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グレイソウル  作者:
38/148

自問・1

 シバの放った魔吼砲の余波は、病院で勤務中のフェイのところまで届いていた。

 間を置かずに救急隊から、多数の怪我人の収容準備の要請が来た。

 その頃にはフェイは、手早く仕事に切りをつけると、この禍々しい氣の発生場所に向かって走り出していた。場所は恐らく警備隊の本部だろうと、見当がついていた。

(それにしても、何と攻撃的で、殺意に満ちた氣だろうか・・・現場がどれほどの惨状か、想像もつかない・・・)

 フェイは途中で、シュウの乗った車を見つけた。

 シュウは隊商と建設作業員の喧嘩を鎮圧した後、勤務時間の終わった五番・六番部隊には帰ってもらって、捜査班の現場検証に付き合っていたのだ。


 フェイは車と並んで走りながら、シュウに訊ねた。「本部で何があったんですか?」

「分からん。とにかく、出鱈目に強い奴に襲撃されたらしい。・・・くそっ、渋滞か」

「僕は先に行きます」

「おいフェイ、待ってくれ。・・・ラン、車を頼む。俺も走っていく。そのほうが早い」

「じゃ、私も行くわ。ウーソン、車を頼んだわよ」

「えっ?俺も・・・」

「文句言わないの!」

 ランにピシャリと言われて、ウーソンは渋々運転を代わった。

 フェイが先頭を走り、シュウが続く。ランも懸命に走ったが、二人との距離は開くばかりだった。

 ランが本部に到着する頃には、フェイとシュウはとっくに本館の中にいた。

 そして、今度はフェイとシュウのほうが動けなくなっていた。

 ユエの亡骸を見つけたからだ。

 軽傷8名。重症17名。・・・死者36名。

 戦ったというより、襲撃されて一方的にやられたとでもいうべき惨状だった。

 生存者の一人のファンズンの証言で、犯人は元軍人で、白兵戦の専門家のシバという男だと分かった。早速捜査本部が置かれ、シバの足取りと共に、なぜ襲撃を許したのか、なぜここまで一方的にやられたのか・・・その原因の調査が始まった。

 だが、広間に設置されていた撮影鏡に残されていた、シバの戦いぶりの映像を見れば、もはや原因の究明も何もなかった。

 単純に、シバが強かったのだ。

 特に、黒い氣を纏ってからのシバの戦闘力は、速さも、力も、技術も・・・全てにおいて、想定外だった。

 シュウは勿論、フェイもその映像を見た。映像には、ユエが魔吼砲に飲まれて息絶える瞬間も写っていた。二人はそれを見て衝撃を受け、そして・・・仮に自分達がこの場にいたとしても、シバには勝てなかっただろうという・・・認めたくはないが、認めざるを得ない実力差に、更なる衝撃を受けた。


 ・・・ユエを弔った日の夜、フェイとシュウは、二人で酒を飲んでいた。

 シュウとユエが暮らしていた部屋で、差し向かいに座り、卓に両肘をついて・・・俯きながら、酒を酌み交わした。

 まだ、部屋のあちこちに、ユエの氣が残っていた。

「・・・なあ、フェイ」全く素面の声色で、シュウが呟いた。

「・・・はい」フェイも素面だ。二人ともただでさえ酒には強いほうだったし、その上こんな気分では、酔いたくても酔えないのだ。

「あの、シバとかいう爺さんは・・・強いな。くそっ・・・あんな奴が、『強い』なんて、言いたくもないが・・・」

「でも、実際に・・・強い」

「そうだ。・・・俺は、ファンズンさんの話を聞いて・・・犯人が、老人一人だって聞いて・・・それなら、つまらん喧嘩の現場検証なんぞに付き合わずに、さっさと本部に戻ってりゃ・・・本部に残ってた、九番部隊の・・・チンジャオも、カオレンも、スチェンも、ジンフンも、カオジェンも、ジャンイも、ガオジンも・・・」そこで声を詰まらせた。

「それに・・・ユエも、守れたんじゃないかと思った。だが、あの映像を見て・・・正直、恐かったんだ。あの場に居なくてよかった・・・そんな気持ちさえ、あった」

「そういうものです。後から客観的に映像を見ているんですから・・・」


「そうかもしれん。だが・・・悔しいだろうが。不甲斐ないだろうが。誰も守れなかった。仇も討てない。それも、これも、みんな俺が弱いからだ」

「シュウは弱くはありません」

「だが、シバから見れば、子供も同然だ」

「それは僕も同じです。・・・僕が、あの場にいたとしても・・・やはり、誰も守れなかったでしょう」

「・・・冗談だろう。俺に気を遣わなくても・・・」

「本当です。あの、黒い氣を纏う前のシバならともかく、その後のシバには、手も足も出ません。・・・いや、正確には、幾ら手足を出しても・・・攻撃しても、倒せません。奴は・・・攻撃力だけじゃありません。耐久力も桁違いです」

「・・・俺達、今まで・・・何をやってたんだろうな」

「何って・・・」

「何が武術だ。何が警備隊だ・・・肝心な時に、一番、守りたい者を守れずに・・・」


「シュウ。自分だけのせいにしても、何にもなりま・・・」

「腹が減ったな」

「え?」

「こんな気分でも、腹は減るんだな」

「・・・そうですね」

「冷蔵庫に、まだ何かあった筈だが・・・それとも、こっちに乾き物があったか・・・」

 シュウがゴソゴソと台所を探るのを、フェイは黙って見ていた。

 ふと、冷蔵庫を開けたシュウが、その動きを止めた。

「・・・シュウ?」

 シュウは黙って、冷蔵庫から卵を一つ取り出した。

 床で卵の殻を割り、頭上に持ち上げると、上を向いて口を大きく開けて、卵の中味を落とした。

 シュウは卵を飲み込むと、また冷蔵庫から卵を取り出し、同じようにして飲んだ。そしてまた・・・今度は、両手に一つずつ卵を持って、二つの卵の中味を同時に口の中に落とした。左手に持った卵の白身が、口から少し外れて、顎へ流れた。

 シュウはそれをぞんざいに拭い、また卵を取り出して飲んだ。

 結局、シュウは9個の卵を飲んだ。

「ふん、幾つでも食えるじゃないか・・・何で、卵料理が重なったぐらいで、あんなにムカついたんだろうな・・・」


「シュウ、それは・・・」

「分かってるさ。状況が違えば、感じ方も違うとか、そういうことだろう。・・・お前の言うことは、いつだって、理屈だ」

「・・・・・・」

「・・・すまんな」

「・・・いえ・・・」

「そうなんだよ」

「・・・?」

「こんな風に、その気になりゃ、いつでも・・・謝るのも、仲直りなんぞも、いつだってできると思ってたんだ」

(いつだってできます。シュウが本気で望みさえすれば、謝罪も和解も・・・いつだってできます)フェイの脳裏に浮かんだ言葉は、しかし、声にはならなかった。

「全く・・・今度、卵料理が重なったら・・・何品だって、全部食うつもりだったのによ・・・」

(それは無理です。ユエはもう、あなたから頼みでもしない限りは、卵料理は一度に一品しか作らないと決めてました)この言葉も、フェイの喉元まで上がってはきたが、とうとう口にはできなかった。


 シュウはそのまま台所に座り込み、フェイは一人で飲み続けた。

 いつしか酔いが回り、フェイはテーブルに顔を伏せて眠り込んでいた。

 そして・・・フェイが目を覚ました時、シュウの姿はなかった。

 部屋の隅にまとめてあった荷物も・・・消えていた。

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