襲撃・6
「あのう・・・お爺さん」警備隊員が、また声をかけてきた。
「うぬ・・・ああ」
「この国の方では、ありませんね?商売にいらしたんですか?」
この隊員も、見た目と雰囲気から、シバが無国籍民だと分かったようだ。
「ああ・・・そうじゃ」
「盗難にでも、遭われましたか?」
商売が目的で入国した者を、先程のようなチンピラがカモにするケースは珍しくない。
そしてそうした被害に遭った無国籍民に対して、警備隊は基本的に親切な対応をしてくれる。
無国籍民が持ち込む品物は、その国の経済や産業にとって、そこそこ重要な位置を占めているからだ。
「うむ・・・そうだ」
「それは災難でしたね・・・失礼ですが、商業許可証はお持ちですか?」
「うむ」シバは、昨日入国した時に受け取った許可証を見せた。
入国審査は非常に緩いもので、武器や毒物などの危険物を持っていなければ、大抵は入国できる。だから、この許可証は、持っている者の人間性を保証するものではない。いってみれば国内に、商売目的の無国籍民がどれだけ入国しているのかを把握するための手掛かりに過ぎない。
それでもこれを持っているのといないのとでは、信用がかなり違ってくる。
門番の警備隊員は、許可証にサッと目を通すと、「ちょっと、失礼しますよ」と言って、シバの身体検査を始めた。
今回は刃物など、武器になるようなものは持ってこなかったし、購入もしなかったので、検査も簡単なものだ。
「はい、結構です・・・それじゃシバさん、盗難届けを出しましょうか。本館で受け付けてますから、案内しましょう。何か情報が入ってるかもしれませんよ。・・・インジュ、ちょっと後を頼む」門番は、そう言ってシバを招いた。
「ああ」インジュと呼ばれた男が手を上げて、任せろ、という顔をした。
シバは驚いていた。
(何という緊張感のない奴らだ。物盗りにやられた老人など、口頭で必要なことを教えて、あとは放っておけばよいではないか。仮に案内が必要だというのなら、本館から誰か職員を呼ぶべきだ。いずれにせよ、正門の警備をひとりきりにするというのは、まずかろう)
だが、門番の後ろについて歩きながら、シバは呆れると同時に感心もしていた。(この門番の男、無防備に背中をさらしているようでいて、案外隙がない。・・・これなら、多少は期待できるか)
ほどなく二人は本館の入り口をくぐり、門番は受付の職員にシバの件を引き継いだ。
シバは、さり気なく周囲を観察した。
ここは一階の広間で、広さはほぼ20メートル四方ある。
清潔感のある白い壁。落ち着いた茶系の木製の床。警備隊員だけではなく、トラブルを起こして捕まった者や、各種の法的手続きや届け出をする者など、10数人の民間人がいた。
(軍にも似たような広間があったが、もっと殺風景だったな)シバはボンヤリと、そんなことを考えていた。
この広間は受付のカウンターで、ほぼ半分に仕切られていて、カウンターの向こうには、こちらも10人前後の職員が、書類整理をしている。
その全員がそこそこの遣い手だと、シバは即座に見抜いていた。
(だが、所詮は『そこそこ』だ。有望なのは・・・やはり警備のために武装した職員だな)
カウンターの向こう側に一人、こちら側に二人。門番と同じように、鉄鞭を持った警備隊員が、ユルユルと歩き回っている。
「じゃあシバさん、こちらで状況を詳しく説明してください。・・・盗られた物が、戻るといいですね」シバが声のしたほうを向くと、案内をしてくれた門番が、ひっそりとした微笑を浮かべて、持ち場に戻ろうとしていた。
「ん・・・うむ、すまんのう」シバは、また呆れていた。
