会議・1
「・・・というわけで、今回の『錬武祭』は、フェイ君の協力によって、かろうじて我々の勝ちとなりました・・・」議事進行のズウグ部長の声が、会議室に響き渡る。
ティエン国での錬武祭が終了した、その翌々日。
ティエン国の警備隊本部の会議室では、善後策が検討されていた。
ペイジ国、ヘイルー国、サンシャ国・・・ティエン国から離れた位置にある国々の警備隊関係者も、撮影鏡を通して、立体映像の形で会議に参加していた。
ジャンリン国やダンヤン国といった、ティエン国の近隣の国に至っては、警備隊関係者だけでなく政府の閣僚までが、立体映像ではなく、実際にティエン国に足を運んで会議に参加していた。
それほど、各国の錬武祭に対する興味は高いということだ。
そういう意味では、ティエン国の関係者は少々複雑な気分だ。
自国での錬武祭は、もう終了してしまったわけだから、「やれやれ、もうあんな思いはコリゴリだ。関わりたくないね」という思いと、「実質、一方的にやられっ放しなのは悔しい。何とかして仕返しの機会はないか」という思いが交錯して、煮え切らない気分なのだ。
煮え切らないといえば、パイもまた、煮え切らない気分で会議に参加していた。
本来なら、パイのような一介の新人が参加できるような会議ではないのだが、錬武祭において、もはやシバと対を成す重要人物の、フェイ・・・の力を引き出す「鍵」だということで、彼女は引っ張り出されたのだ。
だが、パイにとっては会議そのものは、ひたすら退屈でしかない。
(私は、フェイと一緒に次の錬武祭に参加しなきゃいけないのか・・・)気になるのはそれだけだ。
錬武祭の終了直後に、フェイから契約金の用意があると言われて一時は大乗り気だったパイだが、後でその金額を聞いてから、少々テンションが下がってしまったのだ。
フェイの用意した契約金が、30万ミン。
パイの年収が3万ミンだから、その10年分ある。安くはない。
だがパイは正直、100万ミンほどの金額を期待していたのだ。
(フェイの奴、本当にただ真面目に病院で働いて、節約して、お金を貯めていたのね・・・フェイぐらいの腕があれば、もっと・・・お金持ち相手に、専属の健康管理とか、美容整形とか、ガッポリ稼げる仕事があるでしょうに)
そう考えると、30万ミンという金額が少々色褪せて見える。
勿論、フェイの気持ちも分からないではない。恐らくはギリギリの生活をして、契約金を作ったのだろう。それほどシバを倒したいという気持ちが強いのだ。
だからこの契約金には、金額以上の重みがある。
それが分かっていて・・・それにも関わらず、(ちょっと安いかも)などと思ってしまう強欲さに、パイは自己嫌悪を感じていた。
かくしてパイの心の中には、(次の錬武祭に、参加するべきか、逃げ出すべきか・・・そもそも私に、参加する資格があるのか。いっそフェイを説得して、復讐なんて止めさせるべきか)という思考ループがグルグルと回り、気分は煮え切らないのだった。
ズウグ部長は、錬武祭の顛末を要約して語り、フェイの能力と、その鍵となるパイの存在、そしてフェイとシバとの関係についても一通りの説明をした。
早速、フェイに質問が飛ぶ。
「で、どうかな。シバ本人と戦っても、勝てそうかな?」
「・・・こればかりは、やってみなければ分かりません。今回の錬武祭で、特に強かったヨウとムイでさえ、黒鎧氣を完全に制御していたわけではありませんから・・・恐らくシバは黒鎧氣を、ほぼ完全に使いこなしているでしょう。自分の氣ですから・・・その力の上限が、どれほどのものかは未知数です」フェイがゆっくりと首を振り、会議室に溜め息が広がる。
「・・・ただ、シバも人間ですから、どうしても越えられない領域というのは、あります。それと、ヨウやムイの話などから推測すれば・・・銀衛氣を込めた拳が、まともに入りさえすれば、かなり期待はできると思います」
今度は「おお」という声が広がった。
別の質問が上がる。
「フェイ君は、特級の白仙だったね・・・今回の錬武祭で、実行委員の5人から黒鎧氣を取り除いたのも君だろう?上手くいったのかね?」
「はい」
「で、その後5人の様子はどうなんだい?」
「落ち着いてますよ。夢から覚めた・・・いや、極度の興奮から冷めて、疲労しているというのが近いかな・・・」
「やはり黒鎧氣は、人格にも影響を与えるのかな?」
「はい。・・・怒りや憎しみといった、特定の感情を暴走させることで、身体能力の活性化を促すというのが、黒鎧氣の特徴のひとつなんです。その、感情の表れ方がシバとやや似てくるようです。つまり黒鎧氣をシバから分け与えられた者は、自分の中のシバと似た部分が、拡大され、表出してくるんですね」
「・・・それはつまり、あの実行委員達は、シバに操られていたということかい?」
「・・・黒鎧氣の性質から考えて、シバが、自分の手足となる・・・自分の複製を作ろうとしていたことは、間違いないと思います。ただ、実行委員が完全にシバに操られていたかというと、これは微妙です。そもそも、氣の質や精神構造がシバと似ている者でなければ、黒鎧氣を纏うことは難しいんです。命の危険すらあります。・・・ただ、黒鎧氣を取り除いた後の、五人の印象は・・・ただ、技を磨くためだけに生きている武人といった感じです。自分達から『錬武祭』などを起こして、世界に喧嘩を売るような人間かどうかは、疑問が残ります」
「君にとって、シバは・・・妹さんの仇、だったね?」また質問が上がった。
「・・・はい」
「ならば君にとっては、とにかくシバこそが憎悪の対象であって・・・実行委員については、必ずしも恨みがあるわけじゃない」
「・・・はい」
「君の・・・実行委員に対する見解を聞いていると、実行委員を庇っているようにも取れなくはない。それは、シバを憎むあまりに・・・シバ一人を悪人にしたいがために、そういう見解が出てしまう・・・そういう危険は、ないかね?」
「正直、あると思います。・・・あの五人の処分をどうするかについては、今後、もっと詳しく調査をする必要があるでしょう」
「で、結局シバは、何の目的で『錬武祭』なんぞを開催したんだろうな?」イライラした声が上がった。声の主は髪が薄く、その分眉が濃く、左右の眉が一本につながっていた。
行きがかり上、フェイが答える。
「・・・シバの強さは、周知の通りです。そして人間というのは、持っている力を使わずにはいられません。シバは、最初に錬武祭の開催を宣言した時に、『警備隊を鍛えてやる』などとうそぶいていましたが、あれは案外本音なのではないでしょうか。・・・今のシバに最も必要なのは、自分と対等に渡り合える強者なのだと思います。そして、そんな強者を探すにせよ、育てるにせよ、警備隊は格好の素材です」答えながら、フェイの感情が昂ぶっているのが、周囲からも見てとれた。
フェイの推測が正しければ、フェイの妹は、シバの力のはけ口の巻き添えにされて死んだことになる。
だが一本眉の男は相当ガサツな性質らしく、フェイの心情を読み取れずに難癖をつけてきた。
「おいおい、ふざけちゃいかんよ君。じゃ何か?シバにとって、錬武祭は趣味の延長みたいなもんか?5年前のペイジ国への襲撃まで、そのクチだってんじゃなかろうね?あの襲撃で、30人近くが死んどるんだよ」
これには、流石のフェイもカチンと来たようだった。
「亡くなったのは、36名です」フェイはそう呟くと、一本眉の男の目を覗き込み、視神経を通して、剥き出しの殺意を直接、脳に捻じ込んだ。