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グレイソウル  作者:
51/148

舞台・5

 そして雷は薄皮一枚になった水氣の膜を引き裂き、真下にいる首脳二人と、その周囲の10人の侍衛官に襲いかかった。

 いや、更にその周囲の観客数十名も、巻き添えをくっていた。

 突然の雷に襲われた首脳と侍衛官、観客達は、体が痺れてその場から動けない。

 だが、それだけだ。侍衛官に察知できない程度の雷ならば、どの道殺傷力などない。

 歓声が悲鳴に変わった会場で、侍衛官は冷静に、雷が消えるのを待っていた。


 ところが、雷が消えるより先に行動を起こした者がいた。

 手裏剣を投げた男と目配せをしていた、刺客の一人だ。

 彼は立ち上がるや否や、胸前で両掌を向かい合わせると、素早く火氣の・・・炎の氣弾を練り上げ、まだ雷が残っている首脳二人の席を目がけて撃ち放った。

 開場の各所に配置していた侍衛官や警備隊員は、派手な雷に気を取られて、対応が一瞬遅れてしまっていた。

 致命的なミスだった。

 放たれた炎の氣弾は、それだけで充分に殺傷力のあるものだった。だが、それだけではない。

 炎の先には、まだかなりの量の雷が残っている。

 木生火。木は火を生む。炎の氣弾は雷を吸収し、急激に膨張して激しく燃焼する。それはもはや、爆発と変わらない。

 恐らくは、会場の半分が吹き飛ぶほどの威力に達する筈だ。

 雷のせいで、まだ体が痺れて動けずにいる侍衛官達は、炎の接近を感じ取り、その結末の予感に愕然とした。

 それ以外の侍衛官や警備隊員も、氣弾を撃った男を取り押さえることも忘れて、これから起こる惨状におののいていた。


 そしてラウは、目の前の光景を信じられずにいた。

 つい先刻まで興奮と感動に包まれていた客席は、恐怖と苦痛の予感で満ちていた。

 ふと、傍らのチャンを見て、ラウは・・・目が覚めたような気がした。

 チャンは、真っ直ぐにラウを見ていた。その目には確かに恐怖の色があったが、それ以上に、父親への信頼に溢れていた。

(お父さんが、何とかしてくれる)チャンの目は、そう語っていた。

 そしてこの時ラウは、ずっと感じていた・・・自分に足りない物・・・しかし、チャンは持っている物・・・それが何なのかを理解した。

(自分以外の者を、信じる心だ)

 ラウは、天才だった。

 周囲には、ラウよりも上手く踊れる人間などいなかった。

 舞踊だけではない。詩歌も、書画も、武術も・・・物心のつく頃には、舞踊を教えてくれた両親の動きでさえも、それを見て感動するようなことはなくなっていた。

 もはやラウを感動させられるのは、古の達人が残した・・・舞踊の形や、武術の套路や、詩歌や書画の古典などといった、ラウと同じレベルの天才が残した作品・・・才能の影と、残り香・・・そういったものだけだった。

 そんなラウが、周囲の人間と心からの信頼関係を作るのは、難しかった。

 舞踊でも、武術でも、誰か他の者と組んで練習したり演じたりすると、自分が相手を引き上げることはあっても、お互いに高め合うようなことはなかった。

 ラウの舞台は、独演でも、他の舞踊家との共演でも、結局はラウ一人で完結していた。そして、それが当たり前になっていた。


 だが、チャンは違う。

 この幼児は、無条件に父親を信頼している。そこには何の根拠もない。

 甘えですらない。ただ、信じているだけだ。

 この、無条件に他者を信じられる強さ・・・これが、ラウに足りない物の正体だった。

 ラウはこのことに、チャンに舞踊の稽古をつけながら、薄々気付いてはいた。

 それがこの緊急事態で、感情と感覚が一気に揺さぶられ、増幅し、鋭敏になることで、はっきりと自覚するに至ったのだ。

 ラウは、懐の九節鞭を握りながら、強く思った。

(この子の・・・チャンの信頼に応えたい。この子を守りたい。そして、もっと、この子と同じ時間を過ごしたい)

