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グレイソウル  作者:
32/148

襲撃・5

 ふと、シバは前方に、荒々しくも整然とした氣を感じた。

 それは警備隊の氣車だった。5人乗りの氣車が、5台。

 それらとすれ違った瞬間、シバは思わず「・・・お?」と声を洩らしていた。

(かなり遣える奴がいる)

 シバは、その「遣い手」の氣に引っ張られるように、隊商と作業員の喧嘩が続いている背後へ視線を投げた。


 警備隊の車が、喧嘩の現場から数十メートルほど離れて停まり、拡声器から「速やかに暴動をやめなさい」という警告が響いた。

 勿論、そんなことで喧嘩は止まらない。お互いに興奮状態にあって、引っ込みがつかないのだ。

 警備隊もそれが分かっているから、ダラダラと警告を続けたりはしない。すぐに車から、バラバラと隊員が降りてきて、鎮圧の準備を始めた。

 何人かの警備隊員は、もう野次馬の整理を始めている。

「よし、先鋒は出られるか?・・・すまんがシュウ、先鋒の応援を頼めるか」指揮官の声が飛ぶ。

「勿論いけます」シュウは、籠手をパシッとひとつ打ち鳴らしながら、声を投げ返した。

「よし、じゃあ後続の捕縛隊も用意しろ。援護の氣弾組は、扇の陣形で目標を囲め。グズグズするな」

「氣弾組、用意できました!」

「よし、氣弾の一斉射撃で威嚇すると同時に、先鋒が突っ込め。すぐに捕縛隊が続くぞ」


「ラン、ウーソン、気合を入れて援護してくれ」シュウが自分の部下に念を押す。

「了解」「是!」ランとウーソンが、氣弾を練りながら返事をする。

「氣弾、用意・・・てえっ!」

 指揮官の合図と共に、氣弾の雨が隊商と作業員の足元に降り注がれた。ひときわ大きな雷と炎が跳ね回り、両者の動きが一瞬止まる。

 それに合わせて、シュウを含めた5人の先鋒が、争いの真っ只中に躍りかかった。


(・・・何だ、今の氣弾は?)シバは肩透かしを食らったような気分だった。

 警備隊員達が撃ち込んだ氣弾は、あくまでも威嚇のためのものなので、見た目こそ派手な火花や光が飛び散るが、殺傷力は殆んどない。

 軍人上がりのシバには、そんな氣弾は単なるこけおどしにしか見えないのだ。

(あんな氣弾を撃つほうも撃つほうだが、撃たれたほうも撃たれたほうだ。いちいち驚いたり固まったりしている暇があったら、とにかく散らばって、的を絞らせないようにせんか)

 だが、隊商や作業員がそんな対応をするわけもなく、きょろきょろと辺りを見回しはするが、足は完全に止まってしまっていた。

 そこへシュウ達が突っ込み、急所に軽い打撃を入れて、動きを完全に止めていく。

 たちまち、地面に座り込む者や寝転がる者が続出し、それを後続の捕縛隊が、素早く呪縛縄で行動不能にしていった。

 特に、シュウの動きは素晴らしかった。

 本来のシュウはフェイントを含めた連繋で、相手を崩しながら確実に仕留めるというスタイルで戦うのだが、今回程度の相手には、フェイントすら必要なかった。顎先や脇腹に一撃を叩き込み、失神してしまった者は地面で頭を打たないように、一旦支えてから転がしていた。

 

「あの若いの、中々やるな・・・あいつとなら、虎や熊とやるよりは、楽しめそうだ」シバはシュウの動きを眺めながら、思わず声に出して呟いていた。

 とはいうものの、わざわざ戻ってシュウに喧嘩を売るほども、そそられてはいない。

 それはひとえに、シュウを含めた警備隊員達の戦い方の「甘さ」のせいだ。

(なぜ、あいつらはあんなにぬるい戦い方をするのだ?あの若いのがその気になれば、一人であの暴徒全員を叩き伏せられるだろうに)

