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グレイソウル  作者:
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舞台・4

 それでもヤンは、天才肌のラウが、未熟といえばあまりに未熟なチャンの動きに、いつ怒りを爆発させて・・・ひどく叱りつけたりはしないかと、冷や冷やしたものだ。

 だがしかし、ヤンが拍子抜けするほど、ラウはチャンに対して穏やかに、丁寧に、見ようによっては謙虚に指導をしていた。

 むしろヤンのほうが、ぐずぐずと要領の悪い息子に癇癪を起こすことさえあった。

 そんな時、ラウはヤンをなだめるよりも、「何を怒っているんですか?」と、実に不思議そうな顔をした。そんなラウを見て、ヤンは頭に昇った血が下がるとともに・・・一抹の疑問をも感じていた。


「ラウ。あなたは、その・・・チャンに稽古をつけていて、苛々することはないの?」

「ありません」

「どうして?そりゃ、幼児は大人には真似できない、自然で素直な動きができるけど・・・それ以上にぐずだし、不器用だし、覚えも悪いわよ」

「そうですね」 

「そうですねって、それを見て、苛々しないの?それとも、チャンって他の子と比べると、かなり才能があるとか?」

「いや、自分の息子に対してこう言うのも何ですが、動きに関しては、チャンは全く人並みです」

「じゃあ、どうして怒らないの?稽古をつけるのなら、たまにはビシッと締めてもいいと思うけど」

「チャンはまだ2歳ですよ。稽古に厳しさなど必要ありません」

「それはまあ、そうだけど。・・・あなたほどの舞踊家が、子供相手に稽古をつけて、よく怒り出さないなって。それが不思議なのよ。大人が相手なら・・・舞台の稽古なんかで、他の舞師が下手な踊りをしたら、あなただって怒ることがあるでしょ?」

「それは相手が大人だからです」

「そう。・・・そこなのよ。チャンはまだ子供だから、大人と同じことができる筈はないの。それはそうなんだけど、大人に対するのと同じ真剣さで、チャンと向き合っていれば、自然に怒りが湧いてくることだってあるんじゃないの?あなたは、チャンに馴れ合いで稽古をつけている部分があるんじゃないの?」


 ラウの目に、「意外だ」という色が浮かび、それから少し考えて・・・口を開いた。

「馴れ合いということは、ありません。・・・ただ私の中に、チャンに『稽古をつけている』という自覚に欠けている部分は、あるかもしれません。私は、チャンに教えているというよりも、・・・チャンから何かを教わっているような気がするんです」

 今度は、ヤンの目に「意外だ」という色が・・・ラウよりも、濃く浮かんだ。

「あなたが?当世一代の、天才舞踊家のラウが?幼児から、教わっているの?」

「そうです。・・・あなたは以前、私に『足りない物』があると言って・・・それを見つけたい、とも言ってました。それは、見つかりましたか?」

「ううん。見つからないわ」ヤンは首を振った。

「私もです。・・・私にもまだ、自分に欠けている物が何なのか、分かりません。・・・・でもチャンには、それが・・・私には足りない何かが、あるような気がするんです」

「えっ・・・?」

「私は、チャンに稽古をつける中で、逆にチャンからそれを教わっているような気がするんです・・・それが、チャンに怒りを感じない理由だと思います。まあ、単なる親馬鹿かもしれませんが・・・」

(それは『かもしれない』じゃなくて、まるっきり『親馬鹿』だわ)と、ヤンは思った。・・・が、声には出さなかったし、ラウが息子のことをそんな風に感じているのが、嬉しくもあった。



 チャンが3歳になった頃。

 10年近くにわたって緊張状態にあった、ルオヤン国と隣国のジャンアン国とが、友好関係を取り戻した。

 既に世界中の軍隊は解隊されていたので、戦争にこそならずに済んでいたが、一時は軍の再編成まで噂されていたほど、両国の関係は悪化していた。それがジャンアン国の政権が交代し、新しい首脳になってから、ようやく穏やかに交渉が進むようになったのだ。

 両国の首脳は、お互いに相手の国を訪問し、友好を深めることに努めていた。

 そんな中で、ジャンアン国の首脳がルオヤン国を訪問した際に、レセプションの一つとして、ラウの舞台を鑑賞することになった。


 ラウはこの記念すべき舞台を、チャンの初舞台にしようと考えた。この興行は世界中で話題となり、公演予定の劇場の1万人分の切符は、瞬く間に完売してしまった。

 ラウはこの舞台で、子連れの武侠に扮した。

 チャンはそのまま、ラウが扮する武侠の息子役として、舞台に上がった。

 ラウは充分過ぎるほど広い筈の舞台を、閃光のように所狭しと駆け巡り、飛び跳ねた。

 その手足は、観る者全ての心を優しく撫でるかのように、伸びやかに、細やかに舞い、旋回する剣は風を巻き起こし、たなびく華炎が更に彩りを添えた。

 クライマックスでは、敵役の侠客集団に囚われたチャンを、二条の九節鞭をもって鮮やかに救い出し、親子で並び立って大見得を切った。

 客席から、割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。


 その拍手の渦の中で、観客席の中ほどに・・・10席ほどの間を置いて・・・目配せを交わし合う、二人の男がいた。

 男の一人が軽く右手を振ると、袖口から黒塗りの棒が、手の内に滑り落ちる。

 手裏剣だ。

 そのまま、髪を整えるかのような自然な動きで、手裏剣を下手投げで飛ばす。

 黒塗りの手裏剣は誰の目にも止まらず、風を切って天井に突き刺さったのだが、その音も盛大な拍手にかき消されて、誰の耳にも入らなかった。

 手裏剣は、最前列中央の席の真上の天井に刺さっていた。その席にはジャンアン国の首脳と、エスコート役のルオヤン国の首脳がいた。

 その周囲は当然、侍衛官が10人がかりで警護をしている。

 その他にも通路や出入り口など、開場全体で警備にあたっている侍衛官と警備隊員の総数は、100名近くにのぼっていた。

 ラウの舞に我を忘れて興奮する首脳二人や、他の観客と違い・・・侍衛官達は、あくまで冷静さを保ち、周囲に気を配り続けていた。

 だが鳴り止まない拍手や、歓声と熱気の中で、さすがの彼らの緊張感も多少は浮ついていた。

 二人組の男は・・・ジャンアン国とルオヤン国の首脳を狙った刺客は、そんな心の隙をついたのだ。


 天井に刺さった手裏剣には、木氣の雷が込められていた。

 だが、その周囲を水氣の凍結作用でコーティングしてあり、すぐには雷が飛び散らないようにしてあった。

 暗殺者が氣を道具に込めて使う場合は、爆発呪や時限呪などの特殊な呪的効果を加えることが多いのだが、こういった呪術は特殊な波動を出すため、侍衛官に察知され易いという欠点がある。

 だが、天井の手裏剣に込められているのは、あくまでもただの木氣と水氣で、しかも殺傷力を発揮するほど大きいものではなかったので、侍衛官も気付かなかったのだ。

 だが手裏剣の内部では、木氣が自らを覆う水氣を食らい、徐々に膨張を続けていた。

 水生木。水は木を生む。木氣は水氣を吸収して膨らみ、逆に水氣はどんどん薄くなっていった。

 ようやく侍衛官の一人が、頭上に攻撃的な氣を感じた時には、既に雷は限界まで圧縮されていて・・・

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