 その思いは、ラウの胸を熱く焦がし、丹田を撼がし、氣を精錬した。


 そして、ラウの「華炎」は生まれ変わった。

 ラウは華炎の嵐を纏いながら跳躍し、目の前で弾けている雷と迫り来る炎に向けて、九節鞭を振り回した。

 その、ラウの躍動に導かれるように、華炎がザッ、と津波のようにうねり、雷と炎を呑み込む。

 武器ではなく、あくまでも舞台用の小道具ということで、耐久力が低く作られていた九節鞭が、技の衝撃に耐えられずに砕け散った。

 明滅する光と震える空気に、会場にいた者達は、一様に声を失った。

 そして・・・砕けた九節鞭の欠片が、パラパラと床に落ちる音が響いた。

 雷も、炎も消えていた。

 炎の氣弾を撃った刺客は、口を半開きにして、信じられないという目でラウを見つめていた。

 自分の氣弾に余程の自信があったのだろう。それが九節鞭のひと振りで、下準備の雷ごとかき消されたのが、納得できないようだった。


 だが侍衛官達は、さすがにこのチャンスを逃さなかった。

 各所に配置していた者や、首脳の側にいた10人の内の5人が、一斉に刺客に向かって跳びかかる。

 刺客は、抵抗する間もなく制圧されてしまっていた。

 その様子を、舌打ちをしながら横目で見ていた・・・最初に天井に手裏剣を打ち込んだもう一人の刺客は、スッと立ち上がると、両手を大きく振りかぶった。

 その両手には、手裏剣が握られていた。右手に5本、左手に5本。

 しかも右手の手裏剣には雷を、左手の手裏剣には凍気を・・・今度は、充分に人を殺傷できるだけの量を込めていた。

 そして、水生木。水は木を生む。

 放たれた手裏剣が空中で交錯する時、雷は凍気を吸収して膨らみ、暴走する筈だ。

 首脳の側に残っている侍衛官は、5人。彼らがその身を盾にしても、到底防ぎ切れるものではない。

 二人の刺客は最初から、ここまで想定して・・・二段構え、三段構えで用意していたのだ。

 それでも・・・無駄とは知りつつ、5人の侍衛官は、重なり合って壁を作った。

 刺客にとっては、そんな壁は無いも同然だった。余裕を持って、10本の手裏剣を放つ。

 手裏剣は、侍衛官の作った壁の2メートルほど手前で交錯し、水氣を吸収した木氣の雷が跳ね回って、命を無差別に奪っていく筈だった。


 だが・・・先刻の迎撃で、自分の新しい力を完全に自覚したラウにとっては、そんな殺傷力を持った飛び道具ですら、蝿ほどの脅威も感じられなかった。

 懐に残っていた、もう一本の九節鞭を引っ張り出しつつ、横っ跳びに手裏剣との距離を詰める。

 華炎が残像のようにその後を追い、ラウが九節鞭を振ると、今度は滝のように、空中の手裏剣に降り注いだ。

 また衝撃に耐えられずに、九節鞭が砕けた。

 今度は観客にも、多少は「観る」余裕があったらしく、「おお」という歓声が上がった。

 九節鞭の欠片と、叩き落とされた手裏剣が床に落ちる・・・それらの音は、歓声にかき消されてしまった。

 そしてまた、刺客は口を半開きにして呆然としていた。

 炎の氣弾が失敗した時点で、暗殺計画があることはバレているのだから、もはや隠密行動にこだわるよりも、とにかく標的の殺害が最優先だった。だから彼は炎を撃った刺客以上に、遠慮なく、手加減なく、莫大な氣を手裏剣に込めたのだ。

 それが、あっさりと消されてしまっていた。 

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