舞台・1
フェイとパイが辞令を受けた、その翌日。
入院中のヤンリャンを除き、ティェン国警備隊の全員の見送りを受け、二人は公用車でティェン国を発った。
「見送ってくれるのはいいけど、警備隊も肝心なところでケチよねえ。どうせなら、運転手付きの車にしてくれればいいのに・・・自分で運転して行かなきゃならないなんて」出発して30秒後に、パイは運転しながら文句を言っていた。
「フェイ、あなたは車の運転、できるんでしょ?」
「はい。免許は持ってます」
「じゃ、時々運転を変わってね」
「あの、民間人の僕が公用車を運転してもいいんですか?」
「いいわよ。忘れたの?あなたは今、警備隊員と同じ扱いなのよ。一等隊士よ。・・・そうそう、上司は私のほうよ」
「・・・はい」
「あー、そうだ。昨日ね、錬武祭の映像を見直したんだけど」
「はい」
「フェイの銀衛氣が発動してる間ってさ、何か、私のオデコが銀色に光ってない?」
「ええ。あれは、氣の共振現象です」
「あー、やっぱり。あれ、何とかならない?何か、いかにもって感じでカッコ悪いじゃない」
「何とか、と言われても・・・」フェイは腕を組み、10秒ほど考えた。
「お望みでしたら、額の光の形を花柄などにできますが・・・」
「望んどらんっ!・・・まったく、あんたの美的センスって、どうなってるのよ」
「・・・すみません」
「つまり、オデコが光らないようにしたいのよ」
「それはちょっと・・・銀衛氣の出力が上がれば上がるほど、共振現象も強くなりますから・・・光を消すのは・・・」
「あー、そう。もういいわ。どうせ光るんなら、今のままのほうが、まだマシ」
「すみません。・・・あれ?パイさん、この道だとチュアン国へ行ってしまいますよ」
「当たり前でしょ。次の錬武祭は、チュアン国でやるんだから」
「そうじゃなくて、聞いてませんか?チュアン国に行く前にルオヤン国へ回って、『華炎嵐舞鞭』のラウさんを・・・」
「え?ちょっとそれ、本当?」
「はい。あの、ヤンリャンさんを病院に運んだ後で、ズウグ部長から指示を受けたんですが・・・ゴタゴタしてたから、パイさんには連絡が行かなかったんでしょうか」
「あー、きっとそうだわ。何よそれ。聞いてないわよ。あーどうしよう。ラウさんに会うの?美容院に行っとけば良かったなあ。化粧もちゃんとしてないし。ま、化粧はフェイが運転してる間にすればいいか・・・あ、でもラウさんて、錬武祭に参加しないんでしょ?迎えに行ってもしょうがないんじゃないの?」
「いや、ですからまず先に、説得しなきゃならないんです。・・・ラウさんの不参加の理由は、どうやらお子さんのご病気に原因があるらしくて」
「え?そうなんだ」
「はい。だから、白仙の僕なら話がしやすいのではないかと・・・」
「あー、なるほどね。通りで私への連絡が抜ける筈だわ。だって病気とかそういう話なら、私は役に立たないもん。それでなくても昨日は、雷の暴走の後始末でてんてこ舞いだったし」
「すみません」
「ん?何でフェイが謝るの?」
「いや、パイさんの力を引き上げたのは、僕ですから・・・」
「あはは、いいのいいの。ヤンリャン隊長だって、命がどうこうって怪我したわけじゃないし、そもそも言い出しっぺはあの人なんだから。半分以上は本人の責任でしょ?私もちょっとスカッとしたし」
「まあ、そう言ってもらえると助かりますが・・・」
「そうそう。それより、ルオヤン国よ、ルオヤン国!ラウさんに会いに行かなくっちゃ!」
「仕事ですよ、仕事」
「分かってるわよ・・・で、ラウさんの子供さんの病気って、何なの?その病気をさ、フェイがスパッと治しちゃえば、ラウさんも錬武祭に参加してくれるかな?」
