自問・3
フェイは反省して、自己の内面に潜り込む時には同時に外の世界も「感じる」ようにした。
内と外の両方に同時に集中するというのは一見矛盾しているようだが、フェイは武術において、静と動という矛盾する二つの要素をかなり高いレベルで融合させることができたので、内外の同時集中もその感覚を応用したのだ。
瞑想を始めて半年が過ぎた頃、フェイはようやく「内面に潜む自分自身」の端を捉えた。
フェイがその全体像を捉えようとすると、「それ」はスルスルと逃げていった。
そんなことが、何ヶ月も続いた。
一年が過ぎる頃、フェイはそれを追うのを止めた。
「それ」がそこにあるのが分かっているのだから、ただ、それを感じればいい。そう思ったのだ。すると次第に、「それ」もフェイを見ているような・・・目があるのかどうかも分からないのに、「見ている」というのも変な話だが、とにかくフェイは視線のようなものを感じていた。
そのうち、「それ」が見つめているフェイのイメージが、フェイ自身の脳裏に浮かぶようになった。・・・そのフェイのイメージは、ひどく疲れきって、頼りないものに思えた。そんなイメージと向き合って、瞑想を終えると、(こんなことで、僕はシバを倒す力を得られるんだろうか)と、ひどく不安になった。
「それ」が見ている「自分」と向き合うことを繰り返すうちに、フェイは次第に「それ」と「自分」の区別がつかなくなってきた。「それ」が「自分」なのか、「自分」が「それ」なのか・・・いや、そもそも区別すること自体がおかしいのだ。「それ」は、フェイ自身の心の中にあるのだから。
・・・心の中?「それ」は、本当に自分の中にいるのか?フェイは、外の世界を見つめ直した。
フェイを形作る、様々なもの。
職場の同僚。患者。毎日の食事。衣服。水。空気。時間・・・シュウ・・・ユエ・・・。
フェイの内面と外面が、ひとつになり始めた。両者が溶け合って、ひとつになる・・・のではない。元々最初からひとつのものだったことに、ただ、気付いたのだ。
フェイは結局、今現在に心身の焦点を合わせるという、瞑想の基本に戻ったような気がしていた。そんな、ある意味「楽」な瞑想を続けていたある日、「それ」は突然、フェイに声をかけてきた。
「やあ、とうとう捕まっちゃったな」意外と軽薄な声だった。
「・・・僕が君を捕まえたのか?君が僕に声をかけたんだろう?」
「どっちでもいいさ。僕は君で、君は僕だ。今、君はそのことを自覚したんだ」
「うん・・・でも、僕にとってそんなことは、それこそ『どっちでもいいこと』だな」
「あれれ、一年以上かけて探し出した割には、随分なご挨拶じゃないか」
「自分に挨拶も何もないだろう。第一、君が僕自身だというのなら、なおのこと敬意を払う気になどなれない」
「どうして?」
「どうして・・・って・・・」
「ユエを守れなかったから?」
「・・・」
「シュウの力になれないから?」
「・・・」
「シバを倒せないから?」
「・・・黙れ」
「あ、そう・・・」
それで、その日の瞑想は終わった。ひどい虚脱感と、倦怠感と、自己嫌悪が残った。
それから3日ほど、「それ」・・・「魂」は、姿を現さなかった。
「君も、諦めが悪いねえ」魂は、唐突に話しかけてきた。
「・・・先日は、失礼しました」
「あれ、謝るの?」
「・・・そうです」
「自分に謝罪ってのも、変な感じだねえ。これって一種の反省かな?」
「・・・さあ」
「ま、とにかく今夜の君は、ちょっと下手に出過ぎだね」
その晩は、そこまでだった。
だが、翌晩はすぐに魂が現れた。それからしばらくの間、魂と二言三言の短い会話をして終わり、という日々が続いた。
魂の言葉を繋ぎ合わせてみると・・・どうやら魂は、自分を嫌っている者とは交渉したくないらしかった。
(まあ、それはそうでしょうが・・・)フェイは困ってしまった。
魂と初めて言葉を交わした日に、言われた通りだからだ。
ユエを守れなかった。シュウの力になれない。シバを倒せない。
フェイは、そんな自分が嫌いだった。
「別に、無理に好きにならなくてもいいさ」ようやく、魂が助け舟を出してくれた。
「・・・じゃあ、どうすれば?」
「認めちゃうんだよ。嫌いだろうが何だろうが・・・その、嫌いだってことも含めて、自分だって。君は、嫌な自分を認められないでいる。だから、自分と向き合っているようでいて、向き合っていない。君が見ているのは、君が見たいと望む君だけだ。そうじゃないんだ。嫌いな部分も含めて、自分の全てを・・・そうだな、いわゆる『本当の自分』と向き合うんだ。『本当の自分』なんて、探す必要はないんだ。今、そこにいる自分が本当の自分だ。でも、ついつい嫌な部分には目をつぶっちゃうから、いつまで経っても本当の自分が見えないんだ。だから君は、僕に対して・・・自分自身に対して、無意味に居丈高に振舞ったり、逆に卑屈な位にへり下ったりするんだよ。自然な態度がとれないんだ。・・・それじゃ、『交渉』はできないね」
「ちょ・・・っと、待ってくれ。・・・でも、『交渉』をしようとする者は、何らかの力を欲しているわけだろう?それはつまり、その、望むだけの力を持たない自分のことが、嫌いだってことじゃないのか?」
「うん。向上心ってのは、ある意味自己否定の裏返しだね」
「それじゃあ、いつまでたっても『交渉』などできないのでは?」
「だからあ、自分のことが嫌いでも、否定しててもいいんだよ。そういうのも、全部まとめて認めちゃえばね。まぁもっとも、自分の嫌なところなんて、中々認められないのが人情なんだけど。だから、交渉は難しいのさ」
その夜は、そこまでだった。
フェイは途方に暮れていた。
・・・だが諦めずに、魂との対話を続けた。続けている内に、対話そのものが面白くなってきた。
魂に心を許せるような気持ちにもなってきた。
「自分に心を許すってのも、変な話ですね」フェイはそんな自分が可笑しかった。
「そうでもないよ。自分を許すのは、大事なことさ。まず自分を許せなきゃ、他人も許せないしね」
「・・・でも、どうしても許せない奴もいます」フェイの心がざわついた。
「シバのことかい?」
「・・・そうです」
「でもねえ、もしシバを許せれば、それが一番手っ取り早いよ」
「できません。それだけは・・・シバだけは、許せません」
「そうかい」魂が、溜め息をついた・・・ような気がした。
「どうしても、シバを倒す力が欲しい?」
「はい」(いよいよだ)フェイはガラにもなく緊張していた。
「・・・交換条件は、何を用意してる?」
「僕は・・・シバを、痛い目に合わせてやりたい。でも、戦うこと自体は、それほど好きなわけじゃないと・・・ここしばらくの瞑想と、あなたとの対話で、よく分かりました。だから・・・とにかく、『力』を使うことを制限するような条件を用意してみました」
「うん」
「例えば、力の発動条件として・・・僕の自由意志では、力を使えないように。誰か・・・戦う力を持たない、或いは不足している人と契約して、その人を物理的な危険から守る時にのみ、力が発動するようにする、と」