そんなところです」
「そうですか・・・ああ、チャンですが・・・今の所、透視鏡で見る分には、チャンの体には癌は残っていないそうです」
「それは良かった。でも、透視鏡には映らないような、小さな癌が残っているかもしれませんから・・・」
「ええ。ですから、まだ当分は慎重に検査を続けて・・・湯薬も続けていく必要があるそうです。でも、ひとまずは安心していいと・・・」
「それを聞いて、僕もほっとしました」
「本当に、ありがとうございます・・・それで、出発はいつですか?」
「え?」
「錬武祭ですよ。私も準備しなけりゃいけませんからね」
「あ・・・じゃあラウさん、一緒に・・・錬武祭に、参加してくれるんですか?」
「はい。勿論です。もう、しばらくはチャンに会えなくても・・・また、家に帰りさえすれば、チャンは生きている。そういう目処がつきましたからね。そうなるようにして下さった・・・フェイさんとパイさんのためにも、及ばずながら協力させていただきますよ」
「『及ばずながら』って、それは謙遜が過ぎますよお」
「確かに。ラウさんが一緒に戦ってくだされば、相当心強いですよ」
「いやあ・・・ご期待にそえるように、頑張りますよ」
そう言って、肩をすくめるラウの顔は笑ってはいたが、目が笑っていなかった。
その目の奥に潜む、冷徹とも取れる決意を、フェイは見逃さなかった。
(ラウさんは・・・本当に、本気で戦うつもりだ。その結果、実行委員を皆殺しにするようなことになろうとも・・・それで、僕とパイさんが、少しでも危険な目に遭わずに済むのなら、それでいいと・・・)フェイは、ラウの決意をそう読み取った。
(つまり僕は、ラウさんに・・・この、心根の優しい舞踊家に、そんな残酷な決意をさせてしまったのか)そう思うと、またフェイの胸が痛んだ。
そして、その夜。
パイは宿屋で就寝の準備をしながら・・・昼間の興奮も冷めて、冷静になってみると、(ちょっとフェイに言い過ぎたかな)と、感じていた。
(考えてみれば、そもそもフェイは銀衛氣を編み出したことを・・・白仙だってのに、人を傷付けるための力を持ったことを、かなり引け目に感じてるのよね。その力でもって、チャン君の病気を結果的に治しはしたけど、それってつまり、ラウさんを危ない場所に引き摺り込むことになったわけだし。でも、周りはみんな、チャン君が治って良かったとか、とにかくフェイがすごく強いとか、そういうところしか見ないし。でも、フェイ自身は多分・・・褒められたり感謝されたりする度に、複雑な気分になるんだろうし。そこへもって、私の言い方って、すごく単純なだけだったし)
もっともフェイにとっては、その単純さが救いになっていたのだ。