会議・2
一本眉の男は、突然頭の中に充満したリアルな死のイメージに戸惑い、俯いて黙り込んでしまった。
結局、一本眉の男が、この後会議で発言することはなかった。嘔吐と失禁を堪えるので精一杯だったからだ。
ちなみに、この一本眉の男は、不用意な発言で周囲を困惑させることの多い人物だったらしく、フェイが何かしたと気付いた者は結構いたのだが、誰もが見て見ぬフリをしていた。
「いや、参考になったよフェイ君。ありがとう。・・・ただね」ズウグ部長が静かに語りかける。
「もし、君がシバと戦うようなことになったら・・・なるべくなら、シバを殺さないで欲しい。結果的に、シバが死んでしまうことはあるかもしれない。でもそれは、あくまで結果的に死んだ、ということでないと・・・君が最初から、殺意のみを持ってシバと対峙するというのは、何よりも君自身のために勧められない」
「・・・分かっています」
この世界には、死刑制度がない。一番重い刑罰は、終身刑だ。
その終身刑にもランクがあり、一番重いものは、絶海の孤島に文字通り「島流し」になるというものだ。
その島には管理者も施設もなく、送り込まれた受刑者は厳しい自然の中で、自分の力だけで生き延びなければならない。
婉曲な死刑といってもいいような刑だ。
・・・だが、それでも生きる望みは、ある。
となると、凶悪な犯罪の被害者やその家族が、犯人への復讐を望んだなら、自分の手で殺すしか道はない。
だが、もしそれを実践したなら、それは殺人罪となってしまうし(フェイの場合は、シバと戦って殺したとしても、事情が事情なので罪に問われる可能性はまずないが)、そもそもそれで被害者やその家族が救われるという保証もない。
だからズウグ部長は、フェイにやんわりと釘を刺したのだ。
「さて、ここで・・・今朝届いたばかりの録画符の映像を、見ていただきましょう」ズウグ部長は先刻までとは全く違う声色で、場の空気そのものを塗り替えながら、投影玉に録画符をはめ込み、起動呪を唱えた。
浮かんできた立体映像は・・・シバだった。
パイは急に右頬に、ピリピリとした痛みを感じた。(うわ、ひょっとして・・・)と、恐る恐る右隣のフェイを見ると、案の定、針のような殺氣が洩れている。これでも一応、抑えているつもりらしいのが、いかにも作ったような無表情さから伺えた。
「・・・フェイ」パイが囁く。
「・・・はい」フェイの声は、震えている。
「殺氣が痛いわよ。鎮めてちょうだい」途端に右頬の痛みが消えた。
チラリとフェイを見ると、やはり無表情を装ってはいるが、飲み込んだ殺氣のせいで、先刻よりも眼光や吐息に棘があった。
「さて・・・とりあえず、おめでとうと言っておこうか」シバの声は重々しかったが、どこか嬉しそうな、弾むような響きがあった。
「正直言って、第一回の錬武祭は、こちらが圧勝するつもりでいた。そのほうが、そちらも本腰をいれて鍛える気になると思うたからだが・・・負けたのは、嬉しい誤算じゃ。しかしまあ、戦ったのが実質、警備隊員ではなくて・・・民間の、しかも武術家ですらない・・・一介の白仙、ただ一人というのは・・・いや、全く、このフェイ君一人に負けたようなものじゃ。警備隊は、反省せねばならんのう」シバはそこで言葉を切り、ク、ク、と笑った。
(ああ、なんか居辛いなあ・・・)パイは居心地が悪くなってきた。会議室に、警備隊員達の怒氣が充満してきたからだ。(シバが言ってるのは本当のことなんだから、いちいち怒っても仕方ないでしょうに)こういうところは、パイは達観している。
「で、次の錬武祭じゃが。約束通り、一ヶ月後に・・・23日の正午に、今度は、チュアン国で開催する」
会議室に、安堵の溜め息が広がった。一人、顔色を青くしている・・・立体映像の・・・チュアン国の警備隊員を除いて。
「今度は、ワシも参加しようと思うとったんじゃが、実は新しい実行委員が一人、見つかってのう。ワシの参加は見送りじゃ。しかしな、こいつはワシの代わりが務まるほどの遣い手じゃからな。せいぜい油断せんように。できれば、フェイ君の再度の参加を期待しとるよ。まあ、そうせざるを得んじゃろうがな・・・では、失礼する」映像は、それで終わりだった。
「ご覧の通りです。次の錬武祭は、チュアン国での開催になります・・・しかし、これはもうチュアン国だけの問題ではありません。ティエン国としては、フェイ君にチュアン国での錬武祭への参加を依頼したいと思います。・・・フェイ君は、元々ペイジ国の国民ですから、本来ならペイジ国から依頼するべきなのでしょうが・・・」ズウグ部長はそう言って、立体映像のペイジ国代表を見た。
「勿論、私共としても、フェイ君の参加をお願いしたい」ペイジ国代表の映像が頷いた。
「そういうことです、フェイ君。勿論ティエン国としても、できる限りの援助をしたいと思います。その中には当然、そこにいるパイ二等隊士の、錬武祭への参加も含まれています」ズウグ部長は、パイをキッと見つめながら断言した。
(あー、やっぱり・・・)パイは肩を落としたが、殆んど予想も覚悟もしていたので、自分でも思ったほど落胆はしなかった。
「それとサントン国に打診して、武術家の・・・『風刃脚』ウォン氏に、錬武祭への参加を要請しました。ウォン氏は、快く引き受けてくださったそうです」
会議室に、「おお」という声が広がった。丸まっていたパイの背筋までが、シャンと伸びた。
風刃脚のウォンの知名度はそれほど高く、そして実際に強かったのだ。
「それから、ルオヤン国の・・・『華炎嵐舞鞭』ラウ氏にも、参加を要請したのですが・・・こちらはラウ氏のほうに事情があるらしく、よい返事を頂けませんでした」
また、会議室がざわついた。フェイとウォン、この二人が揃うだけでも、次の錬武祭は確実に勝てそうな気がする。・・・が、ティエン国の錬武祭も、よもやここまで苦戦するとは思っていなかった。「まず間違いなく、警備隊の圧勝だろう」というのが、皆の本音だった。
それが実際に戦ってみれば、苦戦というよりは、警備隊は実質敗北したといっていい。シバの言う通り、フェイ一人で勝ったようなものだ。
そしてシバは、そのフェイの参加を願いつつ、次の錬武祭も負ける気はないように見える。
風刃脚のウォンや、華炎嵐舞鞭のラウの参加も考えられるというのに、だ。
・・・そう。実行委員を迎え撃つ側としては、頼れる遣い手が何人いても、安心はできないのだ。
そんな中で、ラウが錬武祭に参加しないというのは立派な不安材料だ。
その後、会議は無難な意見が交わされ・・・要は大した妙案も浮かばないまま、終了となった。
「あ〜、終わった終わった。眠い会議だったわねえ」廊下を歩きながら、パイがんーっと伸びをする。
「会議というのは、みんな眠いものです」フェイが呟いた。
「あれ、フェイでもそうなの?」
「はい。ラウさんの不参加の話の後は、殆んど聞いてませんでした。・・・あ」
「ん?どうしたの?」
「いけない。眠くて忘れてた・・・」フェイはそう言って周囲を見渡し、何かを探し始めた。