「どうでしょう。ルオヤン国にだって、優秀な白仙がいる筈ですからね。僕が行ったからって、治せるとは限りませんよ。ズウグ部長も、そこまでの期待はしていないようでしたし・・・まあ、僕は普通の警備隊員と違って、病気についての知識は色々とありますから、そういう方面からラウさんの精神的なフォローをしつつ、錬武祭への参加に誘導すると・・・そういう作戦なんです」
「ふーん。面倒臭いわねえ・・・それよりさ、病気自体を治しちゃったほうが、早くない?」
「それはそうでしょうが・・・ラウさんのお子さんは、癌なんです」
「・・・え?」
「まだ、8歳だそうです・・・白仙にとっても、薬師にとっても、一番厄介な病気です」
この世界の医療は、氣や薬によって患者の体力や回復力を高め、病因の沈静化や退出を待つというのが、その中心となっている。
そして、種々の病因・・・細菌やウイルス、炎症や変性などを、「敵」として捉えてはいない。
つまり、病気や怪我の治療の中心は、「闘病」ではなくて「養生」なのだ。
この世界の人間が氣を制御する力は非常に優れているので、それで充分に医療として成立していたのだ。
しかし、この治療体系において、特に苦手とされる病気がある。
癌だ。
・・・特に、若者の癌は治療成績が悪い。
この世界では、病気を「敵」と見做さないから、「外科手術による摘出」という発想がない。
体内に異物(細菌やウイルス、寄生虫など)が入った場合は、その異物が体に与える影響を最小限に抑えつつ、体が自然に排出するのを待つ、という方法がある。
だが癌は、患者自身の細胞なので、排出はされないし、もとより白仙の氣では、細胞を「消滅」させることはできない。薬にしても、癌細胞を倒すほど強いものでは、正常な細胞まで傷付けてしまうため、匙加減が非常に難しい。
結局、患者の正常な細胞を活性化させ、癌が居場所をなくして消えるのを待つしかない。
それでも高齢者の癌であれば、癌細胞の勢いが弱いので、比較的回復の可能性が高い。
だが若者の癌細胞は、勢いが強い。患者の体力を、氣や薬で幾ら補っても、癌がそれを上回ることの方が多い。
下手をすれば、患者のために補った氣を、癌が横取りして更に増殖することさえある。
二日後の午後、フェイとパイはルオヤン国に到着した。
ルオヤン国は、特に文化・芸術に秀でた国で、建物の外観ひとつとっても、何となく洒落た雰囲気がある。
そんな中を、つい観光気分になりそうなパイと、ラウをどう説得しようかと頭を悩ませるフェイは、首都を目指して車を走らせた。
まずはルオヤン国の警備隊本部に立ち寄り、挨拶をする。
それから改めてラウに連絡を取り、自宅を訪問した。
ラウはルオヤン国の首都に住んでいるので、とにかく一度会っておこうということになったのだ。
さて、いよいよラウ宅の前に車を停め、入り口で呼び鈴を鳴らそうという時に、急にパイがそわそわし始めた。
「ねえフェイ、私の髪、乱れてない?」
「いえ。別に」
「ちょっと化粧、濃いかな?」
「・・・いえ、別に」
「ああっ、やっぱり、サインとか頼んじゃったら、不謹慎かなー」
「・・・別に、そのぐらいならいいんじゃないですか」付き合いきれないという顔で、フェイが呼び鈴を押した。
「あーっ!押しちゃった!もう、しょうがないなあ・・・」
「それはこっちの台詞です」
間もなく扉が開いた。
扉の向こうに、ラウがいた。
2メートル近い巨体だが、筋骨隆々ではない。しなやかな竹を思わせるような体型だ。
上品な、無地の薄茶色の、ゆったりした服。肩にやっと届くぐらいの長さの髪は、明るい茶色で、結っても括ってもいないが、邪魔にならないように、さらりと流してまとめてある。
その容貌は、甘く涼しげではあるが、フェイのように女性的ではなく、あくまで男っぷりのよい目鼻立ちをしていた。