自問・2
山か、森か・・・シュウは、シバを倒す力を得るための、修行の旅に出たのだ。
このことは、フェイも薄々勘付いてはいた。
「シュウ・・・」他に言葉はなかった。
「頑張ってください」とも、「無理をしないでください」とも。そんなことは、考えることすら許されないような気がした。
その日、警備隊本部のサント部長の机の上には、シュウの辞表が置いてあった。
サント部長は、黙ってそれを破り捨てた。
シュウはペイジ国を出て、国境沿いの山岳地帯に入り、修行に専念できる場所を探した。
まずは、便利な都会ではない、自然の中で生きること自体が修行だ。
シュウは数日間、野営をしながら移動して、比較的平地があり、近くに川が流れ、氣の巡りのよい場所を見つけた。
「この辺を、根城にするか・・・」シュウは荷物を降ろして野営の用意をすると、斧と鉈を取り出して、山小屋を作り始めた。長期滞在をするなら、やはりそれなりにしっかりした、壁と天井のある建物が必要だと考えたのだ。
とはいうものの、一日で完成する筈もなく、その晩はテントで眠った。
翌日は、まず食料の調達からだった。持参した食料が尽きかけていたのだ。
木の実を拾い、芋を掘り出しているうちに、昼過ぎになった。午後は何本かの木を切り倒して終わりだった。
その翌日、また午前中は食料を探した。木の実を拾い、キノコの群生地帯を見つけた。とにかく少しずつ食べてみて、毒キノコかどうかを見分けることにした。
午後からは、山小屋作りの続きだ。
「くそっ。金氣を使えりゃ、木の伐採なんぞ、楽勝なんだが・・・」
金氣は収斂する性質を持ち、光として発現する。力が一定の方向に安定して流れるので、物をきれいに切ったり、小さい穴を開けるといったような作業に向いているのだ。
シュウは木氣の雷と火氣の炎しか使えないから、爆破したり燃やしたりは得意だが、山小屋作りにはあまり向いていない。
夏の日差しの中で、シュウは汗だくになりながら木を切り続けた。
「手伝いましょうか?隊長」
いきなり背後から「隊長」と呼ばれ、驚いたシュウが振り向くと・・・そこに、ランが立っていた。片手に数匹の魚をぶら下げている。
「ラン?何でこんな所に?」
「多分、隊長と同じ理由よ」
「・・・シバか?」
「そうよ。あんな奴、放っとけないわ」
「やめておけ。はっきり言って、お前じゃどうにもならん」
「そうかもしれない。でも、隊長の修行を手伝うことはできるわ。それで隊長がシバより強くなれば、私の力もシバを倒す力の一部になれるでしょ」
「いや、しかし・・・そもそもお前、どうして俺の居所が分かった?」
「簡単よ。奥さんのお葬式の時から、ずっと隊長は『強くなって、シバを倒して、仇を取ってやる』って顔をしてたから。で、辞表を出して行方不明になって。もう、山篭りしかないでしょ?後は国境で、隊長の足取りを確認して追いかけてきたのよ。そこら中に殺氣をまき散らしながら移動してたから、追跡は楽だったわ」
「ラン、俺はもう隊長じゃない。辞表を出したのを知ってるんだろう?」
「ああ、あの辞表?サント部長が破いちゃったわよ。隊長は今、無断欠勤扱い」
シュウは舌打ちをした。「・・・参ったな」
「ちなみに私は、長期休暇願いを出してきたわ。ま、いつまでかかるか分からないから、そのうち私も無断欠勤になるかな」
「なあ、ラン。お前の気持ちは分かるが、俺はやっぱり一人で・・・」
「一人で修行するのが、目的なの?」
「・・・え?」
「違うでしょ。目的は、シバより強くなること。そのために、自然の・・・山の中で修行するのは分かる。でも、だからって山小屋作りばかりに時間を取られてちゃ、どうしようもないでしょ?合理的にやれることは、合理的にやらなきゃ。・・・私は金氣が使えるから、材木を切り出すのは速いわよ」
「しかし・・・」
「シバは、隊長ひとりの仇じゃないのよ」
「・・・」
「第九機動部隊の仲間も、ずいぶん殺されたわ。・・・隊長は、私じゃどうにもならないって言ったけど、私は私で、強くなることを諦めてはいないの。隊長はどうでも、私は私で修行するわ」ランはそこでニヤリと笑った。
「だから、隊長にも手伝ってもらうわよ」
「・・・え?」
「この先に、私の山小屋を作ることにしたの。もう必要な材木は切ってあるし。でも、丸太を組んだり積み上げたりするのは、男の力があったほうが助かるもの」
「あのなあ・・・」
「その代わり、この魚は山分けしましょう。隊長は、釣りの道具を持ってこなかったの?」
「持ってきてるよ。ただ、しばらくは肉や魚を断って、氣を澄まそうと思ったんだ」
「あ、そう。じゃ、魚はいらない?」
シュウは腹に手を当てて、溜め息をついた。「・・・いや、いただこう」
そしてフェイもまた、シバを倒すことを考えていた。
彼はペイジ国に留まり、白仙としての日常を送りながら、一人で修行をしていた。ただ・・・修行といっても、その中心は瞑想だった。
フェイはシュウに、「僕がいくら手足を出して攻撃しても、シバを倒せない」と言った。それは嘘ではない。
だが、それは言い換えれば「とりあえず手足は出せる」という意味でもある。
つまり、基本的な身体能力や攻防の技術に関しては、もう少し無極之氣を練り込んで高めれば、何とかなる目処があった。
問題は、フェイの攻撃力の低さだ。
フェイは、無極之氣を練って身体能力を高めるだけでなく、身体操作を工夫して・・・均衡を保つという極意のひとつに辿り着き、その小さな体には不釣合いな攻撃力を持っていた。
更に医術を応用して、的確に相手の急所に点穴し、氣の流れを断ったり乱したりすることで、より大きなダメージを与えることもできた。
だが・・・(それでも、シバには通用しない)と、フェイは考えていた。それほど、警備隊本部を襲撃するシバの映像は、強烈だった。
映像の中のシバは、殆んど打たれてはいない。あの黒い氣を纏う前に、押さえ込まれたり、膝蹴りを幾つかもらっていたようだが、あれだけ人が密集していては、それほど威力のある膝蹴りではなかった筈だ。
ましてや、黒い氣を纏ってからは、更に身体能力が上がっていた。
だから、シバの耐久力の上限は分からない。身のこなしなどから、最低でもこの位の耐久力はあるだろう、と推測するだけだ。
その最低ラインの耐久力ですら、今のフェイにとっては「鉄壁」だった。
今のままで、地道に筋力を強化したり、氣を練るだけでは・・・とてもシバを倒すだけの攻撃力を、得られそうにはなかった。
(何とかして、一足飛びに力を得ないことには、埒が明かない)そう判断したフェイは、魂と交渉することを決意した。
仕事を終えて自宅に戻ると、通常の練習に加えて、数時間の瞑想を日課にした。
フェイは毎日、自分を見つめ、自分を掘り下げ、自分の深い部分を探り続けた。
無茶な瞑想だった。
本来の瞑想は、ただ今現在に心身の焦点を合わせる・・・それだけで充分な効果があるし、それが安全なやり方だ。フェイのように、自己の内面に埋没することのみに集中し過ぎると、内外のバランスが崩れてくる。
実際、フェイは瞑想を始めてから半月もすると、日常生活の現実感が薄れていくのを感じていた。
(このままではいけない。魂と交渉する前に、廃人になってしまう)