 このシバの疑問は一面ではもっともだが、一面では見当違いだ。

 確かにシュウ達の戦い方は、元軍人のシバから見れば、まどろっこしいものに映る。

 しかし、シュウ達はあくまで「手加減」をしているだけで、「手抜き」をしているわけではない。


 そもそも警備隊員は、暴徒と「戦っている」という自覚がない。

 戦うというのは、何かと敵対関係になるということだ。

 暴徒であれ、犯罪者であれ、それらを「敵」と見なし、力でぶつかり合えば、相手もまた同じように力で返してくる。殆んどの場合、その力は拮抗し、こちらが力を増せば、それは相手の力を増すことにつながる。どちらかが一方的に押し切れることなど、滅多にない。

 だから警備隊は、何かと戦うこと、敵対関係になることを努めて避けている。

 今回のように、実際に暴徒と格闘しなければならない状況でも、それはあくまで被害を最小限にとどめる為の「鎮圧」もしくは「制圧」だ。

 間違っても「粛清」にはならないように、警備隊員には常に自戒が求められている。

 だから、怪我人を出さないように、細心の注意を払って動いている。

 つまり、警備隊の理想は、「強い槍や刀」ではなく、「堅固な盾」になることなのだ。


 それがシバには「ぬるい戦い方」にしか見えない。

 結局、シバはシュウ達に背中を向けて歩き出した。

 だが、その脳裏には、シュウの戦いぶりが焼きついていた。

(警備隊、か・・・軍隊がなくなった今、この世界で最強である筈の、戦闘集団・・・ここになら、あの若いのに引けをとらない連中が、大勢いるかもしれん)

 ぞくり、と・・・甘いような、熱いような衝動が、シバの胸の奥に湧き上がった。まるで蛇の群れが、肺の腑や心の臓を・・・ぬらぬらと這い回りながら、舌先で突付いているようだった。

 その蛇の群れに、思考力を吸い取られたかのように・・・シバは、夢の中にいるような心持ちになっていた。

 足は自然に、警備隊の本部を探していた。

(警備隊の本部は・・・確か、軍の本部の跡地に移転していた筈・・・)シバは記憶の糸を辿り、その体を引きずるように・・・次第に、足早に・・・警備隊の本部へと、歩を進めていた。


 その間にも、自分を止めようとする内なる声が、あるにはあった。

(行ってどうする?高い戦闘能力を持った奴が、それはいるかもしれん。しかし、だからどうした?正々堂々と、試合でも申し込もうというのか?今時の武術家じゃあるまいし。そんな上品な戦いで、満足できるとでもいうのか?ワシのような・・・戦場をくぐり抜けてきた者にとって、戦いというのは・・・もっと、殺伐とした・・・身も蓋もないものだろう)

 だが・・・先刻のチンピラとの戯れで、生殺しにされた暴力への渇望感は、ますます強くなる一方だった。

(だからどうした、だと?上品な試合では、満足できないと?・・・なら、戦場と同じ戦い方をすればいい。相手に合わせる必要などない。こちらのやり方に、付き合わせてやるのだ。警備隊なら、そのような暴漢を抑えるのも仕事のうちだろう)

 シバはもう、犯罪者になってでも、自分の欲望を満たしたいと考え始めていた。

 そういった葛藤が、ほどほどに折り合いをつけた頃・・・シバは、警備隊の本部に到着していた。


 正門前で、鉄鞭を持った二人の警備隊員が門番をしていた。その一人の前に、シバは黙って立つ。まだ殺意も殺氣も隠したままだ。

 警備隊員が「何かご用ですか?」と、にこやかにシバに問いかけた。

「あ・・・」シバは生返事をしながら、正門の中をのぞくようにして、敷地内を見回した。門から本館まで、100メートル近くある。その空間にも、本館の屋上にも、数人の警備隊員がいた。

(こいつらの内の何人かは、氣弾遣いだろう。・・・こんな見通しのいい所で、氣弾で足止めされたら、少々厳しいのう)シバは、負けると分かっている喧嘩をする気はなかった。

 やる以上は、勝つつもりでやる。そうでなければ面白くない。

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