会議・4
「それがどうした。俺だって特級の黒仙だぞ。錬武祭の日、鉄棍を持ってあの場に立ってたんだ・・・だが、お前も俺も、何かの役に立ったか?持てる力で、実行委員にカスリ傷の一つでも負わせたか?」
「いや、それを言われると・・・」
「あの・・・そういうことでしたら、パイさんの力は、まだまだ伸ばせますが・・・」
「え、本当?」
「はい。実行委員を倒すほどの力となると、ちょっと難しいですが・・・かなりギリギリまで、自分で自分の身を守れるようにはなると思います。そのほうが、僕も助かりますし」
「そりゃ凄いな。で、そいつは次の錬武祭までに、身に付けられるのかい?」
「いえ、時間は要りません。ちょっと経絡を操作して、氣の流れを調整するだけですから、すぐにできます」
「おおっ!ちょっと、そういうことは早く言ってよ!」パイがフェイの肩をパンパンと無遠慮に叩きながらはしゃぐ。
「じゃ、早速やってちょうだい」
「え?今?」
「そうよ。こういうことは、早いほうがいいでしょ?」
「うん。俺も興味があるな。ぜひやってみてくれ」
「では」フェイは、パイの両肩の中府穴、雲門穴、前腕の郄門穴に点穴した。
それから背後に回って、背中の筋縮穴、至陽穴、大椎穴に点穴。次に、両掌で肩甲骨を覆うように按じながら、天宗穴を操作。
最後に背中を上から下へ数回擦った。
「終わりました」所要時間は1分もかかっていない。
「もう?終わり?」
「はい。何度も言うようですが、僕とパイさんは氣の波長がそっくりなので、こういう調整はし易いんです」
「・・・でも、何ていうか、どこも変わったような気がしないんだけど。別に力が漲るような感覚もないし」
「自然な形で能力が上がる時は、そういうものです」
「・・・で、パイにはどんな力が加わったんだ?」
「加えたというより、パイさんが持っている、雷の氣弾を撃つ力を、最大限に引き上げました」
「ふん・・・面白いな。ちょっと試してみるか」ヤンリャン部隊長はそう言うと、席を立って壁際に立ち、パイに向かって左掌を突き出した。
「パイ。その、力を引き上げられたとかいう氣弾を、撃ってみろ」挑発するような声だ。
突き出した左掌の周りに、ゆっくりと金氣の光が広がる。
金剋木。
ヤンリャン部隊長は、パイの木氣の雷を、金氣の光で相殺するつもりなのだ。
ヤンリャンは、五行の属性の内の金氣しか使えないが、これを刃物のようにして使う技術が高く、氣による攻撃の殆んどを、切り裂いて無力化することができる。ましてやパイの木氣なら、少々威力が上がっていても、簡単に防げる・・・その、ヤンリャンの自信たっぷりな態度に、パイは少しムッとしていた。
(確かに隊長は強いわよ。格闘技は当然として、こっちが氣弾を使っていいような状況設定でも、隊長には全然歯が立たないし。実際、私の氣弾の威力がどれほど上がったか知らないけど、隊長の金氣を破れる気なんてしないし・・・っても、それは隊長が両手で構えたらの話なのよね。いくらなんでも、片手ってのは私を馬鹿にしてるわ)
「じゃあパイさん、両掌を胸の前で向かい合わせにしてください」フェイが呟く。
「え?両手?」ヤンリャンに向かって右掌を突き出しかけていたパイが、動きを止める。
「はい。片手だと、氣の制御が難しいですから、いきなり強力な氣弾が飛び出す危険があります。両掌の中で、少しずつ出力を上げてみてください」
「ふーん・・・こう?」パイは胸の前で、赤ん坊の頭ほどの大きさの球を抱えるような感じで、両掌を向かい合わせて呼吸を整えた。掌に挟まれた空間の中央で、小さな雷がバチバチと弾ける。
「そうです。その調子で、少しずつ、雷を大きくしていきましょう」
ところがフェイの慎重さとは裏腹に、構えたままで待っているヤンリャンは退屈し始めていた。
「どうした?早く撃ってみろ。お前が少しはフェイ君の役に立てるようなら、俺も少しは枕を高くして眠れるってもんだ」
パイは段々腹が立ってきた。(何よ、偉そうに。大体隊長だって、錬武祭で私が腕を斬られて苦しんでるのに、みんなと一緒にボーッと固まってたじゃないの。ちょっとぐらい、痛い目に合わせてやったほうがいいんじゃないかしら)
その、パイの心に湧いた茶目っ気と悪気が、急激に雷を膨らませた。
火花が掌から溢れ出してくる。
「落ち着いてください、パイさん。静かに、静かに呼吸を整えて・・・ヤンリャンさん、防御はできますよね?」
「うっ?あっ、おう。勿論だ。パイの氣弾ごとき、どうってこたあない」
だが、ヤンリャンの声は震えていた。ダラリと下げていた右手を上げて、左手と並べると、金氣を込めて光の壁を厚く、広くする。
だが、実は一番うろたえていたのはパイだった。
(ちょっと何なのよ、この雷の膨張力は。まずい。制御しきれない。このままじゃ、雷が暴走しちゃう・・・何とかして、雷の出力を下げないと・・・そうだ。呼吸を、静かに、整えて、肩の力を抜いて・・・)
そして肩の力を抜いた途端に、パイの掌の中の雷が更に膨らんだ。
いや、もはや掌の中というよりは、掌を中心にして荒れ狂う雷、というのが正しい。
「そうじゃありません、パイさん。下腹部に、こう、碇を沈めるようなイメージで、静かに・・・」
「下腹部に・・・沈めるって・・・」そして、更に雷は勢いを増した。
「あ、もう駄目・・・」パイの呻き声をかき消すように、雷は掌の戒めを振りほどき、ヤンリャンに向かって飛び出した。
その青白い閃光は、ヤンリャンが両手でガッチリと組んだ筈の光の壁をスルリと貫通し、ヤンリャンの全身を包んで吹き飛ばした。
これでヤンリャンが黒焦げにならなかったのは、それでも金氣の光で多少は雷の威力が減ったのと、パイに殺意がなかったおかげだ。
それでも派手に吹っ飛ばされたヤンリャンは、そのまま会議室の壁に叩きつけられ、雷はその余力で、豪快な爆発音と共に壁を崩壊させた。
「何だっ?」
「会議室のほうだ!」
すぐに警備隊員が集まってきて・・・
惨状を見て驚き、パイの説明を聞いて呆れた。
ヤンリャン部隊長は、2週間の入院を余儀なくされた。
その間、枕を高くして寝ていたかどうかは不明だが・・・。
会議・了