舞台・6
先刻の炎と雷もそうだったが、ラウの華炎は、相手の攻撃とぶつかり合って相殺したわけではない。それなら相応の衝撃が発生して、やはり首脳やその周囲の人間の命は無かった筈だ。
もし刺客の攻撃を防ぐとしたら、炎は水氣で剋し、雷は金氣で剋するのが普通の発想だ。
だが刺客は、炎には雷を、雷には凍気を添えていたから、うっかり相剋を狙って氣を放てば最悪の場合、かえって敵の攻撃力を上げることになりかねない。
フェイのように、属性に関係なく全ての攻撃的な氣を剋せるような無極之氣を扱えれば、まだ可能性はある。
だが、いくら侍衛官とはいえ、全員が全員無極之氣を扱えるわけではない。それに仮に無極之氣を扱える者がいたとしても、爆発的に広がる炎や、駆け巡る雷の全てを完全に剋することなど不可能だ。
刺客はそう考えていたし、裏付けとして自分達の氣の攻撃力の大きさにも、相応の自信を持っていた。
その、自信に満ちた攻撃が、消されてしまった。
相殺ではない。相剋ですらない。
ラウの華炎は刺客達の氣を呑み込み、滅してしまったのだ。桁違いの力の差がなければ、できない芸当だった。
そして手裏剣を放った男もまた、侍衛官達に制圧されてしまった。
刺客達の計画は、悪くはなかった。
ただ、稀代の天才ラウが、愛息チャンの信頼によって新しい力に目覚めた・・・その瞬間に居合わせたことが、彼らの最大の誤算かつ不運だったのだ。
さて、刺客を雇ったのは、どこの誰なのか。刺客の標的は、やはり首脳二人だったのか。・・・調べなければならないことは、たくさんあった。
だが二人の刺客は、収容されていた拘置所で、突然死してしまった。
二人の体には、時限呪が仕込まれていた。恐らく、標的の暗殺に成功し、無事に帰還したなら解除されることになっていたのだろう。
だが彼らは失敗し、身柄を拘束された。生きていれば、余計な情報が洩れてしまう。
情報の漏洩を防ぐには、彼らに死んでもらうしかない。そのための時限呪だった。
二人は、発動した呪法によって氣脈を断たれ、眠るように死んだ。
暗殺に失敗した刺客が消されるというのは、予測できる事態だったので、侍衛隊か警備隊の内部にも、刺客の雇い主と内通している者がいるのではないかという疑いも、当然起こった。だが残された手掛かりは、あまりにも少なかった。
黒幕は誰なのか。その謎は、謎のまま残されてしまった。
さて、ラウについての派手な実戦のエピソード・・・悪漢を打ち倒した、といった類の話は、この一件きりだ。
これだけでも、充分にラウの強さは世界に轟いていたのだが、実は「ラウ強し」の評判が不動の定説になっていったのは、この後からなのだ。
ルオヤン国と、ジャンアン国の首脳を狙った・・・侍衛官さえも手玉に取るほどの、高い実力を持った刺客の攻撃を防いだということで、ラウの名声は一気に上がっていた。
だが同時に、それを快く思わない者も多かった。
ラウの戦いを直接見ていない、生粋の武術家や、用心棒、それに警備隊員(特に機動部隊)や、侍衛官といった面々だ。
「いくら身体能力が高いといっても、舞踊家がそんなに強い筈がない」
「そもそも、あの日に警備をしていた連中が、腰抜け揃いだったのではないか」・・・等等。
彼らは一様に、面子を潰されたと感じていた。その鬱憤を晴らすべく、彼らは続々とルオヤン国を訪れ、ラウに手合わせを申し込んだ。
ただ、この時期にラウを訪ねた武術家達の中には、「普通」の一流はいたが、「超」の付く一流はいなかった。
超一流の実力を持つような武術家には、投影玉で再生されたラウの映像を見るだけで、その強さが納得できたからだ。
