自問・5
ランが、(練習で、いちいち大怪我をしていては無駄が多い)と思い、シュウを攻める力を手加減しようとすると、シュウは「それじゃ駄目だ。もっと強く、力を込めて打ってくれ」と、なるべく本気に近い攻撃を要求した。
また、攻撃の種類の多さにもこだわった。拳脚、氣弾、棍、果ては刀や槍といった刃物まで、ありとあらゆる方法で、ランに攻撃をしてもらっていた。
無茶な訓練ではあったが・・・しかし、怪我が回復する度に、シュウの耐久力は飛躍的に高まっていた。体の芯に痛みを刻み付けるような鍛錬は、シュウを急速に一個の「盾」として練り上げていた。
シュウが山に篭ってから2年が過ぎる頃には、ランの攻撃をほぼ完全に跳ね返せるようになっていた。
勿論、ランも修行を続けているから、その攻撃力も日を追って高まっている。
シュウの耐久力とランの攻撃力は、お互いにお互いを高め合っていた。
特にランは格闘よりも氣弾を撃つのに優れたタイプで、その氣弾の威力は、ムイの閃飛角に匹敵するほどになっていた。
・・・だが、それでもシュウは3ヶ月に一度ぐらいは、ランの攻めを受け損ねて大怪我をしていた。シュウがミスをしたというよりは、そもそもが無茶な訓練なのだ。だが、この「しくじれば、本当に大怪我をする」という緊張感が、シュウの力を引き上げているのも確かだった。
とはいうものの、流石にランのほぼ本気の攻撃を受け損ねれば、一週間から、下手をすれば一ヶ月は身動きもままならず、ろくに修行もできない。
そんな時ランは、焦るシュウをなだめながら治療をして・・・(それでも、シュウが身動きできない間は・・・シュウを傷付けずに済む。こうして、近くにいられる・・・)という想いに、嬉しいというよりは、何か自分がひどくずるい女になったような気がしていた。
シュウは硬氣功の修行と並行して、魂との交渉も試みていた。シバを倒すためには、ただシバの攻撃を受け切って間合いを詰めるだけでは、意味がない。必殺の一撃を叩き込む必要がある。
シュウはフェイと同様に、そのための攻撃力を交渉で得ようと考えたのだ。
だがこれは、硬氣功以上に難航した。シュウはあまり瞑想が得意ではなかったのだ。
魂と対話できるようになるだけで、既に4年を費やしてしまっていた。しかも、魂と対話していても、そこから何を糸口にして交渉を進めれば良いのかが、さっぱり掴めない。
そんなある日、シュウが生活用品の調達と情報収集を兼ねて、人里に下りると・・・何と、シバが・・・「錬武祭」なるものをでっち上げて、世界に喧嘩を売っていた。
シュウの心は燃え上がり、同時に焦燥感が募った。
山に戻ったシュウは、瞑想を始めるなり、魂を力ずくで説き伏せようとした。
効果を少しでも高めようとして、滝に打たれながら瞑想をした。藁にもすがる思いだった。
その鬼気迫る精神力に、魂も渋々応じ始めた。そんな不安定な瞑想が、一週間も続いた。シュウは満足に食事も摂らず、一日の殆んどを瞑想に費やしていた。
そして遂に、魂は・・・「それで、お前は何を望むのだ」と、交渉を進めてきた。
シュウの望むものは決まりきっている。
「シバを倒す力だ。打撃でも、氣弾でも、何でも・・・。とにかくシバを倒せれば、それでいい」
「そうか・・・それで、交換条件は、何だ?」
「俺の命だ」シュウは、当然のように答えた。これ以上の条件はないと思っていた。実際、シバを倒せるなら・・・はっきり言えば、殺せるのなら・・・後はもう、自分がどうなっても構わないと思っていた。
「シバの奴を殺せるのなら、俺はもう、命はいらない。死んでも構わない」シュウは力強く繰り返した。
・・・だが。
「駄目だ」魂は、シュウを冷たく突き放した。
「君は、僕のことを、君のことを・・・自分自身のことを、全く分かっていない。それでは、交渉は成立しない」・・・それっきり、魂は姿を消してしまった。
瞑想から覚めたシュウは、グッタリとして・・・もう、何をする気も失せていた。この一週間の無理が、一気に出ていた。
ランは、そんなシュウを遠くからずっと見ていた。
(駄目だわ。今のシュウじゃ、とてもシバには勝てない。今度の・・・ティエン国での錬武祭には、シバ本人は出ないみたいだけど・・・それでも、あのシバが選んだ5人なら、普通の強さの筈がない。そんな奴らと戦って、殺されでもしたら、今までの苦労が水の泡になる)
交渉に失敗したシュウは、クタクタに疲れた心身を引き摺るようにして、滝から這い上がった。
そこから60メートルほど離れた場所で、ランは呼吸を整えて氣を練り、腰にとった右掌に集中させた。左掌を前方に差し出してシュウに向け、意念を凝らす。
(シュウが、この氣功波で怪我をするようなら・・・とても、錬武祭には参加させられない。でも、もしも受け止めて、跳ね返したなら・・・何があろうと、シュウは錬武祭に参加する・・・そうなったら、私は・・・とにかく、シュウだけは生き延びるように、力を尽くすのみっ・・・)
ランは右掌を突き出し、氣功波を発射した。左手で右手首を固定し、反動によるブレを防ぐ。氣功波は、帯のように長く美しい線を描いて、シュウに襲い掛かった。
槍の突き技の「札」を模した・・・ランが、この5年の修行で練り上げた技、「槍光穿」だ。
シュウは、この攻撃に全く反応できずに、まともに食らってしまった。それを予想したランが手加減をしていなければ、死んでいただろう。
(やっぱり、今のシュウでは・・・とてもシバには勝てない)自らの槍光穿が巻き起こした爆風に吹かれながら、しかしランは、どこかほっとしたような気分だった。
・・・シュウが、やっと身動きできるようになった頃、ティエン国の錬武祭は、とっくに終了していた。そしてシュウは、フェイの活躍を知り・・・初めて、はっきりと自覚した上で、フェイに嫉妬した。
自問・了