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グレイソウル  作者:
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治療・2

「じゃ、何でラウさんに言ってあげなかったの?きっと喜ぶわよ」

「それはちょっと・・・上手くいかなければ、ぬか喜びをさせてしまいますから」

「ちょっと、そんなに危ない橋を渡るの?」

「危険といえば、危険です。・・・でもラウさんは、僕がチャン君の治療法を思いついたと、薄々勘付いているようです」

「うわ・・・白仙と舞踊家だもんね。黙ったまんまで、すごい読み合いとかしてそうだわ」

「ふふっ、そうかもしれませんね。・・・とにかく早く宿屋へ行って、早く寝ましょう。明日は忙しくなりそうです」

「えー?もう寝るの?どっか寄り道して遊ぼうよ」

「駄目です」

「ちょっとフェイ。あなた、一応は私のほうが上司だってこと、忘れてない?」

「あ・・・すみません」


 その翌日。

 チャンは普段どおりに登校し、フェイとパイはラウの案内で、チャンの治療を担当しているグイゼンが勤める病院を訪ねた。

 フェイは、これまでの治療記録や経過の説明を受けてから、自分が考えた治療法をグイゼンに話した。

 グイゼンは目を丸くして驚いたが、「やってみる価値はある」と、大乗り気だった。

 更に大乗り気だったのはラウだ。

 彼はフェイの説明を聞き終わると、すぐに学校へ行ってチャンを連れて来ると言い出した。フェイもそのつもりだった。

 ずっとチャンの治療をしていたグイゼンの意見を確認すること。設備や機材が揃っていること。それが、フェイがグイゼンの勤めている病院を訪ねた理由だった。

 グイゼンの賛同が得られた今、一刻も早く治療を試してみたい・・・フェイの氣は昂っていた。


 ラウは病院の通信器で、自宅にいるヤンに「すぐに病院に来るように」と連絡すると、パイの背中を押すようにして車に乗り込み、チャンを迎えに出た。

 フェイはグイゼンと共に、透視鏡や投影玉の準備を始める。

 間もなく、ラウに引き摺られるようにしてチャンが到着した。そのすぐ後に、ヤンも病室に顔を出す。

 いきなり学校から病院に連れて来られたチャンは、一体何が始まるのかと、キョトンとした顔で、バタバタと打ち合わせをするフェイとグイゼンや、その助手達を見ていた。

「それじゃ、早速始めましょうか・・・チャン君、上着を脱いで、寝台の上に座ってください」フェイが熱っぽくチャンに指示をする。

 ラウがすかさずチャンの上着を引っ剥がし、その細い体を抱え上げて、寝台の上に運んだ。

 グイゼンの助手が、透視鏡をチャンに向ける。するとチャンの体内が投影玉に、白黒の立体映像として浮かんだ。

 画像を調整して、肺の患部の位置を特定する。チャンを蝕む癌細胞が、特に濃い影となってあぶり出された。

 フェイは腕まくりをして呼吸を整え、寝台の高さを微調整して、チャンの患部を自分の胸の高さに揃えた。


「さあ、パイさん。いよいよあなたの出番ですよ」

「えっ?私が?何すんの?」

「嫌だなあ。話を聞いてなかったんですか?」

「聞いてたわよ。これからやろうとしてるのは、白仙の氣で患者の治癒力を上げるんじゃなくて、攻撃的な氣で、癌を直接叩こうってんでしょ?」

「そうです」

 フェイの考えた治療法は、単純といえば単純だった。

 だが、そもそも人を傷付ける類の氣を持たない白仙にとって、癌細胞とはいえ、人の体を傷付けることで病気を治すという発想は、想定外だったのだ。

「・・・で、その攻撃的な氣ってのが、フェイの銀衛氣なんでしょ?」

「そうです。だからパイさんの出番なんです。あなたの『助けを求める心』がないと、銀衛氣が発動しません」

「えっ?あー、やっぱり?いや、話を聞いてて、変だと思ってたのよ。戦闘をするわけでもないのに、どうやって銀衛氣を発動させるのかなーって。結局、私の気持ち次第なの?」

「そうです」

「パイさん、お願いします。チャンの治療ができるかどうかは、パイさんにかかっているんです」ラウが期待に溢れる眼差しで、パイを見つめた。


 いや、ラウだけではない。フェイも、グイゼンも、その助手達も、話を聞きつけて見学に来た他の白仙達も、そして勿論ヤンも・・・全員がパイに注目していた。

「あの、急にそんなこと言われても・・・取りあえず、私に危害を加えようって人が、ここにはいないし・・・」そう言いつつも迫り来るプレッシャーに耐えかねて、パイの心は逃げ腰モードに入りかけていた。その額に、うっすらと銀色の光が浮かぶ。

「うーん、もう一息ですね」フェイが首を振る。


「・・・パイさん」

「えっ?何?」

「あなたも薄々は感じていると思うのですが・・・チュアン国での錬武祭には、ラウさんの参加が必要不可欠なんです」

「うっ・・・やっぱり、そうなの?」

「はい。今度の実行委員達は、一人一人が最低でもヨウぐらいの強さだと思っておいたほうがいいでしょう。だから、シバは強気でいられるんです。もし、僕と、ウォンさんと、ラウさんの三人全員が参加したとしても・・・戦い方を工夫すれば、実行委員にも勝機は充分にありますからね」

 フェイは少々わざとらしく、恐怖におののくような演技付きで語った。


 だが、稚拙な演技でも充分な効き目があったらしく、パイの両目が落ち着きなく泳ぎ始めた。

「じゃあ、もし・・・ラウさんが参加しなかったら?こっちに勝ち目はあるの?」パイの声は震え始めていた。

「勝ち目が全く無いとは言いません。でも、かなり厳しい戦いになるでしょうね。今度は実行委員も、一対一で戦おうなどとは考えてないでしょうから」

「それじゃやっぱり、ラウさんにも参加して欲しい?」

「当然です。そのためには、チャン君の病気を治す必要があります。その鍵となるのは、パイさん、あなたの恐怖心なんです」

 パイの脳裏に、実行委員に打ちのめされるフェイとウォンのイメージが浮かんだ。そして、倒れ伏したフェイとウォンを踏みつけ、次の獲物を探す実行委員達の視線が・・・パイに向けられる。

 そこまで想像した所で、パイの額が銀色に輝き始めた。


「よしっ・・・パイさん、そのまま、そのまま」興奮を抑えながら呟くフェイの、髪と瞳もまた、銀色に輝き始めた。

 フェイはチャンの背後に立ち、右拳をチャンの背中に当てて、呼吸を整える。

 投影玉の映像で癌の位置と大きさを確認しながら、精神を集中して、打ち込む勁の大きさと方向を慎重に設定する。

 ゆっくり、ゆっくりと・・・前後に並べた足の・・・後ろ側に置いた左足の踵を上げて・・・少し下ろして。

「んっ・・・」小さいが張りのある氣合いと共に、その左踵をトン、と踏み降ろす。

「あっ」チャンが小さく叫び、その声を追いかけるかのように「おおっ」というどよめきが起こった。

 投影玉に映っていた肺の癌細胞の濃い影が、光に溶けるようにかき消されていた。

「おおっ、やった?の?ねえフェイ!」医術は素人のパイにも、患部の変化ははっきりと見て取れた。

 それが安心感となり、パイの恐怖心を静める。パイの額の光が消え、フェイの髪と瞳も、元の栗色に戻っていた。

「あっ・・・まだ、左膝の治療が・・・」グイゼンが悲痛な叫び声を上げた。

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