さて、挑戦を受けたラウは、その度にまずは丁重な挨拶を交わし、「取りあえずは、私の拙い舞などをご覧下さい」と、挑戦者を自分の演ずる舞台に招待した。
華炎の質が変化してから、ラウの舞もまた、一皮も二皮も剥けていた。
繊細な技巧に加え、力強さを含んだ、大らかな・・・包み込むような優しさに溢れていた。
その舞を観る者は、ただその技に興奮するだけでなく、もっと、深く静かな感動をも味わっていた。
チャンから「信頼」を学んだラウは、自分一人で舞台を構成することの限界に気付いていた。
彼は共演者を信頼し、氣を合わせ、共に舞台を作ろうと努めた。その心は、観客にも伝わっていた。もはやラウの舞は、彼一人が「見せつける」ようなものではなかった。
舞台と客席の、会場全体で作り上げるものになっていた。
ラウに挑んだ者達は、そんな舞台を見て、5分もすれば・・・余程鈍い者でも、クライマックスに差し掛かる頃には、自分とラウとの実力差をはっきりと理解し、手合わせを諦めていた。
武術家や警備隊員は、普通の観客とは少し違った観点からも、ラウの舞を観ていた。体の軸の安定性。動きの切り返しの速さ。予備動作の大きさ等等。
幸運にも?ラウの立ち回りの場面を観る機会に恵まれた者は、その・・・華美でありながらも、無駄のない動きに舌を巻いた。
舞台の立ち回りだから、勿論動きの手順は決めてある。だが、そんなことがどうでもよくなってしまうほど、ラウの動きには説得力があった。
ラウの技は、その一つ一つが本物だった。
例えば相手の攻撃を防ぐ時、手順が決まっていれば、次に相手がどこを攻めるかは分かっているから、つい相手の攻撃が始まるよりも先に防御の動きを始めてしまうことがよくある。本職の武術家ですら、そうだ。
だが、ラウは必ず相手の攻撃が始動して、どこに向かうのかが確定してから防御の動きをしていた。その動きは美しいだけでなく、素早く、無駄がなく、仮に手順と違う攻撃が来ても充分に対応できるだけの余裕があった。
しかも殺陣だというのに、相手の攻撃をガッチリと受け止めたりはしない。
もし、相手が本物の重量兵器で本気で打ちかかってきたとしても、フワリといなしてしまえるほど、柔らかく、滑らかに捌いていた。
そして、華炎。
舞台で見せる華炎は、勿論攻撃性など発現させてはいないのだが、それでも戦闘訓練を受けた者が見れば、それがとんでもない威力を秘めているのが分かった。
だが、手合わせを諦めた挑戦者達は皆、悪い気分ではなかった。
ラウの実力を認めたのが、舞台を観始めてすぐであれ、クライマックスの頃であれ、結局最後はただ、ラウの舞を楽しみ、堪能してしまっていたからだ。
舞台が終わってから、ラウと挑戦者は、手合わせの交渉など無かったかのように和やかに挨拶を交わした。
だが、それでもごくたまに、ラウとの手合わせを諦めない者がいた。
そんな時、ラウはやむなくその挑戦者と立ち合ったが、これも勝負にはならなかった。
ラウは、意気盛んに構える挑戦者の前に、ただスッと立ち、ほんの僅かばかりの華炎をなびかせた。
それで終わりだった。
憐れな挑戦者は、ここに至ってようやく己の無力さに気付くのだが、時既に遅し。もはや身動き一つままならず、ただ脂汗を流して立ち尽くすのみだった。
そしてラウは、頃合をみて華炎を鎮めると、「どうやら勝負は付きそうにありません。ここは一つ、引き分けということにしませんか」と譲歩して、相手の面子を立てた。
だからラウの立ち合いの成績は、引き分けばかりだ。
こうしてラウは、誰も傷付けることなく、その強さを天下に知らしめていったのだ。
舞台・了