(何故、微笑むのだ?警備隊は、限りなく軍隊に近い存在の筈だ。ならば、民間人にとっては畏怖の対象であるべきだろうが。それが、微笑んでみせるなど・・・舐められるだけではないか)
シバの憤慨をよそに、門番は持ち場へ戻り、入れ替わりに受付の職員が「それじゃシバさん、こちらでお話をお伺いしましょう」と、適度に抑えられた微笑をシバに向けた。
「・・・何故、笑う?」シバは思わず声に出していた。
軍隊では、笑顔は許されなかった。常に厳しい表情をしているように指導された。それが士気を高め、規律を守ることにつながると教わってきたのだ。
勿論、警備隊員達の笑顔は、相手に少しでも落ち着いてもらいたいという配慮からのものだ。そもそも警備隊は、周囲から畏怖されるよりも、信頼関係を築くことを旨としているから、対応も穏やかなものになりがちだ。
だが、それがシバには士気の緩みや規律の乱れにしか見えない。
受付の職員は、そんなシバの苛立ちを察したが、それはシバが「災難に遭った者を笑うとは、失礼な男だ」と感じたからだと、謙虚な誤解をした。
「あ、・・・これは失礼しました」
「・・・何故、謝る?」
「え?」
「笑うのも、謝るのも、それは下手に出るということだ。下手に出れば、相手はつけ上がる。それで規律が保てるのか。有事の際に、官民が一体となって行動できるか」
シバの言葉を聞いて、受付の職員は(ああ・・・恐らくこの老人は、元軍人だな)と直感した。(それなら、もう少し硬い雰囲気のほうがいいか)と思い、背筋を伸ばし直して、表情を引き締めた。
「では、単刀直入にお伺いします。まず、何を盗られたのですか?」声に威圧的な響きがこもっていた。
だが、そもそも喧嘩を売りにきたシバにとっては、これはこれで掌を返したようで気に入らなかった。
「奪われたのは・・・戦場だ」恨めし気に呟く。殺氣が膨らんで、抑えきれずに漏れ始めた。
「・・・え?いや、しかしそれはちょっと・・・」受付の職員は戸惑いながらも、シバから滲み出る殺氣を感じ取ると、今度こそ本当に硬い態度で詰問した。
「シバさん・・・あなたは一体、何の用事でいらしたんですか?」
シバも職員のこの対応は少々気に入ったらしく、笑顔を否定している癖に、口の端を僅かばかり吊り上げてみせた。
目の光が「それでよい」と、満足そうに揺らめく。
「ワシの、用事か?・・・襲撃だ」言葉が終わらぬ内に、シバは右拳を職員の顔面に突き出した。
職員は、その突きを左に傾いてかわしながら、両手でシバの手首と肘を捕りにいく。そのまま逆手に捻って、カウンターの上に押さえ込むつもりだ。
シバは、職員の反応の良さにまず喜んだ。が、折るよりも押さえ込むために関節を捕ろうという「ヌルさ」には怒りを感じた。
その怒りに任せて、殺氣を解放する。「フン!」という気合と共に、体幹を震わせて勁を発し、職員が腕を捻ろうとする力と同調させた。
そのままシバが右腕を振り上げると、職員は腕を捻ろうとする姿勢のまま、カウンターを飛び越えて、空中で逆さまになった。
「うわっ?」職員は叫びながらも、シバの腕を離さない。というより離れない。職員の運動機能は、既にシバの制御下にあった。
シバはそのまま振り向きざまに、卵でも割るかのように無造作に、右腕を振り下ろした。
職員は頭から床に叩き付けられて絶命した。
シバが職員を持ち上げたのを見て、武装した警備隊員の3人は、すかさず戦闘態勢になった。特にカウンターの内側にいた警備隊員は、慌てて助けに走っていた。
しかし、間に合わずに職員が殺されるのを見るや、「くそっ!」と叫んで加速し、カウンターを跳び越えながら、鉄鞭を振りかぶった。
シバは今ちょうど、この警備隊員に背中を向けている。その隙に鉄鞭で一撃を入れるつもりなのだ。